殺人鬼に告ぐ 1-4



北海道警察科学捜査研究所所属、犯罪分析官の緒方おがた拓海たくみは、捜査第一課の五十嵐いがらし海都かいと警部補と本田ほんだ雅光まさみつ警部と共に札幌の警察庁から通報のあった事件現場へ向かっていた。


「遠いッスねぇ」


さすがに車に3時間も乗りっぱなしだと飽きてくる。


緒方は通報時の状況をメモした手帳を見ながら、大きなため息をついた。


「緒方さんはどう思います?発見されただけでも30体ですよ」


運転席で赤信号を見つめながら五十嵐が問い掛ける。緒方は手帳から視線を上げて、バックミラーに映る五十嵐の目を見た。


「30人って一昔ひとむかし前でいうと1クラス分でしょ?街中で起きた事件ならテロとか言いたいところだけど、情報によると山の奥の奥なんでしょ?猟奇殺人としか考えられないよね」


「やっぱそうですか?でも、犯人が1人とは考えられないですよね。30人の人を殺すって結構体力使いますし」


「そこなんだよなぁ。あんな山奥で『集団で人殺そうぜ』っていう事態に早々ならないでしょ?だとしたら怨恨なのかなぁって思っちゃうし」


「工事を請け負った会社が恨みをかっていて、地元の住民が巻き込まれたとか?」


「なくはないと思うんだよねぇ」


軽い口調で話す緒方を、ミラー越しに本田が睨みつける。しかし、ミラーの角度が及ばず緒方の視界には本田の姿は映らなかった。


「五十嵐。現場は封鎖したんだろうな?」


本田が低い声で訊ねると、一瞬、五十嵐の身体が波打った。


「あ、はい。先ほど方面本部から閉鎖完了との報告がありました」


信号が青に変わり、五十嵐がアクセルを踏むのと同じ頃、本田の携帯が鳴った。


本田は相変わらず折りたたみの携帯を愛用している。ガラ携と呼ばれる携帯だ。通話をするならこっちの方が使いやすい。本田は馬鹿にされる度たび、そう答えていた。


通話ボタンを押すと、受話器から騒がしい声や物音が聞こえてきた。


「はい、本田」


受話器の向こうの人は名を名乗った後、とんでもない事を言ってきた。


「先ほど通行止めにしていた橋の近くでバスを止めたらしいのですが、そのバスに事件の被害者かもしれないご家族が乗っていたと連絡を受けました」


「で?」


「あ…それで一応、身元確認も必要ですから、捜査本部にお連れするよう現場には指示を出したのですが、人手が足りなくてパトカーが出せない状態で。もしこちらに向かっている途中でしたら、そのご家族を一緒に乗せてきていただけますか?」


一瞬、本田の表情が曇った。


後部座席に座っている緒方が面白がり、身を乗り出して本田の表情を覗き込もうとするが、五十嵐が器用に運転しながらそれを止める。


「分かった。どこの橋だ?」


少しだけ声が震えていた。

緒方が無理に声を押し殺して笑っている。


本田は感情が隠せないタイプだ。

上司の俺を足に使うなんていい度胸じゃねーか…と、本当なら言ってやりたいところだが、非常事態であることは本田も分かっている。


電話を切ると、本田は五十嵐に橋の名前を告げた。


実際、現場もまだ見ていないのに、被害者家族の話をされてもピンと来ていないのは自分だけだろうか。本田はまだ30人以上の死体が発見された事を疑っていた。


橋に差し掛かり、パトカーの姿を確認した。


「あそこですかね」


五十嵐が道路の脇に車を寄せて停めた。

本田が颯爽と車を降り、制服警官の元へ向かう。


「なんか本田さん、いつもより眉間のしわ深くない?」


緒方が前を行く五十嵐にちょっかいをかけた。


「あんまり言うと怒られますよ。本田さん、いじられるの嫌いなんですから」


五十嵐は緒方を振り返ることなく、本田の背中を追いかけた。


制服警官は本田の姿を確認してパトカーに駆け寄った。

後部座席に乗っていた彩香が、大きな荷物を抱えてパトカーから降りてくる。


「すみません、ご足労頂いて。本当はわたくしどもがお連れできれば良かったんですけど、警官もこの通り人手不足で」


制服警官は本田を見て何度も頭を下げた。

辺りを見ると、警官の数は目の前の制服警官も含めて2人しかいない。


「地元の警察の方ですか?」


五十嵐が訊ねると、警官は少しだけ肩の力を抜いた。


「はい。他の者は遺体の回収や聞き込みに借り出されました」


「そうですか。ご苦労様です」


五十嵐と本田が警官とやり取りしている間に、緒方は大きな荷物を抱えたきれいなお姉さんに興味を持ってしまったようだった。


「お名前は?ちなみに僕は緒方拓海です」


緒方の話す姿を見て、彩香は苦笑いを浮かべて軽く頭を下げた。


「折原彩香です」


「あ、今。今、なんで苦笑いしたの?」


好奇心旺盛、負けず嫌い、計算を得意とし、文系が苦手。更に言うと、付き合う女性は固定せずに流れのまま過ごすタイプ。


緒方の表情や身体の動きを見ていた彩香は、なんとなく緒方の性格を読み取ってしまう。


彩香は再び苦笑いを浮かべ、荷物を持ち直した。


「あ、すみません。荷物持ちますね」


五十嵐が荷物に手を出した瞬間、緒方が荷物を横取りする。


「俺が持つから大丈夫。五十嵐くんは運転頼むよ」


何か企んでいるような笑顔が五十嵐には不愉快だったが、その様子を見ていた彩香が五十嵐の名前に反応した。


「五十嵐くん……?」


本田と緒方、五十嵐が彩香に視線を向ける。


「知り合いなのか?」


本田に訊かれるが、五十嵐には見当がつかなかった。

記憶を掘り起こそうとしてみるが、出てくるのは最近の事件の関係者や遺体ばかりだ。


「中学と高校で同級生だった折原おりはら……あ、当時は神藤しんどう彩香あやかだったね…」


彩香はふと、名字を言い直した。

それでようやく気付いたのか、五十嵐が目を大きくする。


「え…神藤って……かみ予言者よげんしゃの?」


明らかに動揺している。


しかし、一番目を大きくして興味を示していたのは緒方だった。五十嵐が放った『かみ』とか『予言者』という言葉は、分析官には実に興味深い内容だ。


「ちょっと、ちょっと!予言者なの?神なの?」


緒方が五十嵐に追求し始めると、まずい事を口走ったと思った五十嵐は、緒方の手から彩香の荷物を奪い取り、車に戻ってしまった。


「え?予言者?」


今度の緒方のターゲットは彩香だ。

彩香は薄い笑みを浮かべた。


「学生の頃のあだ名です」


緒方はその表情から何かを読み取ろうとしたが、結局何も読み取る事はできなかった。


ただ、彩香は五十嵐の言葉に傷ついた様子を見せなかった。それだけは分かった。


4人は車に乗って再び20分ほど走った。


集落に行くまで、いくつかポイント地点が存在する。


一本道の途中、小さな小学校があることだ。

この小学校の正面に細くて小さな道が続いている。

この道を行けば集落に出るが、この道に気付かずに真っ直ぐ走って行くと隣町に出てしまう。


彩香にとっては見慣れた風景だが、他の3人には違う。


「木しかねぇ!」


緒方が辺りを見回して言った。


緒方の言う通り、山に囲まれたこの周辺は木々が生い茂っている。秋になると紅葉が楽しめる場所でもあるが、鹿や熊も出る場所で、あまりにも山奥にあることから、トラックの運転手でさえこの道を利用するものは少ない。


辺りはすでに薄暗くなっていたが、小学校に近づき始めた頃、前方からフラッシュのような無数の赤い光が目を刺激した。


道路脇に止められた数え切れないほどのパトカーや車。

現在では閉校した小学校も、今回の事件のために明かりが灯っている。


「小さな小学校で申し訳ありませんが、ここが現在本部として使用されていますので、後ほど中をご案内します」


「いえ。案内は必要ありません。入った事ありますから」


本田の申し出を彩香は即答で断った。


「ここに通ってたんですか?」


「いえ。集落の子どもたちはみんなここの小学校で学ぶんです。祖母の家に遊びに来ると、みんなが校内を案内してくれました。運動会にも来たことがあります」


懐かしそうに校舎を見つめながら彩香は記憶をたどる。

今は赤色灯に照らされて、あの頃の面影も見出せないが……。


「こんな田舎だから、小学校ができたのも遅かったんです。私と同年代の子どもが多くて、それ以降は子どもが生まれることはありませんでした。高校を卒業すると、山の子どもたちは町へ出て行きます。だから子どもがいなくなった山に小学校が必要なくなったんです」


「だから閉校したのか……」


本田が興味深そうに彩香の言葉に耳を傾けるが、五十嵐はどこか嫌悪感の漂う表情を浮かべている。


緒方はその様子を黙って見つめ、彩香と五十嵐の表情を交互に見ていた。


校庭に車を止めると、4人は車を降りて小学校の中へと入っていく。


早急に準備したのか、窓に立て掛けられた板はそのままで、いたるところで廃屋はいおくのような埃っぽい空気が漂っていた。


玄関を入っていくと、中は児童館のような作りになっており、玄関はひらけた見通しになっている。


そこで緒方がスリッパを並べてくれた。


彩香は小さく頭を下げてスリッパに足を入れた。


どこもかしこも埃だらけで、木目もくめの廊下も人が通った後がくっきり分かるくらい通路のはしは埃が溜まって白くなっていた。


女性警官がモップ掛けをしているが、モップ一本じゃどうにもならないらしい。それだけの年月、この小学校は放置されていたのだろう。


体育館に行くと、たくさんの機材が壁に沿って配置されていた。


一般的な体育館ほどの広さもない、児童館の体育館ほどの小さな場所だ。一応ステージも存在するが、ステージにはホワイトボードやモニターなどがセットされている。


彩香はステージ脇の体育館倉庫入り口前に案内された。

そこには機材はなく、パイプ椅子と4つほどの勉強机を向かい合わせて並べた空間があった。


本田に椅子を勧められ、彩香は椅子の表面に埃がないか、手で払ってから席に着いた。


「すみませんね。緊急で設置したので掃除まで行き届きませんで」


横から年配の男性がペットボトルのお茶を持ってきた。

彩香は机に置かれたお茶に視線を向けながら、小さく礼をした。


それを見届けて本田が捜査資料をめくる。


「あなたにとって祖母にあたる方がこの集落に住んでいるんですね?」


改めてそう聞かれると、彩香は困惑した表情浮かべた。


つい祖母だと言ってしまったが、そんなに単純な話しではなかった。


「私は祖母だと思ってるんですが…戸籍上は…。いろいろ複雑で」


それを聞いた本田も眉をひそめる。


「どういう意味です?」


「私、養女だったんです」


それまで不愉快な顔をしていた五十嵐が、その表情を崩した。初めて聞く話だった。


「産まれたときに母が死んで、父は私が産まれる前に行方不明になりました。両親は結婚を反対されて両家から縁を切られたために、引き取り手のなくなった私は施設に引き取られ、その後、養子に出されました。その養父が北海道大学精神科教授の神藤しんどうつかさです」


「神藤司……?」


緒方が驚いて目を丸くした。

口を大きく開けて、まるで鯉のようにパクパクと開けたり閉じたりを繰り返している。


本田も知っているのか、困惑の表情を浮かべて指先で顎を撫でた。


「神藤ウメは、神藤司の母親です」


彩香が祖母との関係を簡潔に伝えると、『なるほど』と言わんばかりに緒方は机の上のお茶に口をつけた。


「あ、ちょっと待って。じゃあ、なんで名字……」


急に頭が冴えたのか、緒方が彩香の顔を覗き込む。


「4年前に養子縁組を解除したんです。養母である神藤しんどう昌子まさこが亡くなったので」


「なんで解除する必要が?」


「私の問題です。仲たがいしたわけじゃありません。父と相談して決めました。でも、今でも父とは連絡を取ってますし、祖母の家に泊まりに行く事もあります」


「じゃあ、神藤教授と連絡を取れるということですか?」


本田が前のめりになって彩香の顔を覗き込んだ。


「連絡は取れますが、問題が」


「問題?」


「父は今、アメリカにいます。論文の発表があるとかで、日本にはいないんです」


本田は両手を頭に当てて髪を掻き乱した。

期待を打ち砕かれた気分だった。


「普段はスカイプを使ってテレビ電話してますが、電話してみますか?」


彩香がそう聞けば、本田はすぐに顔を上げた。


「できますか?」


朗報を聞けば本田の目に輝きが戻る。


「時間が時間なので起きてるか微妙ですけど。パソコンを貸していただけますか?」

















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