殺人鬼に告ぐ 3-6



「つまり、4歳で失踪してから2年間、その老夫婦に育てられ、その後再び失踪したという事か?」


「そのようです」


体育館の片隅でいつものように本田と五十嵐、緒方と神藤と彩香はパイプ椅子に座りながら情報の共有を行っていた。


「なにか不審な点は無かったか?」


本田が緒方に問う。


「僕は考えていた通りの情報が聞き出せたので、あまり気になりませんでしたが、彩香ちゃんは何か思うことがあったみたいですよ」


緒方の振りにより、本田の視線が彩香に向くいた。


彩香はその鋭い視線を疎ましく思いながらも口を開いた。


「神楽坂を逮捕する際にはかなりの警戒が必要だと思います」


「なぜそう思った?」


「神楽坂はもう少し人の手で育てられていると想像していました。しかし、実際に人の手によって育てられたのはたった6年です。彼は死を知りません」


「死を知らない?」


五十嵐が首を傾げた。


それに対し、神藤が口を開く。


「6歳ならそろそろ死というものが何なのか知り始める頃だが、彼の場合は少し事情が違うからね。4歳まで閉ざされた世界で生きてきたんだ。実際、6歳までの2年間、人の手で育てられたにしても、精神年齢としては3歳くらいの子どもとたいして変わらないだろう。今の子はゲームなんかで、死んでもまた生き返る、といった認識を持っている者もいるようだが……」


神藤に代わって今度は彩香が口を開く。


「たぶん、神楽坂は両親を殺したという自覚も無かったのだと思います。今もまだ生きていると思っているかもしれない。死ぬ、という事がどういうことなのか理解できてないんです」


「理解できないって言ったって、人の肉を焼いて食べるような人間だぞ?」


本田が言った。


「死を知らないというのは、生きている人間が死んでいく過程を理解していないという意味です。彼は死を知らないことにより、自殺するという事も知りません。つまり、生きる以外の選択肢が無いんです。食料の無い世界で生きていくためには人肉だって食べるでしょう」


「生きる以外の選択肢が無い?」


「現代の多くの人間が自殺を考える中、神楽坂は自殺すらできない状況にいて、向かってくる敵と戦ってるんです」


「敵?」


本田が首を傾げた。


「ゲームみたいなものです。相手がなぜ自分に立ち向かってくるのか、なぜ攻撃されるのか分からない。でも、殺られる前に殺らなきゃ自分が痛い思いをする。そんな戦いから逃れるために山の中に逃げ込んだのに、道路の開通工事で新たな敵がやってきてしまった。だから彼は戦わざるを得なかった」


「君の話しからいくと、あの工事が無ければ誰一人殺される事がなかったような口ぶりだな」


本田が若干、顔を歪めた。


神楽坂の本心を知っているのは自分だけ。


そう言いたげな彩香に少しだけ苛立っていた。


「開通工事が行われなければ神楽坂が殺人を犯す必要は無かったと思います。集落の人間も殺される事は無かった。なぜなら彼は平穏を求めていたから。敵とも味方とも分からない人間と共存するのは難しい事です。それはまるで戦争と同じ。誰が敵で誰が味方か、外見だけでは見分けられない。だから彼は味方を作らなかった」


「近づく者を皆殺す、と言うことか?」


「だから危険なんです。弱っている時を狙わなければ、こちらが殺されるか、神楽坂を殺さなくてはいけなくなる」


本田は大きなため息を吐いた。


確かに生きたまま捕らえるのがベストだが、これ以上犠牲者を出すわけにはいかない……。


しばらく本田は黙って椅子にもたれ、腕組みをしていたが、無線が奇怪な音を発すると同時に立ち上がった。


そして無線機の前まで歩を進めた。


小さなため息を吐いた後、今度は大きく息を吐き出した。









「捜査員に告ぐ。容疑者、神楽坂智が立ち向かってきた場合、身の危険を感じたら許可を待たずに発砲してもよしとする。相手はかなり弱っていると思うが、油断するな」











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