殺人鬼に告ぐ 1-2





──北海道札幌市。




札幌JRタワーから徒歩5分の場所にあるビルの5階には、地井メンタルクリニックという年中無休のカウンセリングルームがあった。


近年増えてきた心の病は簡単には治らない。

検査して原因が分かるものでもなく、原因が分かったからと言って治療ができるものでもない。


誰にも相談できない悩みだってあるだろう。


そのメンタルクリニックでは、そんな人の力になりたいという院長の強い思いから、年中無休という経営方針が生み出された。


しかし、人間同士が関わって生きていく世の中では、どんなに互いを理解している人間同士であっても衝突が付き物である。


「先生…もう限界なんです。確かに彼女は優秀なカウンセラーですが、私には彼女のやり方を認めることができません。彼女のことでは他のカウンセラーも頭を抱えています。これ以上、私に抑おさえる力はありません」


一見、気の強そうに見えるカウンセラーの牧瀬まきせ香奈子かなこは、院長である地井ちいまさるに相談を持ち掛けていた。


地井は無表情のまま黙って腕を組み、その話を聞いている。


「先生!私の話聞いてますか?」


牧瀬が声を荒げると、いささか驚いたように地井は目をいた。


「ああ、聞いているよ、牧瀬君。君の言いたい事も分かるよ。彼女のやり方はカウンセラーというより、どちらかというと占いや予言のたぐいだからね。しかし、彼女のカウンセリングによって良くなっている人がいるのも事実だ。どんな方法にせよ、彼女を指名する患者も増えている。彼女をうとましく思うのではなく、自らの向上心に役立ててみないか?」


そんな地井の言葉に牧瀬は顔をしかめ、歯を食いしばった。


「院長!お言葉ですが、カウンセラーは導くものではなく、自ら道を探し出せるよう手助けをするためにいるんです。彼女のようなやり方では、患者さんの根本的な問題解決になりません!」


牧瀬の言い分に返す言葉が見つからなかったのか、地井は黙ってリクライニングの椅子に背をもたれた。


そんなやり取りがされているとも知らず、別室では白衣を着た女性がデスクの前に立っていた。


一見、冷たそうに見えるが、その顔立ちは均整がとれていて、身長はさほど高くもないが細身で脚も長い。それでいて、大きな瞳が幼さを感じさせる。背中まである髪はひとつに束ねられ、伸びた姿勢が知性をも感じさせるから、見た目では年齢不詳と言えた。


デスクだけが置かれた、一面まっ白な部屋。大きな窓からはビルや車、アリのように小さい人間の姿が見える。


デスクのすぐ横には、資料室とこの部屋を繋ぐ小窓がある。


ここからカルテが送られてきて、入室してきた患者と対談する。


カウンセラーとの対談が終わると、別室で医師との対談が行われる。カウンセラーと話した内容がカルテに記載され、医師はそれをもとに現在の状況や治療法を患者と相談していく。


徹底した個人情報の管理。

相談内容が漏れないように、部屋は防音となっている。


現代では心に闇を抱える人間が多い。

その闇を人に悟られないように生きるのは苦しいものだ。


闇は隠せばその色を濃くする。更に深い闇へと変わり、人はどんどん病んでいく。


そんな人々のためにメンタルクリニックは存在するのだが、患者と向き合えば向き合うほど分からなくなっていく。『本当にこんなことで治るのだろうか?』……と。


着ていた白衣をきれいに畳んで机の上に置くと、その上に、

『カウンセラー 折原おりはら彩香あやか

と、書かれたネームを置いた。


その横に辞職願と書かれた白い封書を置く。

小さな息を吐くと、窓に歩み寄って外の景色を見下ろした。


やはり働き蟻たちが忙しそうに街中を歩き回っている。歩道でティッシュを配る女性。まだ寒いのか、ダウンジャケットを着ている。


よく考えると、きれいな建物が立ち並んだ駅前だけは別空間のように思える。見た目だけきれいにしても、田舎は田舎。虚勢を張っているだけに過ぎない。


「ここでもないみたい」


彼女はそうつぶやくと、そっと目を伏せた。


探しているのは都会でも田舎でもない。自分の居場所。もう33年探し求めているけれど、目的地にはたどり着けずにいる。


ここが自分の居場所ではないと察した彼女は、躊躇とまどうことなくバッグを持って部屋を出た。







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