神使の怒り 7-3




ライトの家から一時撤退した五十嵐と愛音は、本部にある自分のデスクへと戻った。


部屋に入ると同時に五十嵐の姿を見つけた上司の本田が、人差し指をクイクイと曲げ、二人を呼び出す。


他の捜査員は別の事件に追われて寝ていないようだ。本田も例外ではない。目の下にくっきりと隈を作り、デスクの上には空になったコーヒーの缶が3本と、栄養ドリンクの瓶が並んでいる。


五十嵐と愛音が本田のデスクの前に立つと、本田はデスクの上で両手を組んで「報告」と言った。


「動物殺しの犯人は三浦ライトで間違いないと思います。しかし…隙をつかれて逃走されました」


ピクリと眉をひそめた本田を見て、愛音が肩をすくめた。


「で、なんでお前たちはここに居るんだ?」


そう言われるとぐうの音も出ない。しかし、ライトの行きそうな場所を父親も知らないと言うのだから、資料からなんらかの情報を探し出すしかない。


五十嵐が目を伏せるのと同時に、五十嵐の上着の内ポケットで携帯が音を鳴らす。


「すみません……」


五十嵐が振り返って内ポケットから携帯を取り出す姿を見ていた愛音は、恨めしそうにその姿を目で追った。こんな時にまさか本田と二人きりにされるとか、笑えない冗談だ。


しかし、本田は何も言わず五十嵐の姿を黙って見つめていた。


まるで話の内容を聞き取ろうとしているような眼光の鋭さだ。


五十嵐が電話を終えて戻ってくると、今度はとんでもない報告をし始めた。


「三浦ライトが動画サイトで生配信をしているそうです。自分は警察に捕まる、動物を殺した…と、供述しているらしく、警察が来るのを待っているようなことをほのめかしていると」


「どこからの情報だ?」


「折原からです。下の車で待ってます」


その発言にはあまり驚いた様子は見せなかった。もしかしたら想定内だったのかもしれない。


「彼女に資料を見せても構わん。容疑者を素早く逮捕しろ。絶対に怪我をさせるな。暴言も吐くな。相手は証拠を撮影してるぞ」


本田に念を押され、五十嵐は大きく頷いた。


自分にとって不利になるような動画を撮られるわけにはいかない。それはつまり、同僚の警察官にとっても足を引っ張る行為であり、警察の信用を失う行為だ。


普段からどんなに気を付けていても、人間なら自分の身を守る方を優先してしまう。


例えそれが反射的に行われた防衛本能だとしても、社会はそれを許してはくれない。


相手が犯罪者であろうと、凶悪犯であろうと、警官の命を奪おうとして暴れている者であろうと、警察官が暴力を振るったり暴言を吐くことを許さない。この世界はそんな理不尽な世界だ。


五十嵐と愛音は急いで資料を抱え、駐車場に停めてある車に戻った。


彩香は後部座席に座り、真剣な表情で動画を見ていた。


薄暗い駐車場に停められた真っ暗な車の中で、動画の明かりに照らされた彩香の顔が青白く浮かぶ。


「この光景…怖いっすね」


愛音が言った。


「あいつが怖いのはいつものことだ」


五十嵐もそう言って助手席に乗り込んだ。


「資料持ってきた」


二人が乗り込んだ事で揺れた車体に気付き、彩香は顔を上げた。


「ありがとう。それより…ライト君には海治君やガン君以外にも親しくしてた人はいた?」


五十嵐は彩香の座る後部座席に身体を向けると、運転席と助手席の間から資料を手渡す。


「いや。それらしい人物は浮かんでないけど。なんかあったか?」


「ううん…なんか、チャットの文章が気になったの。おかしなことを訊く人がいるんだな…って」


「チャット?」


「ほら、生配信って視聴者が書き込みして、その質問に答えらえるじゃない?」


「お前がそういうのに詳しいとは思わなかったけどな」


そう言いながら五十嵐は彩香の方へ手を伸ばし、携帯を貸してくれ…と、手招きをした。


彩香は拒否することなく自分のスマートフォンを五十嵐に手渡した。


画面の中のライトは声たかだかに笑いながら、視聴者に汚い言葉を浴びせている。


愛音はエンジンを掛けると、すぐに車を発進させた。


「まずどこに行ってみますか?」


五十嵐は「とりあえず一回自宅の周辺を走ってみよう」と言った。


後部座席で彩香が愛音に関する資料を読んでいる間、愛音は運転しながら周辺にライトがいないか目を凝らす。五十嵐は動画の中にヒントがないか、景色に注目していた。


「ライト君が動物を殺す理由が分からないの。確かに…お父さんとお母さんの離婚は子どもの心を傷つけたと思うけど、だからっていきなり動物の命を奪う行為には発展しないでしょう?」


「でも、人殺しもそうじゃないですか?ただ人を殺してみたかったってだけで人を殺すヤツもいますからね」


愛音がハンドルを右に切りながら呟く。


「そうだけど…でも、少なくとも一度は動物に対して良くない感情を抱いたことがあるんじゃないかな?あれだけの虐待行為を行っていたことを考えても、ライト君自身が同じくらいの苦痛を味わっていたという事を訴えているんだと思う。もしかしたらお父さんによる虐待や学校でのなんかもあったのかも」


「少なくとも俺には虐待があったようには見えなかったぞ。家の中を見ても、二人の関係性を見ても悪い印象は無かった」


「私だって同じ意見だけど……」


そう言った後、彩香は資料の写真を見ながら目を丸めた。


「高校に飼育小屋があるの?」


「あ?ああ、あるよ。ウサギを飼ってるらしい。それがどうした?」


五十嵐は動画を見ながらそう答えたが、彩香の言葉によって動画の風景と記憶の中にある高校の裏庭にある飼育小屋の風景が重なって見えた。


「マジかよ……」


先に声を出したのは五十嵐だった。


「愛音、高校に向かえ。アイツ、学校にいる」


それを聞いた彩香も前のめりになって助手席と運転席の間から顔を覗かせた。


「ライト君のお父さんを呼んで」


五十嵐は自分の携帯を上着の内ポケットから取り出すと、どこかに電話を掛け始めた。











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