神使の怒り 2-3




夕方。


高校もすでに下校時間を迎え、例の動画を掲載した少年たちは、今日も懲りずに動画撮影をしていた。


「この公園で一回変なおじさん見たんだよ。なんかね…木の実拾って口に入れて、その後、ブッて吐き出すの。いや…分かんだろ、それって!」


「え?なに?それ洗わないで口に入れるの?」


「そうそう。しかも明らかに食えそうな実じゃないのね」


ケタケタ笑い声を上げながら、ガンが携帯で撮影をし、ライトと海治が木製のベンチに座ってジュースを飲みながらくつろいでいた。


特に撮影する内容も決めていないのだろう。


公園に似つかわしくない服装で自分たちに向かって歩いてくる複数の大人に気付いた海治は、ライトと顔を見合わせた。それを合図にするように、ガンは携帯をそちらに向ける。


「撮るのやめてもらっていいかな?キミたちにちょっと聞きたいことがあるんだ」


五十嵐が警察手帳を見せると、ライトは興奮したようにベンチの上に飛び上がった。


「マジ!?ホンモノ?スゲー!っていうか…なんの聞込みっすか?」


普通に高校生活を送っている少年たちには、やはり身に覚えなど無い様だ。


「実は君たちが先日動画サイトに載せた動物の事を調べているんだけど、ちょっと聞いてもいい?」


その時、海治だけが憂鬱そうな表情を見せた。


絶対に犯人を見つけると豪語した男の子。


犬の遺体を埋める時も、汗を流しながら一人で土を掘っていた。


どうやら彼の動物に対する感情は、他の二人とは違うようだ。


彩香は一歩後ろから五十嵐と愛音が質問をする様子を見ていた。


「どうして動物が殺されていることを知ったの?」


五十嵐が訊いた。


「海治の兄ちゃんから聞いた。海治の兄ちゃん、あっちこっちでバイトしてるんだけど、情報網ハンパなくて。近所で犬や猫が殺されてるって聞いたから、それなら犯人捕まえて動画にしようって」


三浦ライトはどうやらお調子者のようだ。


警察官を相手にして興奮しているらしい。

べらべらと一人で話してしまうと、「なあ?」と、海治に同意を求めたが、海治は首を傾げた後、関わりたくないのか俯いてしまった。


「でも、動物を殺してる悪い奴を捕まえようと思ったのは本当ですよ。悪ふざけで始めたわけじゃないし、危険だっていうのも分かってます。だから明るい時にしか活動してませんから」


言い訳するように口をはさんだのはガンだ。


臆病者なのか、自分たちの行いに自信が持てずにいるらしい。


「別にキミたちを責めているわけじゃないよ。キミたちが知っている限りで最初に動物が殺されたのはいつくらい?」


また、五十嵐が訊いた。


「どうだろう…海治の兄ちゃんから話を聞いたのは一ヶ月くらい前じゃなかったっけ?」


ライトが言うと、「違うよ」と、ガンが答える。


「ちょうどお前の父さんがこっちに戻ってきた頃だろ?だからたぶん、二ヶ月くらい前だよ」


「ああ…そうだっけ?」


ガンが言うには、ライトの両親は数年前に離婚し、母親とは音信不通。父親は一年ほど単身赴任で北海道を離れていたらしい。ローンを払い終えていない一軒家を手放すわけにもいかず、ライトが一人で一軒家に残っていたのだが、海治も近所に住んでいたことから、特に困った事も無く楽しく過ごせていたそうだ。


そしてこの事件を追いかけようと決めた理由も、ライトの一人暮らしに少なからず関係しているとガンは言う。


「住宅街から離れたあの辺は野良猫や野良犬が多いんですよ。住宅街では高齢者が多いんで野良猫を見つけると飼ってくれる人も多いんですけど、河川敷付近は民家も無いんで、動物を捨ててく人も多くて。

それで、海治が一度野良猫を拾って家に連れて帰ったんだけど、親父さんに怒られた上、兄貴のかえでさんがアレルギーだからダメだって言われて、結局ライトの家で飼う事になったんです」


「そういえばそうだったっけ。気づいたらうち、動物園って呼ばれるようになってたな。猫や犬がいっぱい集まってて、ほとんど敷地内で放し飼いにしてたし。でも、しばらくしたら、近所の人が飼ってくれるようになって、少しずつ減っていったんだよね」


「海治が動物好きだったし、ライトもなんだかんだ言って動物の世話してたから、犯人が赦せなくなって始めたんですよ。犯人探し」


ガンが説明する間も、海治は一度も顔を上げようとしなかった。


動画ではふざけているシーンもあったのに、カメラが回っていないから静かなのか、見ず知らずの人を前にして大人しくなってしまったのか。


そんな海治に五十嵐が声を掛けた。


「海治君は犯人に心当たりはある?」


そう訊かれると、海治は無視することなく顔を上げ、五十嵐の目を見た後、首を横に振った。


「心当たりがあったなら、すでに殴り込んでます。あんな小さくて非力な動物を痛めつけて殺すなんて最低だ。…だから、刑事さんたちも人間が殺された時と同じように本気で捜査してください」


海治が俯き続けた理由は言葉に現れていた。


海治は本当に犯人を憎んでいる。それなのに、この事件に関して世間と自分の間で温度差がある事に気づいてしまったのだ。


警察が動物殺しの捜査に真剣に取り組むなんて考えられない。でも、今、目の前に刑事が来て、事件の事を質問しているのも事実で、期待してしまう部分もあった。


「もちろんだよ。絶対に犯人を捕まえるから」


さっきまで俯いていた海治が自分の目を見て話してくれたことに敬意を表して、五十嵐は力強く頷いた。


高校生たちと別れ、停めてあった車へと戻ってきた3人は、車に乗り込む前に次の行動を話し合った。


「どうします?海治くんのお兄さんに話聞きに行きますか?」


愛音が言い出すと、彩香は慌てて首を横に振る。


「私…あの…ここで帰ります。ありがとうございました」


いつもと違う怯えたような表情。


好奇心の塊みたいな彩香が、突然帰ると言い出した理由も分からず、五十嵐は首を傾げながらそそくさと走り去っていく彩香の背中を見送った。


車で送ってやろうとも思ったが、この辺は彩香の家の近所だ。歩いたって10分と掛からない距離。


「いいんですか?放っといて」


愛音が五十嵐の顔を覗き込む。


「まあ…大丈夫だろ。近所だし。…ん?っていうか、アイツの家と海治君の家って目と鼻の先じゃなかったっけ?」


改めて思い出したが、彩香と海治の自宅は同じ町内にある。ついでに詩音の家も同じ町内だ。知らない間柄ではないのに、なぜ彩香は海治と会話しようとしなかったのだろう…と、五十嵐は不思議に思った。


「とりあえず…海治君のお兄ちゃんとやらに会いに行くか」


五十嵐がそう言って車に乗り込むと、愛音が運転席に座った。


後部座席にいたはずの彩香の姿は今はないが、ほのかに甘いシャンプーの匂いがする気がして、五十嵐は目を閉じた。








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