神使の怒り 5-2




「彩香さん!?来るなら来るって言ってくだされば……」


リビングのソファに寝転がり、テレビを見ながらスマホゲームをしていた海治の兄、楓が、ソファから飛び起きると、彩香の姿を見て目を輝かせた。


「どうぞ、ここに座ってください」


ソファから立ち上がって彩香に近付き、手を伸ばした楓に対し、五十嵐が彩香の前に立ちふさがって楓を見下ろした。


楓はなかなか端正な顔立ちをしているが、髪型や服装が今どきの若者らしく、少しだらしなく見えた。身長も低くはないし、身体も鍛えているようだが、やはり五十嵐を前にすると敵うはずもない。


とんでもない大型犬を護衛につけた彩香には全く近づけそうになかったため、楓は諦めてソファに腰掛けた。すると五十嵐は、楓が動物虐待の話を聞いた時の事を質問した。


楓は「え…そんな話で来たんですか?」と、言いながら、その日の事をなんとか思い出そうとする。


「確か…最初はバイトしてたコンビニに来る女の子が言ってたんです。犬の鳴き声が公園から聞こえたって。でも、夜の公園なんて怖くて入れないでしょう?だから確認しなかったらしいんですけど、翌日俺が公園を通ったら犬が死んでたんです」


「その犬は暴力を振るわれていた?」


「俺が見た感じだとそうですね。事故ったのかもしれないし、はっきり断言できませんけど、公園の中で車は走りませんから、普通に考えたら暴力だと思いますよ」


「他にもそういう動物を見たの?」


「あぁ…見たって言うか…はっきりそうだったとは言えないんですけど…去年の春に…」


言葉を濁す楓に、五十嵐はさらに追及する。


「何を見たの?」


楓は視線を泳がせながら、一瞬話すのをためらったが、手遅れだと思ったのか仕方なく話すことにした。


「あの日はたまたまお袋が仕事に出るのが早くて、ゴミ出しを頼まれてて。で、ゴミ集積所にゴミを出しに行ったんです。そしたら、カラスがゴミ袋をつついてて。そこに…動物の足みたいな…肉球のついたやつが転がってて。結局カラスがくわえて行ったんでちゃんと確認できなかったんですけど、たぶんあれもかな…って」


それを聞いて一番驚いていたのは海治だった。


「なんだよ兄貴…そんな事言ってなかったじゃん」


「一瞬見ただけなんだから自信が無かったんだよ。それに、お前に言ったところでどうなるわけでもないだろ」


海治は楓の言葉にムッとした表情を見せたが、言い返すことはしなかった。


楓がゴミを捨てに行ったゴミ集積所は、家から数十メートルしか離れていない。近隣の家の人はあの集積所に捨てるのだが、そうなるとその動物の遺体が入った袋を捨てた人物も同じ町内にいると考えて間違いないだろう。


こんな身近に動物殺しの犯人がいるなんて、海治は思ってもいなかったのかもしれない。


帰りがけ、車のドアを開けようとした彩香に海治が声を掛けた。


「ねえ、彩香さん。最近、ライトの様子変じゃない?」


やはり海治も何かを察しているようだった。


険しい表情でそう訊いてきた海治を見て、彩香は憂鬱な気分になる。


「海治君も…気付いてたんだね?海治君はライト君から何か言われた?どんなことでもいいんだけど」


「アイツは昔から家庭の事は親父さんのドジな話以外一切言わないよ。お袋さんに捨てられたと思ってるから家の事は話したくないんじゃない?」


ふと、海治が思わぬ発言をし、彩香は首を傾げた。


ライトが父親と二人暮らしだというのは知っていたが、他に家族がいたかとか、なぜ母親が一緒に住んでいないのか…と、いう話は聞いたことが無かったからだ。


「ライト君は…お母さんに捨てられたと思ってるの?」


「あぁ…うちの両親、ライトの両親と仲良かったから、離婚の理由知ってんだよ。ライトのお袋さん、病気で長く生きられないって医者に言われて、ライトとこれ以上思い出作ると、自分が死んだ後ライトが辛い思いするからって…それで離婚することになったんだって。

ライトの親父さんも仕事で転勤とか多かったし、いつ病変するかも分からない自分が一緒にいると迷惑かけるって…それで実家に帰ったらしいよ。だけど、ライトはお袋さんに捨てられたと思ってる。俺も親が話してるところをちょこっと聞いただけだからほんとか分かんないし、俺からライトに言う話でもないし……」


教えてあげるべきかどうか、海治なりに考えていたのかもしれない。


よそ様の家庭の事をとやかく言うのもおかしいし、家族の問題は家族で解決した方がいいとも思う。しかし、人はタイミングというものを計って行動する。


もしかしたら、ライトの父親も思春期のライトに真実を話せずにいるのかもしれない…と、彩香は思った。


海治の家から再び神藤邸に戻った三人は、神藤がいるリビングで温かいコーヒーを飲みながら再び話を始めた。


三人の話を聞いていた神藤が、読んでいた本から顔を上げ、五十嵐を見て質問する。


「去年の春までは動物を殺したらゴミ袋に入れて捨てていた。それが急に外で暴力を振るったり、遺体を放置するようになったっていう事かい?」


神藤が持っていた本をテーブルに置くと、コーヒーに手を伸ばした。五十嵐もまたコーヒーカップを手に取ると、その場で冷えた手をめる。彩香もカップを手に取ると、手を温めながら考え始めた。


「父親の帰宅が原因かもしれない。出張から父親が戻った事で、誰にも気づかれずに行ってきた行為が出来なくなってしまった。だから別の手段を考えたのかも」


神藤はその答えに顔をしかめながら、犯人の精神状態を心配した。


「動物の殺害方法が凶悪化している今の状況を考えると、犯人の残虐性も成長していると考えるべきだろう。彩香…一度地井君に会って話を聞いてみたらどうかな?あんな辞め方をしたから会いにくいのは分かるが、それもお前の行いが原因だ。一度地井君の見解を聞いておいで」


突然出てきた名前に驚いた五十嵐は、

「神藤先生?地井って…どなたですか?」と、訊いた。


神藤は彩香をチラッと見て、複雑な表情を浮かべた。


「以前、彩香が働いていたメンタルクリニックのドクターだよ。温厚な性格だが、犯罪心理学のスペシャリストだ。犯人の行動の意味を教えてくれるかもしれない」






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