第729話 リーダに!!

 私が杖を振ると、ハロルドの速度がさらに増した。

 魔物なんてもろともせず、はじき飛ばし進む。


「そういえば」


 ふと昔にハロルドから習った事を思い出して、手に持った槍の姿を変える事にした。

 突撃用の槍……ランスだ。

 手に持った刃が形を変えた。

 武器の形を変えて正解だった。

 ランスを構えるだけでハロルドのスピードも加わって凄い威力になった。

 そして、魔法を使う余裕もできた。

 何度も何度も魔法の矢を使って振りまく。

 ハロルドはさらに速度を増した。


「ギリアだ!」


 見慣れた壁が見えた。ギリアの町だ。

 あと少しだ。

 でも、巨大な魔物が立ち塞がる。


「邪魔」


 私は呟いてグッとランスを構えて魔法を詠唱する。

 ハロルドは魔物に怯むことなく突撃していく。

 カーバンクルは、口から電撃の魔法を放って攻撃する。

 私は魔法の矢をありったけ打ち込んで、ランスを持つ手に力を込めた。

 思ったより巨大な魔物だった。

 腕が4本あって、頭は3つ。胴体は馬で、その胴体は何かの攻撃を受けてひしゃげていた。

 ハロルドはさらに速度を増して、魔物の足にガブリと食らいついた。

 咥えたまま速度を落とさずブゥンと魔物の体勢を崩した。

 それからパッと、魔物の足から口を離した。

 グラリと体勢を崩した魔物に私の構えたランスがぶち当たる。ハロルドのスピードもあいまって魔物は簡単に倒すことができた。


「あれはワシの孫だ!」


 声が聞こえた。おじいちゃんだ!

 パッと声がした方をみたけれど、見つけきれなかった。


「敵ではない。味方だ!」

「聖女様だ!」

「道を空けろ!」

「ノアサリーナ様に続け!」


 遠くで沢山の声が聞こえた。

 グゥンと大きくカーブして、ハロルドと私は坂道を駆け上る。

 何度も行き来した山道。いろんな人がやってきて、ずっと賑やかだった道を進む。


「アォォン」


 ハロルドが大声をあげて、ザザザッと足を引きずり止まった。

 たどり着いたのだ。

 目の前に、祭壇が見えた。


「ノアサリーナ様」


 フラケーテアさんが私を呼んだ。

 皆が戦っていた。魔物が一杯いたのだ。サイルマーヤ様は怪我をしていた。皆、ボロボロだった。


「ここはワシらに任せろ!」


 両手に大きな斧を持った大きなお爺さんが叫んだ。見たことがない強そうなお爺さんだ。

 私は頷いて、祭壇に駆け込んでいく。

 深呼吸して、息を整えて、床に手をつく。

 目をつぶって「集中、集中」と呟いてから、魔法を詠唱する。


「エト。ダッタカス! アンテイモス、イーア。メラーラ、オルタ……メイオス、モーネ、オルタイオス。ベーテネイウ……ペテ、セイア、ノノ。エルノ、セイオス、ノノ、セムノス!」


 私が詠唱を終えると、魔法陣が輝き始めた。

 輝きは凄い勢いで強くなっていく。


「ゲラリ……ゲラリ……」


 小さく、低い声音の笑い声が聞こえた。

 昔聞いた笑い声、ゾワリと背筋が震えた。


『ズル……』


 小さな引きずるような音がして、床から腕が生えた。その手の平に口が付いた灰色の腕。


『クチャリ』


 音を立てて口が開いて「願いを……」と言った。

 私は予定通り短冊に手をやる。


「……無い」


 首からさげていたはずの短冊は、無かった。

 どこかで落としてしまったんだ。

 バックアップだ。

 そう考えて鞄に手をやる。


「鞄も、空っぽ……だ」


 胸がドキドキする。

 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう。

 私は短冊を全部無くしてしまった。魔法はすでに起動している。屋敷に戻る事が出来ない。


「ハロルド!」


 ハロルドを呼ぶが返事が無い。

 どうしよう。


「ゲラリ……ゲラリ……」


 笑い声がまた聞こえた。

 そして、気がつくと祭壇から生える腕の数が増えていた。


「願いを……願いを……」


 願いを聞く声がどんどん大きくなる。

 目の前に一際大きな腕が生えていた。夜のように真っ黒い腕。クチャリクチャリと手の平にある真っ赤な口が「願いを」と聞いてくる。

 どうしよう。どうしよう。

 沢山の人が集まって、一生懸命になって、皆の力で魔法陣を作り上げた。

 私が遠くに飛ばされたのに、皆が沢山手伝ってくれて、戻って来ることができた。

 なのに、なのに……最後に私は失敗してしまった。


「ゲラリ……ゲラリ……ゲラリ……」


 祭壇から生える腕が私を取り囲み、そして笑った。

 赤、青、黄色、白に黒。緑に紫……いろんな色をした腕が私を取り囲んで笑っている。


「ゲラリ……ゲラリ……」


 楽しそうに、楽しそうに、手の平にくっついた口が笑う。


「願いを……願いを……」


 そして、手の平にくっついた口が同じ言葉を語る。

 喉がカラカラする。

 胸がドキドキする。

 目の前がぼやけてきた。私の目は涙でいっぱいだ。


「願いを」


 声はさらに大きくなって、目の前の腕はとっても大きくなって、私を見下ろしていた。

 あざ笑うように見下ろしていた。

 失敗した私を楽しむように見下ろしていた。

 ママの時と同じだ。私はまた失敗してしまう。

 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。


 ――……後はお願いします。


 ふと、プレインお兄ちゃんの言葉を思い出した。


 ――我慢しないでね。


 ミズキお姉ちゃんの言葉を思い出した。


 ――もうダメだって思ったら……。


 ミズキお姉ちゃんの、小さな声を思い出す。


 ――我慢しないでね……もうダメだって思ったら、もう全部リーダに投げちゃえ。


 ミズキお姉ちゃんが消える前に言っていた言葉を思い出す。


 ――ノアノアがお願いしたら、リーダはきっと助けてくれるよ。


 そうだ。

 あの時とは違う。違うんだ。

 私には……。


「ゲラリ……ゲラリ……」


 笑う大きな腕を、私はグッと見つめた。


「願いを……願いを……」


 とっても大きな声で繰り返し尋ねる言葉に、私は思い切り応える。


「リーダのお願いを全部叶えて!」


 私は叫んでいた。

 思いっきり叫んだ私の言葉を受けて、大きな腕はブルリと震えてパチンと弾けた。

 やった。

 倒してやった。

 このお願いは最強なのだ。


「願いを……」


 再び問われるが、もう大丈夫。


「リーダのお願いを全部叶えて!」


 何度だって、何度だって言ってやる。


「願いを……」

「リーダのお願いを全部叶えて!」

「願いを……」

「リーダのお願いを全部叶えて!」


 私は何度も最強のお願いを口にする。

 無敵のお願いを口にする。

 言葉を口にする度に、なんだか勇気がわいてくる。


「願いを……」

「リーダのお願いを全部叶えて!」


 辺りは益々白く輝き、キラキラと綺麗になっていく。


「願いを……」

「リーダのお願いを全部叶えて!」


 これでもう大丈夫。

 繰り返し繰り返し、私はひたすらに、最強のお願いを叫んだ。

 なんだか眠くなってくる。

 私はペタリと床に座り込んで、ダラリと横になった。


「願いを……」

「リーダのお願いを、全部叶えて」


 意識がどんどん薄れていく。

 でも、大丈夫。

 私は安心していた。

 これで全部上手くいく。私は勝利を確信していた。

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