殺人鬼に告ぐ 1-6



「なんでああいうこと言うんだよ!分かってんだろ?殺人事件なんだぞ?お前の予言とか推理なんかで解決できる事件じゃないんだよ」


運転席の五十嵐が、助手席で大人しく座っている彩香に声を荒げて言った。


よりによって緒方の前であんな発言をするなんて思いもしなかった。


緒方という男は、専門家だかなんだか知らないが、神秘的な話が大好物で、事を大きくしてしまう性質を持っている。


上司である本田だってそうだ。

非現実的な話は信じない。

とんでもなく頭の固い男だから。


外は真っ暗で山道には街灯もなく、人の姿も見えない。


昼間と違って不気味な空気さえ漂っている。


そんな場所に、かつて予言者と呼ばれた気味の悪い同級生と一緒にいるのだ。しかも二人きりで。


五十嵐はなんとかこの空気を変えたかった。


「私は予言も推理もしたことはないわ。思った事を言っただけ」


平然とした口調でそう言われると、五十嵐は更にイラついた。


「学生の頃のは何だったんだよ!スキー遠足に行ったら斉藤は転んでケガをするとか、修学旅行で喫煙で補導されるやつが出るとか、ことごとく当たったじゃねーか!」


そんな昔なことをよく覚えているなぁ…と、思いながら、彩香も記憶を辿る。


「当たったんじゃないもん。根拠のある確信だったから。斉藤くんは故意に誰かに背中を押されて転んで怪我をした。喫煙で補導された生徒は以前から隠れてタバコを吸っていたし……。当時、私たちが修学旅行に行った地域は旅行生の素行が悪い事が問題視されて警察の見回りが強化されていたもの。補導者が出てもおかしくなかった」


当時のニュースで世界遺産認定された建物にいたずら書きをしたり、神聖なやしろの壁に傷をつけたりするとして、修学旅行生の劣悪マナーがワイドショーで話題になった。


現在では海外からの旅行客のマナーを取り上げたりしているが、かつては自国の問題だった事を多くの人間は忘れている。


「斉藤が故意に怪我させられた?そんなこと、あいつ一言も言ってなかったじゃねーか!それになぁ、あんな事言ったらお前が予言者扱いされるのなんて目に見えてただろ?」


そう声を荒げられると、彩香の声は反して小さくなってしまう。


「そこまでは考えてなかったけど…。言っておけば注意して見守ってくれるかなって思ったの。でも…意外と人間って悪い事はどんな手を使っても実行したいんだな…って、あの出来事で分かったな」


そんなことを、遠く窓の向こうを見つめながらつぶやく彩香の横顔を見て、五十嵐の全身に鳥肌が立った。


以前から彩香は、『理解できない不思議ちゃん』だったから近寄らないようにしていたが、なぜか気になって仕方ない存在だった。


だが、今の話を聞いてしまうと、更に近寄ってはいけないと思う反面、何を考えてるのか知りたくなる。


「斉藤くんが何人かにいじめられてるのは気付いてたの。だからあの時、悪巧みしてたいじめっ子たちに忠告しようと思ったんだ……。“私は見てる”…って。だけど、彼らは私が言った言葉をそのまま実行して私を予言者に仕立て上げた。いじめのターゲットが私に移って、斉藤くんは開放されたわ」


初めて聞いた話に、五十嵐は目を丸めた。


「え?じゃあ……お前、いじめられてたの?」


彩香は薄っすらと笑みを浮かべた。


彩香がいじめられていたなんて知らなかった。その美しさゆえに、隠れファンが多かったのは知っている。


『変わり者』、『変人』などと呼ばれていても、人は見た目に惹かれるものだ。声を掛けることはしなくても、柱の陰からそっと覗いているストーカーと大差ない。


彩香の隠れファンもまた、『変人』だったのだ。


車内の青白い光がその顔を照らし出すと、きれいな顔立ちをしているだけに、不気味なのか神秘的なのか捉え方に困る表情だった。


「私をいじめてもなんのメリットもなかったみたい。むしろ、ほんとの予言をされて怯えてたわ」


「ほんとの予言?」


「彼らがどんな犯罪に手を染めるのか、そしてその確率は何パーセントか」


こわっ!どっちがいじめられてたかわかんないくらい怖いエピソードじゃねーか」


「でも、彼らが育った環境や気性、遺伝的な計算と私の直感を含めたら当たる確率の方が高いと思うんだ」


聞かなきゃよかった…と、思いながら、五十嵐は急に怖くなって黙ってしまった。


話せば話すほど彩香の事が分からなくなっていく気がした。


──一体、この人は何を考えているのだろう。


そんなことを思いながら、彩香に悟られないよう小さなため息をついて、ほんの少しだけ加速した。


「そういえば…無線は壊れてなかったの?」


突然、彩香が事件の事を訊いてきたので、五十嵐は変な空気の吸い方をしてしまった。思いっきり咳き込んでしまい、減速する。


「悪い……」


「こちらこそ突然話しかけてごめんなさい」


「無線だっけ?」


「うん。さっきの話だと、無線に応答しなくなったと……」


「無線は壊れてなかった。他にも、機材などが壊れてる様子はなかったと聞いてる。俺も現場をまだ見てないからなんとも言えないけど」


──死んだのは工事の業者の人々と住民……。


ぼそぼそとつぶやく彩香の様子を、五十嵐は横目で伺う。


何か考えているようだ。


まばたきの数も少なく、どこか一点を見つめている。


「そういやお前、仕事は?何やってんの?」


何か人には見えないものと対話しているような彩香の様子に恐怖を覚えて、五十嵐は話題を振った。


「今日辞めてきた。だから無職かな」


「え?今日?」


本気で言っているのか分からなかった。

しかし、嘘をつく理由もない。


よりによってなぜコイツなんだろう……。

五十嵐はそう考えながら街灯を探した。












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