殺人鬼に告ぐ 2-3



今日は体育館とは別の部屋に招かれた。


二つしかない教室は捜査員の寝床となっている。

他にあるのは図書室と保健室、職員室だけ。


保健室にはどうやら来客がいるらしく、彩香は本田と五十嵐、緒方に連れられて図書室に通された。


一晩掛けて全ての部屋を掃除したのだろうか。室内はそれなりにきれいにされていた。図書室と言う割りに本が一冊も無いのは、他校に寄付したからだろう。


本田に勧められ、テーブルを挟んで向かい合わせになるよう4人は座った。正面には本田、緒方は彩香に興味を持っているのか、すぐ隣に座った。必然的に五十嵐は斜め向かいの席になる。


本田は持っていた資料を彩香の前に置いた。


「現在分かっている状況です。昨晩のうちに遺体の回収は終わりましたが、市内の病院や医療関係の施設で遺体を安置できる部屋に運びましたので、対面する事は現段階では無理です。一応、所持品で確認していただく事になります」


本田はそう言うと、左上にナンバーが記載された写真を机の上に並べ始めた。6枚目の写真が机の上に置かれたとき、彩香は本田の手を制した。


「これ…祖母のです」


そう言った彩香の表情に、悲しみや苦しみは存在しなかった。


「間違いないですか?」


「ええ。このネックレスは一昨年の祖母の誕生日に父と選んでプレゼントしたものです。数量限定品だと店員さんが言ってましたから、間違いありません」


本田はその写真を五十嵐に渡した。

五十嵐は軽く頷いて部屋を出て行く。


あのナンバーの遺体がどこにあるのか調べに行ったのだろう。


本田は並べた写真を回収し五十嵐が座っていた席の前に置くと、前傾姿勢になり彩香の顔を見据えた。


「失礼かと思いましたが、あなたの事を調べさせていただきました。昨日お聞きした内容は事実のようですが、他にもいろいろとあなたには問題がありそうなんですけどね」


責めるような目。

何が言いたいのかすぐに分かる。


「定職に就かず、不審な行動をしている……そう言いたいんですか?」


「その通りです。一体なぜ仕事が長続きしないんですか?あなた、ずっとカウンセラーの仕事に就いてますよね?」


「ええ。私の本意ではありません。父の意向です。私の最終学歴は高卒。大学で心理学を学んだわけでもなければ、医療関係の仕事をした事もありません」


「じゃあ、なぜカウンセラーに?」


「カウンセラーに資格は必要ありません。多くの医療機関では臨床心理士をカウンセラーとして採用しますが、臨床心理士も国家資格ではないんです。だから資格がなくてもカウンセラーにはなれる。父は自分の立場を利用して、働き口を私に紹介してたんです」


「よく分からないんだが…君はカウンセラーになりたいわけじゃないのか?」


彩香は薄い笑みを口角に浮かべ、頷いた。


「仕事なんて何でも良かったんです。事務でも接客でも、給料さえもらえれば。ただ、父は私の特殊な体質に気付き、カウンセラーを勧めました」


「特殊な体質とは?」


「HSP体質だと」


「HSP?」


本田が目を細め、緒方を見ると、緒方は目を丸くして彩香の事を見ていた。


そして今度は緒方が彩香に質問を始めた。


「彩香さんはHSPがなんだか分かってますか?」


「ええ。ハイリー・センシティブ・パーソン。略してHSP。要は過度に敏感すぎる体質の人のことです」


本田は首を傾げる。


「過度に敏感すぎるって…どういうことだ?」


その質問に答えたのは緒方だ。


「感受性が強くて繊細。ゆえに周囲の状況を把握したり相手の感情を読み取ったり、中には会ったことの無い相手の感情を理解したりできる人もいます。アメリカでは5人に一人がHSPだと言われていますが日本ではそれ以上いるだろうという説もあります。こういった能力を持つ人は人ごみを嫌い、うつ病などの心身症になりやすいと言われてますが……」


彩香からそういった繊細さを感じない……。


それが緒方にとって彩香の能力の謎だった。


しかし神藤教授が言うのなら本当なのだろう…と、緒方はマジマジと彩香に視線を向ける。


「私はHSP体質でありながら自分の感情に対しては理論的根拠に応じて処理する傾向がある。だからこそ能力をうまくコントロールできるのだろうと父は言っていました」


「まあ、確かにHSPだからってその能力をうまくコントロールできなければ、病人へ変わる可能性が高いからね」


「ちょっと待てよ。そのHSPってどうやって診断されるんだ?」


まだ話しがよく分かっていない本田が身を乗り出した。


「ああ、ちょっと待ってくださいね……」


そう言いながら、緒方は持っていたカバンの中の大量の資料を指先でめくっていく。

そこから見つけた一枚のプリント用紙を本田の前に置いた。


「これがネット上で掲載されているHSP診断テストです」


そこにはこんな文面が記載されていた。




・自分をとりまく環境の微妙な変化によく気付く方だ。


・他人の気分や振る舞いに左右される。


・痛みにとても敏感である。


・忙しい日々が続くと、ベッドや暗い部屋などプライバシーが得られ、刺激から逃げられる場所に引きこもりたくなる。


・カフェインには敏感に反応する。


・明るい光や強い匂い、ざらざらした布地、サイレンの音などに圧倒されやすい。


・豊かな想像力を持ち、空想に耽りやすい。


・子どもの頃、親や教師は自分の事を「敏感だ」とか「内気だ」と思っていた。


・美術や音楽に深く心動かされる。


・とても良心的である。


・短期間にたくさんの事をしなければならない時、混乱してしまう。


・人が何かで不快な思いをしている時、どうすれば快適になるかすぐに気付く。


・ミスをしたり、物忘れをしないようにいつも気をつける。


・暴力的な映画やテレビは見ないようにしている。


・人と関わりすぎたりいろんなことが起こりすぎると、その後、神経が高ぶり寝つきが悪くなる。


・空腹になると、集中できないとか気分が悪くなるといった強い反応が起こる。


・生活や環境の変化に弱いほうだ。


・繊細な香りや味、音、音楽などを好む。


・仕事をするとき、競争させられたり、観察されていると緊張し、いつもの実力が発揮できなくなる。


まるで病気の診断でもされているようなチェック内容が、そこには連ねられていた。


「これはうつ病診断のテストじゃないのか?」


「うつ病になると、この質問の中では感じなくなる項目もあるんですよ。空腹とか気にならなくなる人が多いんです。とにかく何も考えたくないのがうつ病患者の特徴ですから。だからこの診断の多くに当てはまると、敏感な人とも捉えられるし、うつ病予備軍ともとれるんです」


本田は専門用語や自分の許容範囲を超えた内容に頭を抱えた。


確かに人の心を感じ取ったりできるのであれば、昨日の事も超能力などの不可思議な出来事として処理せずに済むが、いったい神藤はこの能力者のどこが適任だと思ったのだろう。


「折原さんがHSPってことは…犯人の行動や犯行動機などを解析できるかもしれませんね」


緒方がいつになく真剣な表情でそうつぶやいた後、捜査資料をめくり始めた。


「あ、エグイ写真とか大丈夫?」


「ええ、たぶん……」


ネットで残虐な写真もアップされ、映画でもゾンビ映画のようにグロテスクなものや、吐き気がするようなホラーも出回っている。テレビをつければリアルさながらな死体が演出される時代だ。それを慣れと言うかどうかは分からないが、作り物とホンモノの違いが分かる社会であって欲しい。


資料の中に殺害現場の写真を見つけた。

発見時のままの写真で、遺体もそのままの状態だ。


「これ見て。どう思う?」


緒方から彩香に写真が手渡される。


砂利の敷かれた更地の奥に数台の重機が並んでおり、右手には白いテントが張られている。


中央部には遺体の山。


時代劇で見たことのあるような惨状。


それに加えて血液の赤黒さが写真を通しても伝わってくる。


砂利を赤黒く染めたそれは、現実を物語っていた。


「これ……。祖母の遺体です」


彩香はそう言って、遺体の山の中から一人の老婆を指差した。


彩香の祖母はたくさんの死体の下敷きなり、右手をこちら側に伸ばしたまま目を瞑っていた。まるで助けを求めるように、伸びた右手。顔中を血で染め、決して安らかな死を迎えたわけではない事を物語っている。


それを見た緒方が小さなため息を吐いた。


「残念です……」


本田もそうつぶやいて俯いた。


期待もしていなかったのか、彩香は淡々と写真に視線を注ぐ。瞬きもせず、隅から隅までその様子を伺っている。


「このテントには何が?」


彩香に訊かれ、緒方が写真を覗き込んだ。


「ああ、現場の指揮をそこからとってたんです。モニターや無線機、工事予定の書類や資料のコピーなどがそこにありました。ここで重機オペレーターから情報を入手して、その内容をまとめて会社に無線で報告するんです。その会社からの無線に長い間応答が無く、会社から社員が現場の様子を見に来て、事件が発覚したんです」


「こんなに近くにあるのに、なぜ無線を壊さなかったのでしょう?」


「なぜ……?だって、壊したって壊さなくったって、誰も出なければ会社の人間が見に来るでしょう?壊す意味が無い」


「もしもまだ息のある人間がいたなら、事件の発覚が早まる可能性があります。事件が起きていることを知られているのと、状況が分からずに様子を見に来るのとでは全く状況が変わります。これでは犯人の意図が読めません」


緒方と本田は黙ってしまった。


この山の中に来るだけでも街から30分の時間がかかる。


その間に逃走できれば無線を壊す意味など無いが、通報を受けて警察が直行していたなら、山道で車とすれ違う可能性がある。


交通量の少ない道だ。

たとえその場で捕まえられなくても、ナンバーを見られていれば、状況は大きく変わるだろう。


本田は意を決して、切り札を出すことにした。


「実は昨夜、あなたが帰った後に事件現場で少女を保護しました。少し混乱しているのか、様子が普通の子と違うというか……。会ってみますか?」


彩香は黙って本田の顔を見た。


本田の表情には会ってくれ、と言わんばかりの分かりやすい感情が投影されていた。
















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