第652話 せっけいず

「ファイオー! ファイオー!」


 朝、目が覚めると、遠くの方から揃った女性の声が聞こえた。

 ファラハの所にいる白薔薇とかいう騎士団の掛け声だ。

 女性のみで成り立つ真っ白い鎧を着た騎士団。

 毎朝、彼女達はジョギングをしている。

 面白いもので、元の世界で、運動部が朝練で喚いていた掛け声に似ている。

 世界が違って、言語も違うというのに、似ているのが面白い。


「あっ、リーダ。おはよう」


 着替えて部屋から出ると、ノアと鉢合わせた。


「おはよう」


 右手に鍋、左手にお玉を持ったノアに、おはようと言う。

 ノアは心なしか力なく笑った。


「残念だったね、ノアちゃん」


 そして、ノアの後にはカガミもいた。

 いつもと違って眠そうだ。欠伸をしながら、彼女はこちらへ近づいてくる。


「残念?」

「リーダが起きないから、起こそうって道具まで準備したのにねって」


 道具を準備?

 パッと見、ノアは鍋とお玉しか持っていないようにみえる。


「準備したの?」

「うん……ミズキお姉ちゃんが教えてくれたの」


 そう言いながら、ノアは両手を挙げて、頭上でコンコンと鍋にお玉をぶつけた。

 なるほど。

 お玉で鍋を叩いて音を鳴らすつもりだったのか。

 それで、オレの部屋に押しかける予定だったのに、肝心のオレが起きて残念……と。


「じゃ、次の機会を楽しみにしてるよ」

「うん! お茶をいれて待ってるね」


 オレの答えに、ノアは楽しそうに笑うと広間へと走っていった。


「フフッ、朝から元気ですよね」

「カガミは眠そうだな」

「少し、研究に熱中しすぎました」


 広間に行く途中、カガミから研究について聞く。

 それは魔法の究極についての研究だった。

 信託の魔法を検証していたらしい。

 魔法の究極と、信託の魔法は似た仕組みだと判明したそうだ。

 特別な存在に、願い事を送る事と、質問を送る事……違いはその程度だという。

 カガミは、信託の魔法にも質問を送る過程で、情報に歪みが起きるのではないかと考えて、繰り返し魔法を使い検証したという。

 簡単な質問であれば、歪みは少ない。複数の要素から成り立つ質問であれば、模様は歪む。


「質問にかける時間で随分かわるようです。簡潔な質問と1時間近くかけた質問で試してみましたが、歪みの差は歴然としました」


 そう言って、カガミは説明を終えた。


「1時間も喋り続けたのか?」

「スピーチと同じですし、あと信託は、締めの言葉を言うまで発動しないので、問題ないです。それで、思っていた以上に、信託の魔法と魔法の究極は仕組みが同じだと分かりました」

「そっか。魔法の究極も理屈は同じか……」

「えぇ。信託の魔法は手軽に使えるので、もう少しの間、簡単に実験ができる信託の魔法を研究してみます」

「頼りにしているよ」


 それから、広間で朝食を取る。

 今日はパンとサラダ。最後にキノコのスープだ。

 パンは、巨人族のパン屋クイムダルから昨日買った物。

 サラダは世界樹の葉に、近くの森で採った山菜。それに砕いたチーズがかけてある。

 キノコは普通のキノコだ。

 なんだかんだと言って、豪勢な朝食だ。どれも美味しい。


「飯食ったら、寝れば?」


 食事中、眠そうなカガミに声をかける。

 ほとんど徹夜で研究していたわけだし、いざという時のため、余裕を持って欲しい。


「えぇ。大丈夫です。後で、強行軍の魔法を使おうと思います」


 オレがかけた言葉に、カガミが斜め上の返答をした。

 強行軍の魔法は、いくつかのバリエーションがあるけれど、眠気や空腹それに疲労を感じなくなる魔法だ。ただし、魔法が切れるとリバウンドがある。この手の魔法によるリバウンドにはエリクサーも効かない。


「何かあるのか?」


 そこまでする行事が思いつかない。

 何かを見落としているのかと不安になった。


「お茶会があるんです」


 お茶会か……。

 最近は、度々、ご近所さん……ファラハやエスメラーニャとお茶会をしている。

 情報交換だったり、贈り物をしあったり、それなりにノアは楽しんでいる。


「ミズキと代わってもらえばいいだろ?」

「いや、ミズキも一緒に行きますよ」

「あのね、今日はエスメラーニャ様のところで、お菓子作りを教えるんだって」

「楽しみにしててね。エスメラーニャ様のメイドさんたちとの合作で、張り切っちゃうからさ」


 あっ。

 一瞬で理解できてしまった。

 ノアはともかく、カガミとミズキは猫目当てか。

 エスメラーニャ様は、キンダッタと同じ猫の獣人だ。猫が大好きな2人は、猫の獣人と一緒に遊び半分のお菓子作りが楽しみなだけだ。

 なんだよ。心配して損した。

 そして、オレの考えは当たっていたらしい。

 早々と食事を終えた2人は、そうそうに準備を始めた。


「楽しんでおいで」


 柔やかに屋敷を出たノア達を見送って、のんびりと過ごすことにする。

 といっても、ここ最近はずっとサムソンの手伝いだ。


「これと、これを……描き直してくれ」


 ウルクフラが残したという地下にある超巨大魔法陣。その設計図を、見慣れた形式に描き直す。

 出来上がるとサムソンがチェックして、問題が無ければ彼の部屋の壁に貼り付ける。


「こんな風に、モデリング図を描いていると、新入社員を思い出すよ」

「あぁー、まぁ、そうだな。でも、リーダと組んでの仕事は、ロクな思い出がないぞ」


 懐かしさ一杯で口にした言葉に、溜め息交じりでサムソンが応じる。

 確かに、ロクな思い出が無い。

 そういや、モデリング図はサムソンから習ったのだっけ。

 毎回、夜の8時とか9時に仕事に一段落つけて、そこから1時間くらい習ったのを思い出す。

 アイドルのDVDを買う手伝いとかもさせられたが、サムソンにプログラム関係を習えたことには感謝している。

 昔話をしながら延々と作業をすすめる。


「完成だ」


 そして、カガミ達がエスメラーニャの所で遊んでいた日の夜。

 ついに設計図の書き換えが終わった。

 壁一面に貼り付けた巨大な設計図。


「壮観だな」

「あぁ、これではっきりした」


 そう言って、サムソンが設計図の一部を指さし言葉を続ける。


「これは魔法の究極だ。魔法の究極で、さらに巨大な魔法の究極を動かしている。それと、この魔法陣の正体が、多分……明日には分かる」

「正体が……明日?」

「大量に魔法陣が重なって作られる超巨大魔法陣には、意図的に役に立たない魔法陣が混ざっている。その何の役にも立たない魔法陣……そのうち一つは詩だった。多分、他の魔法陣も詩だろう」

「詩?」

「魔法陣の形をした詩だった。魔力を流せばキチンと稼働する魔法陣、だから気づきにくいが、詩として意味のあるつくりだった。そこには、どういった理由で、超巨大魔法陣を描いたのか……その理由が書いてあった」


 動く魔法陣で詩を書いていたか……。

 元の世界で考えると、実行ができて、文章として読めるプログラムか。


「よくわかったな」

「気がついたのは偶然だけどな。プログラムにコンバートしたときに、他の魔法陣とはあまりにも違ったんで、魔法陣を見直して……それで気がついた」


 プログラムは人の癖が出るからなぁ。

 急にまったく違う書き方になれば、気が付くかも知れない。

 オレだったら、気がついたかな。無理だったろうな。

 それにしても、ついに正体がわかるのか。あの超巨大魔法陣の正体が……。

 壁一面に張った設計図を見て感慨にふけっていると、ふと視線を感じた。


「ん?」


 なにげに、視線を向けると両手でコップを持ったノアが立っていた。

 帰っていたのか。


「おかえり」


 そんなノアに声をかける。


「あのね。お仕事してるから、騒いじゃダメだよって」

「そっか」

「リーダも、サムソンお兄ちゃんも、格好よかったよ」

「格好よかった?」

「お仕事しているところが」

「そっか」


 少し前から、ずっと見ていたのか。気がつかなかった。

 サムソンも少し驚いた様子だった。彼も気がついていなかったのだろう。


「でね、サムソンお兄ちゃんとリーダ、2人とも、とっても楽しそうだったよ」


 そして、ノアが笑顔でそう言った。


「楽しくない」


 その言葉にオレとサムソンが揃って否定し、声がハモった。

 直後、ノアが可笑しそうに笑って、オレ達も釣られて笑った。

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