第645話 ちかづくわかれ
「届いたっスよ!」
ある日の事。オレが昼食のカレーを作っていると、プレインが大きな木箱をもって、台所へとやってきた。
「新手のマヨネーズか?」
鍋をかき混ぜながら、プレインに問う。
材料は十分だ。この状況で、マヨネーズをぶち込みましょうとか言われると困る。
「違うっスよ。金塊っス」
彼が首を振って、ガチャリと木箱に蓋を開けると、中から黄土色の塊が見えた。
それは日の光を反射して鈍く光っている。
「台所に持ってきたから、マヨネーズかと思ったよ」
「しょうがないっスよ。他には誰もいないんだし」
オレの言葉に、プレインがぼやく。
確かに、今は金塊を見せるやつは誰も居ないな。
お昼時になれば、ノアとカガミがお隣さんから帰ってくるだろうけれど、ミズキは町に行っているし、サムソンは部屋にこもって、研究三昧だ。
「さっそく作業に入るのか?」
「そうっスね。さっそく取りかかるっス」
軽い足取りで台所から出て行くプレインを見送る。
呪い子の力を中和する魔導具を作る役目は、サムソンからプレインが引き継いだ。
最近、プレインは魔導具作りにこっているらしい。
サムソンには、超巨大魔法陣の解析を頑張ってもらいたいので、適材適所だ。
『ガリガリ』
料理再開ということで、米もどきを数粒囓る。
味は、まだ大丈夫だ。
すぐに引き出しから複製の魔法陣を取り出して、米もどきを複製する。
複製の魔法は、増やしすぎるのは御法度だ。
あまり複製しすぎると、米の味がカロメーそっくりになってしまう。
とはいえ、毎回、米の元になる木の実を、縮小化の魔法を使い米サイズにして、増殖……なんてことを、やっていると面倒でしょうがない。
そうとなれば、準備した米もどきを、ギリギリまで複製するのが一番いいのだ。
こちらでの生活が長いので、このギリギリも上手く見極めることができるようになった。
「リーダよ。ちと相談があるのでアル」
米を鉄鍋にぶち込んだ時、ウィルオーウィスプから声をかけられた。
ふよふよ浮いている妙な魚。提灯アンコウをコミカルにしたような姿をした光の精霊だ。
いつも寝ているコイツが起きているのは珍しい。
「カレーは甘口にしたけど、辛口はスパイスを使えば大丈夫だろ?」
「味付けの話では無いのでアル。厩舎の裏まで来るのでアル」
そう言い残してスッとウィルオーウィスプは消えた。
なんだろう、相談って。
まぁ、いいか。
後はご飯を炊くだけだ。鉄鍋の蓋を閉めたら、後は精霊任せ。
「サラマンダー、ウンディーネ。いつもの通りだ。美味しいご飯をよろしく」
オレは鍋をトントンと叩いてお願いする。
「ギャウギャウ」
「ゲコゲコ」
するとでっかいカエルのウンディーネに、毛先が燃えている赤い猫といった風貌のサラマンダーも、了解とばかりに鳴いた。
もう何度もやっていることだ。精霊に任せておけば美味しいご飯の完成は間違いないだろう。
これで昼ご飯は大丈夫だ。心おきなく厩舎へと向かえる。
でも、なんだろうな、相談って。
ウィルオーウィスプからの相談というのが何の事か思いつかない。
頭をひねりながら、厩舎の裏へと顔を出すと、精霊が勢揃いしていた。
地面にまで垂れるほど長い金髪と、白い鳥の羽をもった風の精霊シルフのヌネフ。
緑の髪に木の葉でできたワンピース姿の少女、森の精霊ドライアドのモペア。
ツルハシをもったモグラ……土の精霊ノーム。
そして、ウィルオーウィスプ。
最後に、ウンディーネと、サラマンダー……って、あれ?
「お前ら、ご飯は?」
「ゲェコ」
「あれくらいは、この場所からでも楽勝……なのです」
オレの質問に、ウンディーネが即答し、ヌネフが通訳してくれた。
近場にいなくても、ご飯作れるのか。さすが精霊だな。
でも、本当に何事だろう。こいつらが、そろって相談か。
「じゃ、あたしは帰るよ」
相談の内容を聞こうとした直後、モペアがそう言って姿を消した。
呼び出して置いて、先に帰るとか……モペアは関係ないのかな。
「では、我が話をしよう。まず、かの娘、ノアサリーナがもうすぐ11才の誕生日を迎える」
そう言って、ウィルオーウィスプが話をきりだす。
ん、相談事ってノアの事なのか?
でも……え?
「嘘ぉ!」
思わず大きな声がでた。ノアが、もうすぐ11才?
そんなはずはないだろう。
「いや、モペアもヌネフもそう言っている、サラマンダーもウンディーネも否定しないのでアル」
「間違いないのです。もうすぐノアサリーナは11才なのです」
いやいや、それほど時間は経っていないはずだ。
昔といっても、結構最近だぞ。ノアと出会ったのは。
「ギャウギャウ」
「ゲコゲコ」
「人選を、間違えたかもしれないですねぇ」
誕生日を祝った回数を、指折り思い返していると、精霊達の馬鹿にした会話が聞こえてきた。確かに、もうすぐ11才だ。そっか、もうそんなにたつのか。時の流れは速いものだ。大きくなるのはあっという間だな。
「相談って、誕生日会のことか?」
もっとも、誕生日の事は忘れていない。今年はちょっとした良い思い出をプレゼントできそうなのだ。
「うーん。ちょっと違うのでアル。モペアは、ノアサリーナの母親と契約しているのだが、その事なのでアル」
「契約?」
「前に、モペアが話をしているはずですよ」
モペアが、オレに……ノアの母親ってレイネアンナで、彼女がモペアと?
聞いたことあったっけかな。
「ギャウギャウ」
「リーダは役に立たない? 確かにそうですねぇ」
「本当にサラマンダー、そんなこと言ってんのか?」
「言っているのでアル」
サラマンダーは毒舌だな。しかし、契約というのが思い出せない。
「モペアは、ノアサリーナが10才まで姉として過ごすと約束しているのです」
見かねたように、ヌネフが言った。
「あぁ、思い出した。思い出した」
そういや、そんな話を聞いたことがあったな。
サラッと言っていたから、契約とか重い印象が無かった。
「やれやれ。まったく困ったものでアル」
「モペアは、ノアサリーナと別れるのが寂しいのです」
「別に契約がなくても、一緒に居ればいいじゃないか?」
ノアだって、モペアと別れるのは寂しいだろ。
そういえば最近、ノアは元気のない事が多かった。
季節の変わり目だし、お疲れかなと思っていたけれど、これが原因なのかもしれない。
「それではドライアドは納得しない。ノアサリーナの近くにいるには理由が必要なのでアル」
「別に理由はなくてもいいだろ?」
姉という立場でなくても、友達として側にいれば良いと思う。
呼び名なんて自由だ。きっとノアだって、今まで通りモペアをお姉ちゃんと呼ぶだろう。
「それは違う。まず、ドライアドは呪い子と共にいる存在では無いのでアル。呪いは、周りの草木を痛めつける。本来は……ドライアドたるもの、森の木々を守る為、呪い子を森から排除しなくてはならないのでアル」
「森の木々を……でも、それはノアが意図的にやっている事じゃないだろ? 細かい事を言えば、オレ達だって、家を作るときに森の木を切るぞ」
「生きるためには仕方がないのでアル。しかし、ノアサリーナはすでにその域ではない」
「その域?」
「恐らく……モペアが力を貸さなければ、辺り一帯の森は死に絶えるのです。きっと……半年は持たないのです」
オレの反論に、ヌネフが答え、ウィルオーウィスプが頷く。
呪いの力は強くなっているとは聞いていたが、モペアがいないとそんな状況なのか。
「だったら、それこそモペアの力が必要だろ?」
「森の草木に問われたとき、答えるべき答えが無いのでアル」
「答えって? 友達だからじゃダメなのか?」
「森の草木からの問いに、モペアはいままで、契約で姉となったからと答えていたはずなのです。姉は妹を守らないとならない……そう言ってこの付近の森を納得させてきたのです。多分」
「森の木々と、ドライアドは、友人なのでアル。友人、知人……いやそれ以上なのでアル。故に、理由が必要なのでアル」
「それなら、契約延長しかないな」
よくよく考えれば、ずっと姉という立場でいればいいわけだ。
モペアも、姉でなくなるのが嫌だというわけだし、延長なら賛成だろう。
「契約は結んだ者同士しか、変えられないのでアル」
「だったら、オレが新しく同じ契約を結ぶよ」
「同じ契約を2度は出来ないのです。精霊達の決め事で、出来ないのです。姉という立場では、もう2度と……」
「決め事を破ったら?」
「それは、しません。決め事は、平和に長く、精霊が暮らす為のものなのです。悲劇が砂浜にある砂を超える数起きたとしても……精霊は決め事は守るのです」
決め事か。
精霊には、精霊の法律っぽいものがあるのだな。延長もダメ、同一契約もダメか。
「ところで、決め事って文章で何かあるのか? 誰が判断するんだ?」
「文章なんてないのです。判断は……困ったときは皆で相談するのです。特に今回は、ここにいる皆でじっくり考えます。私達は頑張り屋なのです」
ヌネフが神妙に言った。
なんだろう。法律ではないけれど、精霊同士は守っている決まりか。
その決まりが立ちはだかるか……あれだな、出先で暗黙の了解とやらを盾にごねられている時に似ている。
――慣例でそれは出来ないんです。不勉強が過ぎますよ!
ずいぶんと昔、出先で怒られた。その時の嫌な記憶を思い出した。
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