殺人鬼に告ぐ 2-4



図書室を出て保健室に向かう途中、五十嵐も合流した。


何が起こっていたのか知らない五十嵐は、本田に向かって、「なんでコイツを会わせるんですか」と、抗議している。


しかし、本田はそんな五十嵐を無視して保健室のドアを開けた。


白いパイプベッドに女の子が座っている。


まだ小学校に入ったくらいの小柄な少女。


少女のそばに白衣を着た医師が一人、警官が一人立っている。


「少しはずしてくれ」


警官と医師に本田がそう告げると、二人は一礼して部屋を出て行った。


少女は困惑することなく4人の大人を見ていた。


彩香が近くにあったパイプ椅子を引き寄せ、少女の正面に座ると、少女は床につかない足をぷらぷらさせながら、大事そうにクマのぬいぐるみの頭を撫でた。


「かわいいぬいぐるみだね」


彩香が声をかける。


「お母さんがかってくれた」


「お母さんはどこに行ったの?」


「お山でねてたよ」


少女が述べる、『ねてた』の意味を、彩香は脳内で変換した。『山で倒れている』。


「お母さんが眠ったとき、あなたはどこにいたの?」


「白いやねのへや。テーブルのしたでプーとあそんでたの」


「プーって、この子のこと?」


彩香はクマのぬいぐるみに視線を向けた。少女は大きく頷く。


「その時、誰かあなたに話しかけなかった?」


「ううん」と、少女は頭を横に振る。


「じゃあ、誰か近づいてこなかった?」


「きたよ」


その返事を聞いて、本田と五十嵐は目を大きくした。


これまで緒方が追求しても出てこなかった話だった。


「どんな人だった?」


「おとこの人」


「おっきい人?」


「うん……。陽菜子ひなこよりおっきいけど、すごくほそくてクロかった」


「クロい?」


「ドロドロした……クロいの」


五十嵐が話の内容をメモに書き込んでいく。


「陽菜子ちゃんって言ったね。その人はどこへ行ったの?」


「わからない」


「じゃあ、その人と陽菜子ちゃんは目を見て会ったの?」


「うん。ひなこがアメをあげたの。そしたらお兄ちゃん、いなくなっちゃった」


「そっか。恥ずかしかったのかもね。きっとお兄ちゃんも喜んでるよ」


「そうかな?」


「うん。ずっと外にいて寒かったでしょう?しっかりご飯食べて、暖かくするんだよ」


彩香はそう言って少女の頭を撫でるとその場に立ち上がった。


「ねえ、お姉ちゃん」


立ち上がった彩香の手を、少女が掴む。


「ん?」


「お兄ちゃん、さむくないかな?」


無表情でそうつぶやいた少女に、彩香はにっこりと微笑んで頭を撫でた。


「大丈夫。お兄ちゃんは大人だから」


「うん……大人かなぁ?」


やはり無表情で少女はつぶやいた。


彩香はポケットからチョコレートを取り出すと、少女に手渡した。


「ありがとね、話してくれて」


少女はチョコレート受け取ると、包みを開けて食べ始めた。


彩香が保健室を出ると、本田と五十嵐、緒方もその後に続いて部屋を出た。同時に外で待機していた警官が保健室に入っていく。


彩香は廊下に出た途端、立ち止まって天井を見つめた。


瞬きもせず、ただじっと天井を見つめている。


「おい、もっと聞き出せたんじゃないのか?」


本田が横から声をかける。しかし、緒方がそれを制した。


「アスペルガー症候群ですよ。俺、気付かなかったなぁ。発見された時、相当寒かったし、ショックで思考に障害が出てるのかと思ってたけど、さっきの対応で気づきました」


「アスペルガー?なんだ、それ」


「コミュニケーションを苦手とする広汎性発達障害です。小学校低学年だと発見されにくいんですけどね、彼らは空気を読むのが苦手で、言葉の意味をそのまま受け取るといった特徴があります。


たぶん…昨日、僕が話した時、言葉の選択を誤ったのかもしれません。だから犯人の話を聞き出せなかった……」


次から次へと出てくる謎の言葉に、本田はこめかみを押さえた。


小さなため息をついた時、目の前に薬が差し出された。


「薬のアレルギーや常用している薬がないならどうぞ」


彩香の手には先ほど五十嵐に渡された薬と同じ痛み止めが乗っていた。


本田は黙ってその薬を受け取ると、体育館へ向かって歩き出した。















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