殺人鬼に告ぐ 3-3



学校の正門前から真っ直ぐ細い道を走らせると集落に出る。


農業用のトラクター一台がやっと走れるほどの細い道だ。


途中、民家を数件通過する。


何百メートルもの間隔を作って家は建てられていた。中には廃屋のような家もあるし、小屋もある。


その道を車で20分ほど走ると住宅が密集した場所を通る。


道路より一段高い場所に民家は並んでいて、道路自体はまだ真っ直ぐ畑へ向かって続いている。


五十嵐の運転する車は住宅を通り過ぎ、畑に向かう道を走って、その先にある事件現場の更地に入る前で止まった。


まるで蜘蛛の巣のように細い道があちこちに続いている。一本間違えれば行き止まりか畑に行ってしまう。


車を降りた彩香は周囲を見回した。


その場所はまだ捜査員が周辺で作業をしていた。

何も無い場所ほど証拠を探すのは困難である。


彩香は黙って周囲に目を配る。




血なまぐさい匂いが漂っている気がした。


写真の光景とリンクする。

山のように積み重なった遺体、白いテント、血だらけの凶器。


遺体も証拠品も撤収された現場の中に彩香は見えないものを見ていた。


しかし、ふと我に返って再び辺りを見回す。


「ここじゃない……」


小さな声でそうつぶやいた。


ここにある神楽坂の闇は拾い集めた。そう言っているようだった。


再び車に乗り込み、Uターンして民家のある地域に向かった。


一段高い場所にある民家へ行くには急な砂利道を上らなくてはいけない。


高さはさほどないが、傾斜40度…いや。もしかしたらそれ以上に急なため、軽自動車では登りきれないときがある。


砂利の坂を上ると、民家の前の通路に出る。

車1台がぎりぎり通れる細い砂利道は慣れない運転手にとって脅威だ。


周辺には今にも崩れそうな家ばかりが立ち並んでいた。


木を張り合わせて作られただけの小屋のような木製の家だ。


農業組合で土地を買ったこの集落は、全員が組合に属し、ほとんどの人間が農業で生計を立てている。


身体が不自由になった者は引退して年金暮らしを始めるが、若者がいなくなった現在の組合には働き手もいなくなった。


そのため、仕方なく外部から労働者を雇うようになったのだ。


もともと裕福な人々が暮らす集落ではない。


彩香の祖母である神藤ウメもまた、裕福な暮らしをしていなかった。


神藤が精神科教授になったのは喜ばしい事だったが、祖母の生活は変わらない。


祖母の家では数年前まで薪ストーブを使っていた。


昭和も初期の民家である。


最近ようやく石油ストーブを設置したが、やっぱり薪ストーブの方が温かいと文句を言われたくらいだ。


家の作りが古いため、隙間風は絶えず入ってきた。


彩香も何度も祖母の家に泊まったから、そのことは知っている。


しかし、確かに薪ストーブは温かいが、冬が来る前に薪を用意しておかなければならないのだ。


その苦労を考えると石油ストーブで我慢してもらった方が祖母の体の負担にならないと考えた。


ストーブだけじゃない。


以前はお風呂だって共同風呂だった。


食事も当番制で作っており、今は使われていない炊事室へみんなが食べに来るのだ。


寮と似たようなシステムだろう。

寮母が食事を作り、共同風呂を使用する。そんな感じだった。


しかし、そんな当たり前の日々は小学校の閉校と同時になくなった。


個人での生活が余儀なくされ、共同風呂の使用が不可となった。


みんなが今にも崩れそうな家に増設して風呂を取り付けた。


食事も自分で食材を買ってきて調理をする。


組合の方針が変わり、少しずつ現代に近づいてきたこの集落だったが、お金の問題はいつもついて回っていた。


本田が昨日言っていた事が事実だとしたら、道路の開通工事で入金したお金は、組合の長である人物に入金されるだろう。


そして何も知らない住民たちは、交通の便が良くなる事を単純に喜んだに違いない。


彩香は五十嵐を連れて民家のある坂を上っていった。


坂を上がれば上がるほど、その家の造りは変化する。


坂の上の方には、街にあるようなコンクリートで作られたきれいな家が建っていた。


「なんでここだけ立派なんだ?」


車を降りた五十嵐が坂の下の家と目の前の家を見比べた。


「ここは組合長の家。開通工事のお金は全てこの家の主がせしめたんだと思う」


「冗談だろ?」


「ここの組合は昔から問題を抱えてた。みんな外の世界を知らないから、組合長の言う事を聞くしかなかったの」


「外の世界を知らないって……?」


「言ったでしょう?山で育った子どもたちは高校を出ると同時に街に出るって。理由はここが田舎だからじゃない。ここの住民たちは外の世界を知らないの。つまり、法律や現代の常識を知らなかったの。山を下りて学校に通っていた子どもたちは、その微妙な考え方の違いに気付き始める。そして、ここの生活が普通じゃないと思うようになり、街に出ていくの」


「普通じゃないって……」


彩香は五十嵐を振り返った。


「まるで宗教みたいなもの。教祖が言う事は絶対。ここでは組合長が教祖様」


なんという分かりやすい例えだろう。


彩香が再び歩き出し、五十嵐も後に続く。


「小屋が見つかったのってどの辺?」


「この上だ。道が細いからやめといた方がいいと思うけど……」


五十嵐の忠告に耳も傾けず、彩香は傾斜のある民家の裏手の草木で覆い茂った山中に足を踏み入れた。


彩香が足を踏み外さないよう、後ろにぴったりとついて五十嵐も山を登っていく。


足場が悪いにもかかわらず、彩香はスムーズに山を登っていった。


道など存在しない。


ただ、先に上った人間が草を踏みつけて、それらしい道を作っただけだ。


横から木の枝が行く手を遮る。


それらを手で振り払いながら彩香と五十嵐は山を登った。


10分ほどかかったが目的の場所にたどり着いた。


視界は開け、平地が目に入った。


ようやく安定した地面に足をつけると、続いて五十嵐も草木の間から顔を覗かせた。


「あっ…!ちょっと!あんたたち何やってんの!」


突如現れた2人の姿に気づいた鑑識の制服を着た男性が、険しい表情で走り寄ってきた。


「あ、すみません。捜査第一課の五十嵐です」


五十嵐はポケットから警察手帳出すと、鑑識官に見せた。


「あぁ…あんたたちが!本部から連絡入ってるよ。ったく…無茶するねぇ」


男はそう言ってため息をついた。


「俺は鑑識の黒崎だ。あんたたちがここへ来たら、小屋に案内するよう本田さんから聞いてるよ」


五十嵐はそれを聞いて目を丸めた。


「本田さんが?」


「随分ご立腹だったよ、最初は。でもまあ、ここまでたどり着けたなら、せっかくだから小屋の中も見せてやれってさ。心の広い上司でよかったね」


五十嵐は目を伏せた。


本田がそんな指示を出したということは、よっぽど怒っていると分かったからだ。


これまでも何度も無茶はしたが、本田が優しいときはいつも心に煮えたぎる怒りを抱いていた。結果、全てが終わったときに大目玉を食らうのだ。


気が重くなった五十嵐はその場にしゃがみ込む。


しかし彩香は五十嵐に目もくれず、鑑識の黒崎と先に小屋へ向かって歩き出した。


これ以上、彩香に勝手な事をさせたら本当に立場が悪くなると思った五十嵐は、慌てて彩香の後を追った。


小屋の前で現場を荒らさないよう手袋などを装着すると、2人は小屋の中に入った。


彩香は目を丸めて室内を見回した。


「なにこれ……」


異常なほどきれいに片付いている。


室内には道具を収めるお手製の棚が左右にあり、作業台もあった。


以前、祖母の家にあったような小さな薪ストーブも存在した。


小屋の奥はブルーシートで覆われていて、その奥に何かあるようだ。


壁に掛けられた農業用の道具は、その大きさや種類別に並べられている。


戸棚に置かれた小物類も同じように、種類や大きさで分けられていた。


作業台には携帯ラジオと懐中電灯と腕時計が置かれていた。


広さはだいたい10畳ほどだろうか。


「ここに神楽坂がいたのか?」


五十嵐も困惑の表情を浮かべて辺りを見回した。


床には塵ひとつない、そう思えるほどきれいに掃除されており、水拭きまでされているようだ。


更に右手にある三段棚の一番下に置かれた四つの小箱を覗き込んだ。



一つ目の箱にはカロリーメイトや栄養補給のゼリーがいくつか入っている。


もうひとつにはチョコレートや飴がぎっしり詰まっていた。


三つ目の箱には電池が入っている。


最後の箱にはライターやマッチが入っていた。



中央の棚に視線を向けると、機種やメーカーの違うラジオや懐中電灯が並んでいた。


それもまた大きさなどに応じて丁寧な陳列の仕方だ。まるでお店のディスプレイを連想させる。



その上の棚にはメモ帳のような紙切れが束になって置かれ、ボールペンや鉛筆なども輪ゴムで括ってまとめて置かれており、ハンカチやティッシュが几帳面に並べられていた。


天板の上には五百ミリリットルのペットボトルの水が数本置かれている。


水は若干にごりがあり、ミネラルウォーターとは考えられなかった。


「あの、これって普通の水ですか?」


彩香が声を掛けると黒崎が近づいてきた。


「そりゃあ、川の水だよ。自分で汲んできたんだろうな。川ならすぐそこに流れてる」


黒崎は外を指差した。


確かにこの辺は湧き水で生活しているから決して飲めない水ではないが、野生の動物がうろついている場所だ。ろ過せず飲むのは危険だろう。


そしてもうひとつ気になっている場所の前に立つ。


彩香がブルーシートの前に立っているのを見て、黒崎が声をかけた。


「それなら薪だよ。そこの薪ストーブで使うやつをためておいたんだろう。それから…こんな鉄板もあった。料理に使われていたのかね」


錆付いたバーベキュー用の鉄板をブルーシートの裏から取り出した。


彩香の表情が大きく変化した。


まるで今にも泣き出しそうな顔で小屋の中を見回している。


それに気付いた五十嵐は眉をひそめた。


「折原?どうした?」


現場に来るのを先延ばしにしたせいで、大事な事を見過ごしていたようだ。




『掃除された小屋』


『ラジオや懐中電灯の電気機器』


『電池、ライター、マッチ』


『栄養補助食品』


『ティッシュやハンカチ』


『メモ帳』


『さび付いた鉄板』


『ペットボトルに入った水』


『順番に並べられた生活用品』


『塵ひとつない床』


『積み重ねられた薪』


『腕時計』




彩香は胸に手を当てて呼吸を整えた。


その様子に気付いていない黒崎が2人に声をかけた。


「小屋の外には動物や人間の骨もたくさん見つかった。ほとんどが動物のもんだけど、かなりの骨の量だったよ。それから、ブルーシートの奥に衣類も畳んで置かれてた。異常なまでの神経質だね。まるで潔癖症だよ」


見たことのない彩香のその表情に五十嵐も何かを感じ取ったのだろう。


「どうなってんだ?何を感じたんだ?」


何度も問い掛けられるが、彩香は首を横に振った。


「とにかく…降りよう。状況が変わった……」


彩香の声は震えていた。












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