殺人鬼に告ぐ 4-1



“自分も同行したい”


そう訴えた彩香だったが、本田に止められた。今も尚、目の前で彩香の行動を監視している。


気持ちだけが逸る中、無線機から声が聞こえた。


『本部!本部!応答願います!』


その声は鬼気迫っていた。


本田は慌てて無線機に手を掛ける。


「こちら本部、本田だ!いたか?」


本田が応答したのに対し、相手は無言だ。


「おい!何があった?応答しろ!」


本田の顔色が変わった。


隣にいた緒方もまた、神妙な面持ちで耳を傾けている。


何かよからぬ事態になっていることが想像できたからだ。


「おい!応答しろ!」


無線機相手に繰り返し声を張り上げる本田に、ジジッという機械音が答える。


そのあとすぐに人の声が聞こえた。


それは五十嵐の声だった。


『神楽坂を捕まえました…。やむを得ず2発ほど発砲したためケガを負っていますが命に別状はありません。医療班を送ってください』


全員がその声に集中していたため体育館の中はすっかり静寂に包まれていたが、言葉が途切れると一斉に拍手と歓声が広がった。


「了解。すぐに医療班を送る」


本田も胸を撫でおろし、無線の声に答えた。


体育館中が拍手と安堵の表情に満ちていた。


これで家に帰れる。


ゆっくり眠れる…。


中には目を潤ましてる者までいる。


そんな中、彩香は無言で体育館を去った。




━━━




神楽坂は応急処置の最中、大暴れしたため鎮静剤によって眠らされて運ばれた。


神楽坂の護送を行う際、全員が学校から出てきた。


護送用のバスに担架に寝かされた神楽坂が乗せられる。


上半身は裸で、関節は皮一枚が被っているのかと思うほど骨ばっていた。


まるでミイラのようなその姿に、捜査員たちは息をのんだ。


こんな細い体で40人以上の人間を殺したのだ。


誰もが身震いするほどの最強戦士。


戦国時代なら重宝される存在だったに違いない。


バスがゆっくりと走り出した。


誰も声を発する者はいなかった。


ただ黙って小さくなっていくバスを見送った。






「ご苦労だったな」


本田に肩を叩かれた五十嵐は思わず顔をしかめた。


神楽坂と対峙した際、肩にケガを負っていた。


「お前…ケガしてるのか?さっさと病院に行け。そのまま帰って休め」


珍しく気遣いを見せた本田だったが、五十嵐は別のことに気が向いているようだ。


「しんど…いや、折原はどこですか?」


彩香の旧姓を飲み込むと、目だけキョロキョロさせながら本田に聞いた。


本田は呆れたように腕を組む。


「予言者の心配より自分の心配した方がいいんじゃないのか?」


そう言いながら体育館から外へ続く扉を右手の親指で示した。


本田の言葉に返事もせず、五十嵐は体育館の外へ向かった。


次から次へと溢れてくる涙はいったい誰のものなのだろう。


息もできなくて、嗚咽が漏れる。


雨でも降ったかのように顔中が涙で濡れていた。




体育館裏の木の陰でしゃがみ込み、声を押し殺して泣く彩香の姿を見て、五十嵐は吐き出そうとしていた言葉を喉元にしまった。


あんな彩香の姿を初めて見た。


学生のころからいつも毅然としていて、近寄りがたい空気をまとっていた。


鋼の鎧でも着ているのではないかと思うほど打たれ強そうに見えていた彩香が、声を押し殺して泣いている。


地面をたたく手が草木で傷ついて血がにじむ。


思わずその手を掴んでいた。


彩香は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、五十嵐の顔を見た。


溢れる涙で五十嵐の顔が歪んで見える。


「うぅっ…」


涙は止まらない。


どうやったって自分じゃ止められない。


次から次へと頬に筋が流れる。


「もういいから。泣かなくていいから」


そう言って五十嵐は地面に膝をつき、彩香を抱きしめた。


それでも彩香の涙は止まらず、五十嵐の背中に手を回して声をあげて泣いた。


「ごめんね……ごめんねっ……」


そう言いながら五十嵐のスーツを強く握りしめ、体内の水分を全部出す勢いで泣いた。









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