第659話 ぺっぱーずごーすと

 先頭の男がフードを取って、微笑む。

 特徴的なのは髪型。黒に近い灰色の髪をリーゼントにしている。こんな髪型をした人をこちらの世界に来て初めて見た。


「やぁやぁ。初めまして、急にすまないね。ヘイネル様が倒れたと知って、ギルドは大丈夫なのかと思い寄らせてもらった。バーランだ」


 バーランと名乗った男は、オレの肩をポンポンと叩き笑みを深めた。

 慣れ慣れしい態度に狼狽えてしまう。

 後に控えるローブ姿の男女も柔やかな笑顔を浮かべていて、ちょっと距離感が掴めない。

 そしてギルド本部からの命令という名目で、彼はしばらく滞在することになった。

 柔やかな笑顔が作り物っぽくて、どうにも怪しい。

 とはいえ、ギルド本部から来た人間であるのは、直前のトーク鳥の話からも間違いないだろう。


「では、まずギリアの魔術士ギルドを案内させていただきます」


 とりあえず、まずは様子見だ。営業スマイルで彼にそう言ってギルドを案内する。

 邪険に扱うわけにもいかないからな。

 油断はしないが、友好的に接する。

 質問には的確に答える、本部のお偉いさん相手に接待モードだ。

 もっともバーランとその配下の皆さんは、特に横暴な事もなかった。

 予想以上に、ギルドの接客姿勢や、魔法の使い方を熱心に確認していた。

 立ち上げたばかりのギルド支部ということで、監査みたいなものかもしれない。


「今日は、いろいろ詳しく説明してもらえて助かったよ」

「いえいえ、私こそ本部の方に満足いく説明ができて嬉しく思います」


 バーランからも好評価。

 彼らは、とても仕事に情熱を持っている人のようだ。

 夜も資料をまとめるから、ギルドを使わせてほしいと依頼があったくらいだ。

 別に反対する理由も無いので、快く了承する。

 残れとか言われたらどうしようかと不安だったが、そんなことも無かった。

 そうして過ごしやすいとはいえ、ギルド本部からの急な来客応対にくたびれた一日がおわる。

 帰りはミズキが迎えに来てくれるので、楽なものだ。


「なんか一杯いたよね」

「あぁ、ギルド本部の人が視察に来たんだよ」


 迎えに来たミズキは、ギルドの入り口近くにやたらと立派な馬車が止まっていたので、警戒していたらしい。

 オレが今日の事を説明すると、彼女は「そっかぁ」と軽く応じて言葉を続ける。


「でもさ、今日で良かったよね。明後日だったらもっと大変だったよね」

「そうだな。明後日は、ペッパーズ・ゴーストの部屋がオープンするからな」

「それに、ノアノアに皆も遊びに行く日だしね」


 ペッパーズ・ゴーストの部屋。それが、複製の魔法をさらに効率的にする新しい仕組みだ。

 特殊な作りをした室内に、明かりを灯すと、何も無い空間に物体が出現する。

 とはいっても、魔法ではない。ガラスの反射を利用した視覚トリックだ。


「ほらほら、いきなり人が浮き上がるやつあるじゃん。お化け屋敷でさ」


 きっかけは、魔術士ギルドの改善案を話し合った時にミズキがした何気ない一言。


「あー。あるっスね。黒っぽい場所に、パッと出るやつ」

「なぁに? 魔法の幻術ぅ?」

「いやー。魔法じゃないんだけどさ、ほら、薄い感じで……」

「ペッパーズ・ゴーストの事だと思います」


 そしてミズキとプレインの言葉に答えを出したのは、カガミだった。

 何のことか、わからないが、ガラスを使った視覚トリックで作り方をカガミが知っていた。

 夏休みの自由研究で作ったことがあるらしい。

 丸1ヶ月ほど試行錯誤したのだとか。

 話を聞いて最初の印象は、すごいよな、1ヶ月を上手くいかない案件に費やすなんて……だった。仕事ならともかく自由研究で上手くいかなかったら、即座に挫折する自信がオレにはある。というより、夏休みの宿題にどうやれば1ヶ月使えるのだか。あれは3日程度の納期でやるものだったはずだ。

 ともかく、その提案が元になって、あれよあれよという間に、魔術士ギルドの一室が改装された。

 話題に出たその日の晩に、カガミが模型を作った。

 それをプレインが、ギリアの町で知り合ったドワーフに見せて、そこから職人が集まって一気に改装が進んだ。

 その特別な部屋が明後日お目見えだ。

 今はプレインが微調整をドワーフ達とやっている。マヨネーズ作りの中で知り合ったらしいが、プレインも結構活動的だ。


「なにか新しい事をやろうとしているとか、私も興味がわきましてね」


 そして、それはバーランの耳に入った。

 そのせいかどうかは分からないが、翌日には帰るのかと思っていたバーランは、しばらく魔術士ギルドに滞在するということだ。

 仕方が無いので接待モードを継続。悪い人ではないけれど、仕事熱心な人の相手は疲れる。仕事熱心な人は好きだけれど、仕事は嫌いなのだ。

 彼は仕事の風景が好きなようだ。よく窓から外で働く人を見下ろしてニヤニヤしている。

 もっとも、特に害は無いし、微笑ましくもある。

 そんなわけで、何事も無く、ペッパーズ・ゴーストの部屋がオープンする日を迎えた。


「今日もお仕事、頑張ってね。皆で見に行くね」


 いつものように見送ってくれるノアは、待ち遠しいといった様子でそう言った。

 状況が落ち着いた事もあって、ペッパーズ・ゴーストの部屋をノアが見学に来るのだ。

 バーランの事は予想外であったが、そこまで手を取られる事も無い。


「了解。待ってるよ」


 そう柔やかにノアへ答える。

 ところが、その日は、思った以上に賑わった。

 噂が噂を呼び、いろいろなお客が訪れる。その対応にせわしない状況が続いた。


「すまないな。忙しいというのに」

「いえいえ。来て頂けて嬉しいです」


 ということで、ノア達が来た時はほとんど相手ができなかった。

 ノアやカガミ達と一緒にいたカロンロダニアに、ギルドの案内をチラッとしただけだ。

 本当は一緒にお昼を食べるつもりだったのに、ノアの差し入れてくれたサンドイッチも、一人で食べる羽目になった。

 午後過ぎにやってきたファラハ達の相手もほとんどできずに、嵐のように一日がすぎた。


「いいですよね、皆が一生懸命で」


 だけど、オレはバーランの相手を忘れなかった。

 偉い人は、忙しいからと放置するわけにはいかないのだ。神は細部に宿るという格言もある。オレは、細かいところまで気を遣う男なのだ。

 だからいつものように笑顔でギルド長の部屋から外の賑わいを見ていたバーランに声をかける。

 そしてバーランの横にたって、下を見下ろし言葉を続ける。


「私も、そうですね、好きなんですよね。燃えている人を見るのが……」


 ちょっとだけお世辞交じりだが、頑張る人が好きだという言葉も忘れない。


「そ、そうなのかね?」


 ところがバーランのリアクションは予想とは違っていた。

 何を言っているのだといった様子で、オレをギョッとした表情で見返した。

 あれ、これって、ヌネフのヤツが翻訳を間違えたのか?

 オレの言葉が上手く伝わっていないのかと不安になる。

 しっかりしてくれよ……いや、違う。

 だが、すぐにオレは自分の失敗に気がついた。

 直感的に、自分のしくじりを把握する。

 最近は仕事三昧だったからな。こういう勘が戻ってきたようだ。

 そうだよな。何を上から目線になっているのかと反省する。


「い、いや。私も一生懸命頑張っています。えぇ、私の目を見て下さい」

「目……目かね?」

「はい。私の瞳が燃えています。やる気があるのです」


 ヤバいと思い、慌ててやる気をアピールした。

 特にそれ以上のやり取りはなかった。

 オレの言葉に感銘を受けてくれたようだ。やはり、やる気アピールで正解だったようだ。

 そしてバーランは、その日の夜に急用を思い出したという事で帰っていった。

 終わった。

 お偉いさんは帰り、ペッパーズ・ゴーストの部屋も含めトラブルは無かった。

 一日が終わり、迎えにきたミズキが引く馬車に寝転んでホッと一息をつく。


 いや、何事も起きなくて良かった。本当に。

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