神使の怒り 6-2




「あれもライトの仕業かな?」


五十嵐は運転中、スーツの汚れを気にしながらつぶやいた。


「そうかもしれないね……」


再びこみあげる涙は怒りと恐怖を思い出してのもの。


犯人がライトだとしたら、自白した途端に殴掛かってしまいそうだ。


「ただ…普通に生きることが難しい世の中なんだね……」


食べる物を探し、寝る所を見つけ、子どもを産んで…権利ともいえる平凡な生活を送ろうとしているのに、人間の身勝手な選択によって被害者になった動物たち。


ストレスのはけ口に暴力を振るい、挙句、人間より力の弱い動物たちを狙っているのだから罪は重い。


でも、本当に腹が立つのは『動物を狙っているから』じゃない。


「なんで助けてあげられないんだろ……」


嗚咽交じりに泣き始めると、そのうち、肩を震わせ顔を覆って泣き出した。


車を停めた五十嵐は、ハンカチをポケットから取り出し、それを貸そうとしたが、すっかり濡れていて役に立ちそうもない。


後部座席からティッシュの箱を引き寄せると、それを彩香の膝上に置いた。


「落ち着けよ。別にみんながみんな悪い人じゃないってお前だって分かってるだろ。今はライトの動きを封じる手を考えないと」


五十嵐は、泣いている女性の扱いに慣れていないのか、彩香の頭をぎこちない手つきで撫で、泣き止むまで待った。


神藤邸に帰るとすっかり夜も更けており、薄汚れた五十嵐の格好を見て、神藤がお風呂に入って行くよう勧めた。神藤のTシャツとジーンズを借りると、五十嵐は申し訳なさそうに頭を下げながら用意したお風呂に浸かった。


自宅のお風呂とは違って広い浴室と浴槽で充分すぎるほどくつろぐと、あったまった身体から疲労が抜けた気がする。


お風呂から出ると、彩香の手作りの夕飯がダイニングテーブルに並んでいた。


「え…もしかして俺の分もある?」


五十嵐が訊くと、「え?食べてくよね?」と、彩香が当たり前のように訊いてくる。


そう言っていただけるならありがたくご馳走になる事にした五十嵐は、神藤と彩香と食卓を共にした。


「彩香。なんか灯油みたいなにおいしないか?シンナーみたいな?」


神藤にそう訊かれて彩香はハッとした。


「猫抱いた時に匂いついちゃったかな?鼻がバカになっちゃって匂い分かんなくなってるのかも」


「俺もまだ使ったボディーソープの匂いがよく分かんないよ」


五十嵐もまた、そう言って笑った。


「それにしたってひどい話だなぁ。動物に火を点けるなんて…恐ろしいよ」


長年精神科医をやっている神藤でも実際に犯行を間近で見ることは少ない。


確かに自傷行為が日常化している人間は刃物を持ち歩くことに抵抗も無く、場所を考えずに自傷行為を行う事もあるため、入院中の患者は看護師に見つからないよう刃物を所持してトイレで自傷行為を行う事も多々ある。


しかし、動物に火をつけたり暴力を振るったりする人間は、大抵、日常生活では仮面を身につけているものだ。自分は悪い人間ではない…周囲にそう思わせるため、表面上では良い人ぶって生きている人間が多数いる。ある意味判断に困る相手と言えるだろう。


しかし、今回のように被害者に証言能力が無いとしたら、犯人を特定することは更に難しくなる。犯人が特定できなければ逮捕することもできない。


食事もだいたい終えた頃、彩香がライトの犯行について話し始めた。


「これまでの情報からいくと、おそらくライト君はお父さんが転勤から戻ってくるまで自宅で動物虐殺を繰り返し、ゴミの日に動物の遺体を出していたんだと思うの。でも、父親が帰ってきて堂々と家で動物を殺せなくなってしまった。それが犯行を更に凶悪化させたんじゃないかな?


「だとしても…いったい動物はどこで見つけてくるんだ?河川敷には結構野良犬とかいたけど、この近辺じゃ全然見掛けないぞ?そんな運よくターゲットを捕まえられるもんか?」


五十嵐のその質問に対して、彩香は自分の頭の中にある仮説を持ちだした。


「ライト君は今も自宅の地下室に動物たちを監禁してると私は考えてる」


「監禁って…でも、父親が一緒に住んでるんだから泣き声ですぐバレるだろ」


それに対して意見したのは神藤だ。


「すでに鳴く事さえできない状態だったとしたら?」


2対1の構図が出来上がると、五十嵐は神藤と彩香の顔を交互に見ながら顔をしかめる。


彩香は気にせず話を続けた。


「動画で見た犬もかなり古い傷が身体中にあった。殺されるずっと前から虐待を受けていたんだと思う。だとしたら、他にも似たような状況の犬や猫がいたっておかしくない。それに、ライト君の家の壁についた爪痕とかも気になるの」


彩香がそう言うと、五十嵐は椅子から立ち上がり、電話を掛け始めた。


「愛音とライト君の家に行ってくる。今なら親父さんも帰ってきてる時間だ」


そう言うと、五十嵐は廊下へ出て行った。


「私も行く」


リビングを出て行くギリギリ、後姿に掛けた言葉だが、一度出て行った五十嵐は廊下の向こうから顔を覗かせて答えた。


「ダメだ。お前は感情的になりすぎてる」


しかし、断られても簡単に引き下がる事などできない。


「連れてって!」


彩香の顔を見ると、やはり五十嵐は自分の意思を貫き通せず、彩香の希望を叶えてしまった……。







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