第713話 ゆうしゃのぐん
作業を開始してもうすぐ2ヶ月。
オレの命約数が1つ減った。100を超えていた命約は、残り1つだ。
もっとも……問題は無い。転記量は益々ふえて、あと少しで三千万枚を超えそうな状況だ。
この流れを維持できれば間に合うだろう。
人の数は増えて、すでにギリアの町から溢れるほどになった。
仮住まいの家は町をこえ、山の麓まで延びている。
オレ達ですら5万人から先は把握できないほど、人手の増加は加速度的に増している。
物資の提供も凄い。世界中からあつまった物資は、集まった人を養うだけ十分な量があり、物資を手配する必要がないほどだ。
こうなってくると、オレの影収納だけでは回らない。
魔力的にはなんとかなりそうだが、あらゆる場所で物資のやりくりをするため、体がもたないのだ。
というわけで、物資を貯蔵するための倉庫を作った。木造で無骨な倉庫だけれど、頑丈で中の温度を一定に保つ造りになっている。山の麓にならぶ倉庫はすでに2つ目。いまは3つ目が建築途中だ。
ここまで人と物資が加速度的に増えたのは、予想外の味方ができたことが理由だ。
「リーダ。勇者の軍の飛行船よぉ」
いつものように庭で進捗報告を受けていると、白い鎧姿のロンロがやってきて連絡をくれた。
予想外の味方、それは勇者の軍だ。
きっかけはギリア領主ラングゲレイグからの相談。
呼び出しがあってノアと一緒に行ってみると、彼の執務室でポンと手紙を投げ渡された。
「其方達が原因で、クィットパースがかなり困っている」
ラングゲレイグが半笑いで言った。
手紙の内容は、ロウス法国や北方からやってくる物資や人で港が埋まっているという内容だった。
しかも、埋まるほどの船が訪れる理由は、オレ達らしい。
それほどとは思っていなかった。
「そこで皆様には、勇者の軍と手を組んでいただきたいのです」
手紙を読んでいると、仮面の男フェッカトールがそう言葉を添えた。
確かに、手紙にはフェッカトールの言うとおり、勇者の軍との協力が提案してあった。
具体的には、勇者エルシドラスと、勇者の軍の有力者あてに手紙を送るだけらしい。
手紙の下書きはすでに作成済みで署名するだけという段階まで用意されてあった。
「あとは、ノアサリーナが4つの書類に署名するだけだ」
「4つ?」
「そうだ。勇者の軍は、世を覆う鳥のように4つの大部隊に分かれている。書類はその4つの大部隊の大将にあててのものだ。つまり勇者エルシドラス様と、3人の大将あてだな」
続く説明で、勇者の軍は世界全体に広がっている世界最大の大軍であることを教えてもらう。
それは世界の各地で出現する7体の魔王に対応するためらしい。
魔王が復活した場所で倒すのが目的だという。
前に聖地ケルワテで見たのは、その中央軍の一部にすぎなかったということだ。
「書面の内容は、勇者の軍に物資と人の輸送をノアサリーナ様が頼むこと、見返りに勇者の軍は対外的に勇者とノアサリーナ様は協力関係にあることを宣伝できることと、それから運搬賃として物資の一部を接収できるというものです。接収する量は最大5分の1を超えることは無いですし、提供者が断れば、接収しない事も付記されています」
フェッカトールがたたみかけるように説明をする。
オレ達の計画で、クィットパースが困っているというなら、なんとかしたい。
ノアは手紙を読むオレをジッと見ていた。
「それで……だ。すぐに署名をしてもらいたい」
そんな状況で、ラングゲレイグがオレ達に言った。
「今ですか?」
「そうだ」
「まずクィットパースは回答を急いで求めています。これはあちらの状況を考えれば仕方が無いことと考えます。それに、即答することで、ギリア……それにノアサリーナ様は、クイットパース以外の港にも恩を売ることができます。なお、署名する案件については、ラングゲレイグ様と私が目を通し、内容も精査したうえで、問題ないと判断しました。私達を信用していただけるのであれば、すぐに署名をお願いしたいというのが、こちらの意志です」
フェッカトールが、オレに向かって言う。
ラングゲレイグもオレを見ていた。
「では、ノアサリーナ様……署名をお願いします」
本当なら、同僚達と相談したうえで決めたかったが、2人の様子からこの場で署名した方がいいと判断した。特に、オレ達のいきなりの申し出に即答で快諾してくれた2人だ。あの時の対応にオレ個人としても答えたかった。
「では、謁見の間にて署名の儀式を行う」
ノアにペンを渡そうとしたとき、ラングゲレイグがそう言って、執務室を出て行く。
フェッカトールが補足するように説明してくれた言葉によると、正式な署名は手順があるらしい。
署名後の改ざん防止と、権威付けが目的の儀式のようだ。
ラングゲレイグの後を追い進んでいくと、かって彼と初めて会った謁見の間へと着いた。広々とした謁見の間には人は殆どおらず、ポツンとテーブルが目立つ様に置いてあった。その上にはペンとインクが用意してある。
それからテーブル側に1人の男が笑顔で待っていた。青髪で長髪の細身の青年だ。見るからに頭が良さそうで、真面目そうな人物に見える。服装は質素だが、たたずまいから育ちの良さが見て取れた。
「クイットパース領主の子サシャックスでございます。暖炉から火は去り、静寂と新生の風吹く頃に、ノアサリーナ様にお会いでき、感謝を」
彼はノアの前に進み、そう言って跪いた。
「お立ち上がりください。私も風の音鳴る頃の出会いを嬉しく思います」
対するノアは両手を自らの胸にやり、小さくお辞儀して言葉を返す。
スッと流れるような動きは堂に入ったものだ。
「即座に署名をしていただけるとのこと。我らを信用していただけ、感謝の念に堪えません。この信用を裏切らぬよう、クイットパースの一族は全力をもって事にあたります」
サシャックスは、ノアの言葉を受けて立ち上がると笑顔で答えた。
そして、サシャックスとフェッカトール、それからラングゲレイグの立ち会いの下、ノアは4つの書類の名前を書いて聖女の印を押した。
最後に、ラングゲレイグが4つの文書を確認し、手をかざす。
それは領主権限による契約の裏付けを行う動作だったらしい。フワリと少しだけ浮き上がった書面が白い糸で包まれて、やがて糸は見えなくなり、儀式が終わった。
「勇者様も手を貸してくれるんだね」
帰り道、ノアがオレを見上げて嬉しそうに言う。
「確かにね、どんどん味方が増えてくれるね」
たたみかけるように進んだ話だったが、悪い内容ではない。
こうして勇者の軍が、オレ達の途方も無い計画に協力してくれることになった。
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