神使の怒り 5-3




帰りがけ、車のドアを開けようとした彩香に海治が声を掛けた。


「ねえ、彩香さん。最近、ライトの様子変じゃない?」


やはり海治も何かを察しているようだった。


険しい表情でそう訊いてきた海治を見て、彩香は憂鬱な気分になる。


「海治君も…気付いてたんだね?海治君はライト君から何か言われた?どんなことでもいいんだけど」


「アイツは昔から家庭の事は親父さんのドジな話以外一切言わないよ。お袋さんに捨てられたと思ってるから家の事は話したくないんじゃない?」


ふと、海治が思わぬ発言をし、彩香は首を傾げた。


ライトが父親と二人暮らしだというのは知っていたが、他に家族がいたかとか、なぜ両親が離婚したのか…と、いう話は聞いたことが無かったからだ。


「ライト君は…お母さんに捨てられたと思ってるの?」


「あぁ…うちの両親、ライトの両親と仲良かったから、離婚の理由知ってんだよ。ライトのお袋さん、病気で長く生きられないって医者に言われて、ライトとこれ以上思い出作ると、自分が死んだ後ライトが辛い思いするからって…それで離婚することになったんだって。

ライトの親父さんも仕事で転勤とか多かったし、いつ病変するかも分からない自分が一緒にいると迷惑かけるって…それで実家に帰ったらしいよ。だけど、ライトはお袋さんに捨てられたと思ってる。俺も親が話してるところをちょこっと聞いただけだからほんとか分かんないし、俺からライトに言う話でもないし……」


教えてあげるべきかどうか、海治なりに考えていたのかもしれない。


よそ様の家庭の事をとやかく言うのもおかしいし、家族の問題は家族で解決した方がいいとも思う。しかし、人はタイミングというものを計って行動する。


もしかしたら、ライトの父親も思春期のライトに真実を話せずにいるのかもしれない…と、彩香は思った。


その日、彩香と五十嵐は中央区にあるビルにいた。


背は高く、細い身体。顔つきも穏やかな男性を前に、五十嵐はどこか神藤に雰囲気が似てるな…と、思いながら、椅子に座った人を見た。


しかし、よく見ると神藤よりも少しだけ頑固そうな顔つきな気がする。


「久しぶりだね。元気にしてたかい?」


地井メンタルクリニック、院長の地井ちいまさるが、彩香を見て穏やかに微笑んだ。


「はい。あの…その節は大変ご迷惑をおかけしました」


彩香が深々と頭を下げると、地井は否定することなく笑った。


「本当だよ。キミがいなくなってから来なくなった患者も多い。カウンセラーも何人か辞めてしまった。まあ、うちにはお局がいるからなんとか続いているけどね」


そう言って地井が視線を向けた先には、先ほどお茶を運んできてくれた彩香の元同僚、牧瀬まきせ加奈子かなこの姿があった。


そこそこ美人だが、吊り上がった目尻を見るととっつきにくそうなイメージが残る。


このクリニックで働いていて、最後まで理解できなかったカウンセラーが彼女だった。


「ところで地井先生は犯罪心理学を学んでいたと伺ったんですが、ちょっとご意見を伺いたいと思いまして」


五十嵐が切り出すと、地井はあんぐりと口を開け、彩香を見た。


「私に?私に訊くより、彩香君に直接聞いた方がいいんじゃないのかい?彼女は人の気持ちを理解できる特別な力がある」


その言葉にはさすがに彩香も首を横に振った。


魔女じゃあるまいし、人の心を丸ごと理解できる人間がいるなら会ってみたい。


しかし、会ったからといって自分の心を覗かれるのは不快だとも思う。


「先生が言うようにうまくはいきません。見たいものだけ見られるわけじゃないですし、見たくないものの方が余計に目に入ります。今回の容疑者は私も以前から知っている人物ですし、心のどこかで『疑いたくない』という気持ちが考えを制御するんです。真実が見えなくなってるんです」


包み隠さず話すと、地井は納得したように頷いた。


「そうか。知人が容疑者か……。それはつらいね。じゃあ、協力させてもらおうか」


地井の表情はどこか嬉しそうに見えた。


これまで面と向かって会話することも無かったが、地井はどこか彩香に対して過剰な評価を下している節もあった。それがプレッシャーだったりもしたのだが、認めてもらえることは悪い事ではない。


五十嵐は事件の大まかな経緯を地井に説明した。すると、地井はこう言った。


「SNS絡みの犯罪は増えているが、たいていは個人的な恨みや金銭問題が原因と私は考えている。しかし、彼の場合は順序が逆に起こっているし、年齢的に見ても恨みや金銭問題とは考えにくい。友人関係も問題なさそうなところを見ると…母親が不在の家庭環境に問題があると考えるのが妥当かもしれないな」


「犯行のきっかけが母親っていう事ですか?」


「動画サイトを始めるより先に動物を殺害しているし、徐々に手口も凶悪になってきてる。日々、母親に対する憎しみが募ってるんじゃないかな?あまり時間の猶予はなさそうだが?」


地井がそう言うと、彩香と五十嵐は顔を見合わせた。彩香の想像と地井の意見はほぼ一致している。だとしたら、次はどこでどんな事件を起こすか。


そして、どうやって殺すか。

なんとしても一刻も早くライトを止めなくてはいけない……。





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