神使の怒り 3-2




その日は休日で、彩香は自宅で珍しくクッキーを焼いていた。


普段は料理なんてしないのに、どういう風の吹き回しか。


オーブンが温まるのを待っていると、インターフォンが鳴った。


まだまだオーブンは温まりそうにないので、彩香はそのまま玄関に向かった。


そこに立っていたのは五十嵐と愛音だった。


「今いいか?」


神妙な面持ちで五十嵐がそう言うから、彩香も迎え入れてしまう。


リビングにやってくると、ほんのり漂う甘い香りに愛音が気づいた。


「お菓子でも作ってるんですか?」


「そうなんです。私、趣味とか特技が無いので、ちょっと自分の事を探ってみようと思って。アプリで料理の検索しながらクッキー焼こうとしてたんです」


リビングのソファに腰掛けた五十嵐と愛音とは別に、彩香はキッチンに入って行き、電気ポットでお湯を沸かそうとして思いとどまり、ヤカンに水を入れ、ガスコンロで沸かし始めた。


「彩香さん、もともと料理とかしないんですか?」


愛音が話を広げようとしてそう訊くと、五十嵐がすぐにその話を止めた。


「それより折原。ちょっと一緒に動画見てくれないか?」


五十嵐は神藤が留守なのをいいことに、勝手にリモコンを操作してテレビで動画サイトを検索し始めた。


「動画って?…もしかしてまた?」


慌ててキッチンから出てくると、ちょうど五十嵐が動画を再生させたところだった。


『おい、こんな時間にどこ行くんだ?』


階段を下りるような映像の中、どこからかそんな声が聞こえた。


『どこも行かないよ。外でなんか声が聞こえるんだ』


そんなやり取りから始まった動画は、終始何かを探すような動作を続け、最終的に猫の遺体を見つけた。


そして、動画の最後にライトが姿を現した。


『今回は親父と二人で見つけて…まだ見つけた時には生きてたんだけど、結局死んじゃって。猫の遺体は親父と一緒にうちの庭に埋葬しました。俺はやっぱり犯人が赦せません。絶対捕まえてやろうと思います。応援よろしくお願いします』


画面の中でライトが深々と頭を下げていた。


動画が終わる直前、ちょうどオーブンが温まった事を知らせた。


動画に映っているライトの表情は一言でいうなら『無』だ。


表情には一切映し出されないライトの感情も気になるが、なぜこの動画をサイトに載せたのか、そっちの方が気になった。


それに、ライトが言った『猫の死体を庭に埋めた』という言葉の意味を考えれば、この動画の一件は警察に報告されていないに違いない。


昨日、ライトとは話をしたばかりで帰り際、五十嵐と愛音が連絡先を教えたはずなのに、なぜ五十嵐に電話しなかったのか……。


愛音の運転で五十嵐と彩香はライトの自宅にやってきた。


珍しいレンガ造りの大きな家だ。


塀で囲まれた庭は芝生が青々としていて、花もあちこちに咲いている。


塀に取り付けられたインターフォンを押すと、どこからかビーグル犬が走ってきて、柵の向こうから彩香たちを睨み、吠え始めた。


ワンワン!…と、大きな声で犬が叫び、自分の尻尾を追うようにその場でくるくる回り始めると、玄関から人が顔を出す。


年齢から見るとライトの父親、三浦みうら高伸たかのぶだ。


高伸はドアの隙間から小さく頭を下げると一度玄関のドアを閉め、再びドアを開けて外に出てきた。


あらかじめ連絡を入れておいたこともあって、あっさり家の中に入れてもらえた。


リビングに通され、愛音は周囲を見回す。


やはり室内も至る所にレンガが積まれている。暖炉もあって、北欧の家を連想させる美しさ。


「へえ…この家、広いですね。どのくらいお部屋があるんですか?」


愛音がキッチンに入って行った高伸に声を掛けた。


電気ケトルのスイッチを入れた高伸は、コーヒーを淹れる準備をしながら、カウンターキッチンからこちらの様子を窺っていた。


「部屋数自体はそんなに多くは無いですよ。ひとつひとつの部屋が広いだけで。地下室があるのが気に入って買ったんですよ。…とはいっても大きなむろみたいなものですけどね。換気もできるし、使い勝手もいいんです。何かと収納にも便利ですしね」


「地下室があるんですか?」


五十嵐が訊く。


「ええ。今は完全にライトに占拠されてますけど。動画の撮影機材や大事なデータを保存している機械もあるから勝手に入るな…と、鍵までかけられちゃって。まあ、想像していたより収納する物も無かったんで別にいいんですけね」


「その部屋を見せてもらう事って……」


五十嵐がそう訊くと、いったんキッチンから出てきた高伸は、時計を見て顔をしかめた。


「鍵は息子が持ってるので息子が帰ってこないと無理ですね。いったい何時に帰って来るかも分からないですし……」


「そうですか……」


五十嵐はそう言った後、どう話を切り出すべきか考えた。


あまりライトの行動を非難するわけにもいかないし、かと言って警察官としてしっかり父親に言っておかなくてはいけない事がある。


今回、ライトは捜査の邪魔をしたのだから、本来きつく叱られても文句は言えない立場だ。


五十嵐はソファに座り直し、前傾姿勢になって高伸を見た。


「あの…実は、先日息子さんに会ってお話しさせていただいたんですけど…ご存知ですか?」


「え?ライトに?いったい何の用で?あの子、何かしたんですか?」


やはり父親は何も聞かされていないようだった。


そもそも息子がSNSに動画を投稿していることを知っているのかも疑問だ。


五十嵐は話を続けた。


「昨日、猫の死体を発見しましたよね?」


「え?ああ…はい。あ、もしかして動画?」


五十嵐と愛音は顔を見合わせた。


どうやら高伸は動画投稿の件に関しては知っているらしい。


今度は愛音が確認のために質問する。


「その前にも息子さんが犬の死体を見つけて動画を更新しているのもご存知なんですね?」


「ええ。犯人捜しをするって言ってたので、やめなさいって言ったんですけど言う事聞かなくて。門限を作る事で行動を制限させたんですけど」


割とちゃんと会話をしている親子なんだなと…という感じだった。


彩香は黙って三人の会話を聞きながら、周囲を見回す。


対して、五十嵐は少し苛立たし気にため息を吐いてから口を開いた。


「実は息子さんと昨日会った時に、動物虐待を行っている犯人捜しの件のお話をしました。その時、何かおかしなことが起きたらいつでも連絡をして欲しいと自分たちの電話番号も渡しておいたんです。ですが、ライト君から私たちに連絡は来なく、その上、猫の遺体を勝手に埋葬し、動画を投稿しました」


高伸は口を半開きにし、呆れた表情を浮かべてゆっくりひとつ頷いた。どうやら何か思い当たる節があるようだ。


「……そういうことか。警察に届けるべきか私が悩んで電話を掛けようとしたんですけど、あの子は“どうせ警察は動物が死んだくらいじゃ動かないから”と…そう言って電話を掛けさせなかったんです。再生数稼ぎですね……。本当になんと言ったらいいか…申し訳ありません」


「猫の遺体をどこに埋めたのかと、当時の状況を伺いたいのですが、いいですか?」


五十嵐が訊くと、高信は快く捜査協力をしてくれた。


「もちろんです。なんでもお答えします。部屋の中も好きに見ていただいて構いません」


その言葉を聞いた彩香は、ここぞとばかりに立ち上がり、部屋中を見て回る。


リビングの戸棚には珍しい海外のお皿や、ブランド物のワイングラスなんかも置かれている。その中にペアのグラスを一組と、ペアのマグカップが二組飾られているのを見つけると、彩香は首を傾げた。


この家にはライトと父親である高信の二人暮らしだ。高信は何年も前に奥さんと離婚したと聞いている。


息子と二人でペアのカップを使うなんて聞いた事がない。


しかし、プレゼントされたとしたら持っていても別におかしくはない物か…と、思い、執着せずにリビングを後にした。


二人暮らしだと聞いていたが、家の中はどこもきれいだった。


何年も暮らしている割りに壁紙も変色していないし、掃除も行き届いている。


お手伝いさんでも雇っているのかと思うほど。


彩香はそのまま廊下を進み、3段ほどの小さな階段を下りてその廊下を進んだ。


突き当りには壁があり、その数メートル手前、右手にはドアがひとつあった。


ドアノブには鍵も無いし、どうやら物置のようだ。


突き当りの壁の手前の床下には、地下へ続く扉があった。


彩香は昔、祖母の家でこういった扉を見た事があった。


建物の床下の空間を使って食料などを保存する部屋の事をむろと呼んでいたのだが、まさにそんな感じの扉だった。


廊下には周辺に窓がないから光も差し込まず、階段の方から差し込む明かりもその扉をはっきりとは映し出してくれない。


彩香は持っていた携帯電話のライト機能を利用した。







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