神使の怒り 2-1




その日、月光ライトは携帯で動画を撮影しながら川沿いを歩いていた。


ここ最近、この辺で動物の遺体が見つかっている…と、学校の先生がホームルームの時間に話していたことから、親友の海治かいじいのりと共に犯人を見つけ出そうと決めたからだ。


「今、3人で別行動して動画撮ってます。海治はね…あそこに見える橋の方に向かって行ったんだけど、ガンはその逆の方を見に行ってまーす」


川沿いの道路を歩きながら少しだけ携帯を上の方に向けると、橋が映り込んだ。


その後も、アスファルトの道を、足音を立てながら歩き、ライトは独り言をつぶやき続けた。


「なんか静かだから、こないだコメントに書いてあった質問に答えようかな。うちのメンバーのガンなんだけど、ガンって名前を漢字で書くと願いって書くんだよね。普通、あの漢字読むときって“ねがい”か“がん”って読むじゃん?初めて同じクラスになった時、“ややこしいからガンって呼ぶから!”って言ったんだけど、それがクラスでも定着したらしくて今ではみんなガンって呼ぶんだよね」


どうでもいいことを一人でつぶやきながら、撮影を続けた。


犬の散歩中の人がライトを見て怪訝な顔をしても気にならない。


ランニング中の人とぶつかりそうになってもライトは一切避けようとはせず、ただひたすら動画を撮り続けていた。


5分程歩いた頃ライトは何を思ったのか、アスファルトの道を反れて草むらに入った。


「今、なんか聞こえたよね?」


そう言いながら草をかき分け、坂になっている河川敷を川の方へ下っていく。すると砂利だらけの平地に出た。


後ろを振り返っても、相当坂を下ってきたのと、背の高い草が生えていることで、元々歩いていた坂の上の散歩道の人影もほとんど見えなかった。


ライトは更に歩を進め砂利の上を歩いていくと、一本の木と出会った。


その木の下には、結構体の大きい白い犬が倒れていた。


身体の至る所から出血しているようで、白い毛のほとんどが赤茶色に染まっている。片耳は千切れていて、千切れた耳の下辺りの皮膚は、アリの巣穴みたいに陥没していた。


あまりのおぞましい光景に、ライトが構えていた携帯の映像はブレた。


「死んでる……?」


近付くこともできず、ライトはただカメラを向ける事しかできない。


「どうしよう…病院?っていうか、動かしていいのかな?え?…マジでどうしよう」


動揺していたせいか、ライトはいったん撮影をやめた。






橋まで行って引き返している最中だった海治は、デジカメで周辺を撮影しながら、ライトとガンとの出会いを語っていた。


「幼馴染だから、いつから仲良かったって言うのもあんまり覚えてないんだけど、小学校に入学して、ガンと出会って、それから三人でつるむようになったのかな?いつかテレビに出る仕事がしたいって常に言ってたね。だから、札幌のJRタワーでよく中継があるんだけど、そこに行ってみたりしてたなぁ。今思うとバカだよね」


そんな話をしていたら、正面からガンが歩いてきたのが分かって「あ、ガンも戻ってきた」と、言って手を振った。


夕焼けを背に、ガンが海治に手を振っている。


「どうだった?なんかあった?」


再会した二人はお互いを撮影し合いながら、成果を報告した。


「なんもないよね。散歩中の犬におしっこかけられそうになってビビっただけ」


ガンも何も見つけられなかったようだ。


海治はガンに、さっきまで話していた3人の出会いについて訊いてみた。


「ガンって小学生から仲良くなったんだよな?」


「えー?そうだっけ?もっと遅くなかった?一緒に遊び始めたのはそのくらいだけど、腹割った関係ではなかったでしょ。中学入ってからじゃない?どこの高校受けるか悩んでさ、お互いに将来の夢みたいのを語って…その後から特別仲良くなった気がするよ」


「そういやそうか。ライトがヤバいくらい頭悪くて落ちるんじゃねーかって心配したよな」


「マジ受かってよかったよ。でも、前回のテスト、ライト赤点多かったって言ってたけど進級できるのかな?」


「せっかく同じ高校受かったのに、たった一年しか同じ学年でいられないとかウケるね」


海治とガンが笑っていると、突然海治の携帯が鳴り出した。


ズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、表示を確認する。


相手がライトだと分かると、ガンはその表示画面を撮影した。


「噂の人から電話でーす」


海治はカメラに向かってそう言った後、電話に出た。


「おう、ライト。今どこだ?」


そう訊いたら、電話の向こうでライトは息を切らしながら『お前らどこにいる!?すぐに来いよ!』と、声を張り上げた。


ガンは別の方角から聞こえる声に気付いたようだ。


「ライトに“どこにいるか分かんないから手を振れ”って言え」


ガンにそう言われた海治は、すぐに電話の向こうのライトにそう伝えた。


その直後、ガサガサと草の揺れる音と共に、坂の下の方で揺れる物が目に入った。


河川敷を相当下った場所にその影はあった。


「今行く」


海治はそう告げて、ガンと共に草むらをかき分けて坂を下りて行った。


ライトは海治とガンが合流したことで安心したのか、再び動画を撮り始めた。


傷だらけの犬を見たガンと海治は動揺し、「マジかよ…」と、ただつぶやいた。


「なあ、どうしたらいい?これ、生きてる?」


ライトが言うと、ガンと海治は顔を見合わせて首を傾げた。


「頭に穴空いてんだぞ?生きてるとは思えないけど…とりあえず病院連れてくか?」


「俺、金持ってねーよ。病院代ってこういう時でも払うもんなの?」


海治はこのままではいけないと思っていたが、ガンは現実に縛られているようだった。


金が無ければ治療もしてやれない。一目で人間にやられた傷だと分かるのに、助けてやることもできないのか……。


三人とも一度は諦めかけたが、海治が何か閃いたらしく、学校カバンからフェイスタオルを取り出し、それを犬に巻いて抱き上げた。


海治のカメラはガンに手渡され、三人は坂道を一気に駆け上がり、海治を先頭にして走り続ける。


3人が辿り着いたのは、大きな一軒家だった。


手がふさがっている海治に代わり、ガンがインターフォンを押した。


『はーい?どちら様?』


すぐに女性の声がスピーカーから返ってきた。


「あの…先生いますか?詩音先生!」


『詩音ですか?あの子なら今日は学会で帰りが早いはずだけど…まだ帰ってないわねぇ』


期待していただけに、その返答は息切れしていた3人に強い疲労感をもたらした。


「そうですか……」


そう言って海治が引き返そうとした時、「僕に何か用ですか?」と、背の高い男性が後ろから声を掛けてきた。


彼はたった今帰宅したばかりの医師、たいら詩音しおんだった。


「詩音先生!ねえ、この子生きてる!?助けられる!?」


海治は詩音に走り寄り、腕の中の犬を見せた。


陥没した頭、千切れた耳、傷だらけの身体。


しかし、犬の腹が膨らむ事は無かった。呼吸をしていないのは一目瞭然だったが、それでも詩音は3人を家に招き入れた。


さすがに室内に動物を入れるわけにもいかず、縁側で犬の状態を確認した。


ずっとカメラを向けている3人を見て、詩音は苦笑いを浮かべた。


「いったい何を撮っているんですか?」


そう訊くと、「動画サイトに投稿するんです。動物を虐待している犯人を捕まえるって3人で決めたんだ」ライトはそう答えた。


「へえ…でも、僕の顔にはモザイクは掛けてもらえるんですよね?僕にもプライバシーというものがあるので」


「あ…それは、はい。俺がちゃんと編集して詩音先生の顔にも…この家にも…。誰にもバレないように加工します」


海治が断言すると、詩音は犬に触れていた手を止めた。


そして3人を見て、肩を落とす。


「申し訳ないけど、この子はもう亡くなっています。おそらく…夕べにはもう……」


続きは聞かなくても分かった。


特に海治は犬を抱き上げた時から確信していた。


身体は冷たく、息もしている気配はなかったし、抱き上げてもピクリとも反応しなかった。その上、陥没した犬の頭の中にうじ虫がうごめいているのを見てしまったら、嫌でも悲しい結末が脳裏に浮かんでいた。


恐ろしいのと気持ち悪いのは同じくらい。


それ以上に海治の心を支配したのは、興味本位でこんな事を始めた自分達への怒りだった。


ライトと海治とガンは、河川敷に犬の遺体を持って行って埋めた。


海治がスコップで土を掘っている間、ガンはその様子をカメラで撮影していた。


「間に合わなかったな……」


ガンが言った。


「でも、犯人を捕まえないと、いつまでも動物が殺され続けるんだぞ?やめるのかよ」


ライトは少し怒ったような口調でそう言い、川面に石を投げた。


「やめようって言ってるわけじゃないけど…俺たち、傷だらけの犬を見ても、生きてるのか死んでるのかも分からないんだぞ?治療もできないし…こんなことしてていいのかな?」


自分たちにはもっと出来ことがあるんじゃないか…ガンはそう言いたいのかもしれない。


ガンとライトが今にもケンカを始めそうな空気の中、海治は黙々と土を掘っていた。


木の根や石が邪魔して簡単には掘れなかったが、犬一匹埋めるだけの穴はできた。


スコップを投げ出した海治がタオルに包まれた犬を抱き上げると、ライトとガンが海治を見た。


「お前ら、やめるならやめろよ。俺は絶対犯人捕まえるから。こんな小さな犬だぞ?俺の腕にすっぽり収まるくらい小さな犬を、こんな風に無残に殺した奴がいる……。俺は絶対許せない」


海治の目には涙が浮かんでいた。


救ってやれなかったことが悔しかったのと、犯人への憎しみが抑えられないのと…理由はきっとひとつじゃない。


「絶対犯人捕まえてやる」











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