第8話 エリート会社員と未来
未来の母親、春がした事は本来、警察沙汰になってもおかしくないことだが、近年ではこのような事件が多発しているためなのか、あまり大事にならない風潮がある。そのためか、警察や裁判といったものはあまり関与せず、保護された施設や病院が対応していることの方が多い。実際、医療の進歩で医者の仕事が減ってきているため、仕事を増やすという事実もあるが。
未来の部屋に続いて、幸太は医師の部屋へと向かった。
「話はできましたか?」
「はい」と、幸太は春から聞いた話を大まかに説明した。
「なるほど...。再婚した相手方の家族が反対したと。ですが、その母親自身の親族に預ける事は出来なかったんでしょうか?」
「それが、彼女は学生時代に父親から暴力を受けて育ったらしく、高校を卒業すると共に逃げるようにしてこの県に来たらしいです。そんな家庭だった為か、親戚の連絡先すら知らないと」
「なるほど」
ふと、医師が幸太の顔を見た。あまり人に見られることに慣れていないせいで、目が合うと自分から逸らしてしまうクセがあることを、光に言われて気付いた。この時も反射的に逸らしてしまう。
「佐久間さん。覚悟はありますね?」
「......」
急な医師の問いかけに、一瞬反応が遅れる。頭に色々な感情が湧き起こり、数秒停止する。病院特有の匂いが、鼻にふわっと香った。そして、数秒たった後、静かに息を吸い、医師の顔をしっかりと見た。
「はい」
「とは言っても、未来ちゃん自身の気持ちをまだ聞いていないんですけどね」
そう言えばまだ話をしていなかったと、言われてから気づいた。先ほどの気合が一転、少し恥ずかしくなった。
そして今、幸太は未来と向き合っている。未来はベッドに座ったまま、足を宙ぶらりんの状態にしながら幸太の目をしっかりと見ていた。幸太もまた、椅子に座って未来の目をしっかりと見ていた。
「俺さ、君のお母さんに会って来たんだ。赤の他人が何やってるんだって思っちゃうかも知れないけどさ、君を放っては置けないんだよ。だから、君のお母さんと相談してきたんだ」
「何を?」
「未来ちゃんが、これからどうするかをだよ」
「どうするって、どういう事?」
ここで、幸太は一瞬詰まった。未来は母親が自分の事をいならいものなのだと思っていると言っていた。
だが、母親が自分の口でもう未来と会わないと言っていた事を言うべきか、そうでないか、迷ったのだ。
そして、一つ、嘘をついた。
「お母さんはね、未来ちゃんにまた会いたいって言ってた。でも、今は忙しいからちよっと難しいって。だから...」
そう言いかけたところで、未来はベッドから立ち上がった。
「お兄さん、初めて嘘ついたね」
幸太は一瞬にして、自分の心臓を握られているような気分になった。
「どう...して...」
「私ね、よく分からないんだけど、他の人が嘘をつくと分かるの。人ってね、どんなに嘘が上手でも隠せてない所が何処かにあるんだよ。今のお兄さんはバレバレだよ」
またしても幸太は心臓がキュウッとなるのを感じた。そして、不意に涙が溢れた。
「ごめんね。未来ちゃんには勝てないや。でもさ、こんなダメなお兄さんでも、君のお父さんになれないかな。全くの他人だけど、君を見守らせてくれないかな」
最後の方は自分の意識では言っていなかったと思う。心の声がそのまま出てしまったといった所か。
「うんとね、私まだ小さくてね、難しいこととかあんまり分からないんだけど、お兄さんは他人じゃないよ。だって、お兄さんに会えた日は、それだけで嬉しくなっちゃうんだもん」
「嬉しいの?」
「うん」
「あ、」と未来がなにかを思い付いたかのように話しだした。
「お兄さんが私のお父さんにこれからなるっていう事?」
「そうだよ。未来ちゃんが良いなら。お兄さんはもうやる気まんまんだからさ」
「お父さん...。うん!嬉しい!私ね、あんまりお父さんの事覚えてないの。だからね、なんかすっごい嬉しい!」
「そっか」
涙は、いつの間にか乾いていた。まだ笑えないけど、この子の笑顔を見ていると、少し救われる。
幸太と未来は、この日、家族になった。
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