殺人鬼に告ぐ 3-2



「で、事件はどうなってるんだい?」


神藤が後部座席から問い掛けた。


運転席に座る五十嵐は返答に困り、眉間に力が入る。


なんとも固い表情で、ミラー越しから質問に答えた。


「前進と後退を繰り返してます」


「そうか……」


助手席に座っていた彩香が、小さくため息をついた。


祖母の死をどう伝えればいいか分からなかった。


普通の人間が愛する者の死を聞かされるとき、どんな風に思うのだろうか。


彩香には普通が分からない。


「母さんの遺体はどこに安置されているのかな?」


彩香の気持ちをよそに、神藤は五十嵐に問い掛けた。


「え……?」


あの連絡の後、神藤と連絡を取った者はいなかったはずだ。


彩香が伝えたのだろうか……?


しかし、隣に座っている彩香の表情も驚きを纏っている。


「君たちと話をした時にすでに覚悟はしていた。母さんも高齢だ。自宅で見つからないのなら、死んでいるだろうと腹は括っていたさ。この車に乗っていたなら話は別だがな」


神藤はそう言って寂しそうに笑った。


車が学校に着くと、五十嵐は神藤の荷物を持って校内に入って行った。


彩香は神藤の後姿を見つめ、小さく息を吐いた。


「教授、お待ちしてました」


本田が神藤に握手を求めた。


「すまなかったね。娘の事まで押し付けて」


「いえ。この度は…誠に残念な結果となってしまって……。しかし、娘さんにも力添えを頂いて、だいぶ道が開けてきたところです」


「そうか、それは良かった」


パイプ椅子に座った神藤は、大きく息を吐いた。


論文発表が終わってすぐに飛行機に乗り日本に帰国したが、その後の道のりも長かった。随分と移動に時間を掛けてしまったので身体が疲れ果てていた。


「お父さん、少し休まれては?疲れたでしょう?」


彩香が声をかけると、神藤は力なく笑った。


「確かに長い道のりだったが、現状を把握したいんだ。手短に説明してくれないか?」


本田は今回の事件の資料と15年前の資料を持ってきた。


「では、手短に説明させていただきます。事件が起こったのは集落の少し奥へ入った更地です。道路の開通工事が行われるのが、ここから…ここの間でした」


本田は地図を広げて、現地点と隣町の間を指でなぞった。


「一昨日の朝7時に開通工事が行われる予定でしたが、現場の無線から応答がなくなり、本社から社員が向かいました。開通工事には何億と言うお金が動いていたそうです。この集落の住民にもそれなりのお金が回っていたそうですが、まだ確認できていません」


彩香は初めて聞く内容に眉をひそめた。


「それだけ盛大に行われた工事でしたので、工事が始まる頃、現場にはたくさんの人垣ができていたと考えられます。そこで何らかの事情があって事件が起こり、住民と工事関係者が殺害されました。現段階でおよそ40名の遺体が発見されています」


当初聞いていた人数より増えていた。


彩香は五十嵐に視線を向けた。


五十嵐は無言で本田を見ている。


緒方にも視線を向けたが、緒方は目の前の神藤に興味を抱いているようだ。




――試されている……。




そう感じた。


神藤に開示された情報より遥かに少ない情報しか与えられていなかったのだ。


少しの期待もしていない。


彼は今この場で彩香にそう伝えたかったのだろう。


本田が神藤に説明を続ける中、彩香は黙って体育館を出た。


校門の前に立ち、集落へ続く細い道を見つめる。


外はすでに陽が落ちる直前だった。


背後から砂を踏みしめる音が聞こえる。


彩香は振り返ることなく、地面に伸びる長い影を見つめた。


「本田さんのやり方に腹が立つか?」


五十嵐の声だった。


彩香は小さくため息を吐いた。


「分かんない。私には人間の感情がないから……」


「人間の感情ってなんだよ?誰よりも神楽坂の気持ちに近づいてるくせに」


「でも、祖母を亡くしても悲しみのひとつも感じない。私は人として欠陥品だよ」


「そうかな……。理に適った生き方なんじゃないの?」


彩香は、そう言った五十嵐を振り返った。


「理に適う?」


「人間はいずれ死ぬ。死を悲しんでやるのも一つの別れ方だけど、その死の真相を追究して痛みを感じ取ってやるのも別れなんじゃないか?」


夕日に照らされ五十嵐の頬が赤く染まる。


「お前がいなかったら謎のまま通り過ぎてきた15年前の事件が、今になって明らかにされようとしてる。神楽坂の痛みを理解してやれるのも、15年前、あのマンションで何が起こったのか真実を導き出せるのも折原なんじゃないのか?」


普段なら絶対に言わないような言葉を五十嵐は口にした。


彩香は五十嵐の腕を掴んだ。

五十嵐は驚いて彩香に視線を落とす。


「私が見た資料は情報が欠落してた。それは故意に行われた事なの?」


「ああ。金の流れまで警察関係者以外に知らせるわけにいかない。それが本田さんの考えだった」


「それ以外の情報は全てあの資料にあった?」


「ああ。それは間違いない」


五十嵐の腕から手を離すと天を仰いで夕日を受けた。


もうすぐ山に隠れてしまう赤い光が彩香の身体にまとわりつく。


温かくて、心地よくて、ゆっくり目を閉じた。


はらりと一滴、涙が頬を伝った。


隣で見ていた五十嵐は驚いて目をみはる。


「点と点で線がつながり始めたの。でもまだ点が足りない。まだ何かあるはずなの。神楽坂の心の闇がどこかに…あるはずなの。私はその闇をまだ見つけ出せない……」


目を開けた彩香は指先で涙を拭った。


「彼を助けないと……」


そう言ってもう一度集落へ続く道に視線を向けた。





'━━━






事件から3日が経過。

4日目の朝を迎えた。


仮眠室でしっかり睡眠をとった神藤は、朝7時に起きて体育館へ向かった。


いつ眠っているのだろうか。

本田は体育館の無線機の前に今日も座っている。


「本田くん、おはよう」


神藤が声をかけると、本田は椅子から立ち上がって頭を下げた。


「おはようございます。ゆっくり眠れましたか?」


「ええ。おかげさまでね」


そう言って本田の隣に腰掛けた。


「昨日は聞けなかったが、彩香はちゃんと協力してたかな?」


神藤の問いに本田は口をつぐんだ。


確かに彩香の指示は的確だったが、信用するにはあの不気味な能力が邪魔をしていた。


黙っている本田を見て神藤は苦笑いを浮かべた。


「気味が悪いと思ったのかな」


心の中を読まれているようで、思わず身体がびくついた。


「そんな事は……」


「いいんだ。キミはどうも顔に出やすいようだ。気をつけないと出世に響くぞ」


「え……?」


動揺が更なる動揺を呼ぶ。


神藤は面白いものでも見ているように笑った。


「彩香はね、昔はあの能力を使いこなせなくて大変だったんだ。それこそ病人だった。隔離病棟で24時間の監視下に置かれ、自由をなくした。あの子に唯一安らぎを与えたのは本だったんだよ」


「本……ですか?」


「そう。夢と現実の境目。本は分かりやすい境目だ。人の感情を読み取ってしまうあの子の能力は自らの行動さえも奪い取った。


外に出るだけで吐き気に襲われ、パニックを起こす。暴れだしたら手に負えない。しかし小学校の高学年に上がった辺りで、何か変化があったようだった。あの子は自分の感情を心の奥深くに沈めた」


「そんな事が可能なんですか?」


「さあ……どうかな。もしかしたらあの子だけにできることなのかもしれない。自分の感情を心の奥底に沈めることで相手の感情を自分のものとして捉えることに成功した。しかしそのために自分を犠牲にしたんだ」


「犠牲……」


「あの子の中に自分は存在しない。だから疲れてしまうんだよ。たくさんの人の心を同時に自分の中に取り込むということは…つまり、そういうことだ」


「今の彩香さんは神楽坂の心を取り込んでいる…そういうことですか?」


「神楽坂だけじゃない。キミの心も五十嵐くんの心も緒方くんの心も、捜査員全ての思いも取り込んでる。彩香と言うハードディスクの容量がいっぱいになるまで人の心を取り込んでいく。だから嘘を吐かれれば取り込んだ人たちの心と同じだけ傷を作る」


本田は首を傾げた。


「言ってる意味が分からないのですが……」



神藤は真っ直ぐ本田の目を見た。


「あの子に嘘をつくということは捜査員全員に嘘を吐くのと同じ事だ。捜査員全員がキミに嘘を吐かれればどう感じるだろう?その全員の感情を、あの子は一人で受け止めて消化しなくてはいけない。その意味が分かるかな?」


本田は昨日の事を思い出した。


彩香に隠していた捜査の内容を神藤に話した時、明らかに動揺の色を浮かべていた。


それでも口を開くことなく彼女は黙って体育館を出て行った。


神藤もそれに気付いていたのだ。


「確かに…捜査の内容を一部隠していました。しかし、上からの指示でしたので、どうしても話すことができませんでした。彼女を傷つけた事は謝ります」


「謝る必要はない。彩香もそのことは分かっているだろう。さっきも言った通り、キミの心も彩香は取り込んでいるのだからね。しかし、私に彩香と同じような能力はない。それどころか、あの子には負けっぱなしだ。キミは私よりも彩香を信じるべきだ。そのことだけは伝えておきたくてね」


本田は黙り込んでしまった。


以前捜査協力を依頼した事のある神藤教授までも、彩香が特別な能力の持ち主だと断言したのだ。


その気味の悪い能力を信用すべきだと言われれば、神藤にすら不信感が募る。


しばらくの沈黙が続いて居心地悪く感じ始めた頃、廊下が騒がしくなった。


体育館に飛び込んできた緒方が慌てた様子で本田の元に走ってきた。


「い…いません!二人とも!五十嵐くんと折原さんが……」


本田が眉をひそめて立ち上がった。


「どういうことだ?」


「分かりません!車もなくて…携帯も繋がりません!」


すると、神藤が勢いよく立ち上がった。


「彩香が!?いったいどこに行ったというんだ……」


先ほどまでとは打って変わって慌てた様子で口元を押さえている。


本田もまた動揺を隠せなかった。


「まだ犯人は山中に潜んでる可能性が高い…もし鉢合わせでもしたら……」


「いったいあの子は何を見てるんだ……?」


もう誰も彩香を止められない。


神藤は長年育ててきた彩香の行動を理解できなくなっていた。


あれだけ長い間一緒に過ごしていたはずの彩香が暴走を始めてしまった。


「とにかく山小屋の捜索を続けている鑑識に連絡します。きっと向かう先はあそこでしょう。へたに動かないよう監視させます」






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