第589話 ひとりにしないで

「ヒィィィィ」


 悲鳴が漏れてしまう。

 怖い。

 いきなりカガミの声で、白蛇が喋るのは心臓に悪い。


「リーダ」

「なんだ、サムソン」

「今は大事な時なんだ。3日、3日だけ匿ってくれ」

「いや無理無理。カガミ、めちゃくちゃ怒ってるよ。これ」


 先ほどの白蛇の口調から、カガミの怒りを感じた。

 ここでサムソンに加担するとオレまで巻き添えにあってしまう。

 こんなことで、カガミの怒りを買いたくないのだ。


「そこをなんとか」


 だがサムソンは譲らない。情けない声を上げて、オレから距離を取ろうとした。

 逃すわけにはいかない。

 そんなやり取りをしていた時のことだ。屋上まで登ってきたゴンドラから、一人の男が降りて近づいてきた。


「これは、トーラム様」


 サムソンの知り合いのようだ。

 軽く挨拶したサムソンに対し向こうも静かにお辞儀した。


「伝言をコウオル先生から承りました。至急、研究室に来るようにということでございます」


 男は穏やかな声でサムソンにそう伝える。

 その言葉を聞いた直後、サムソンがホッとしたように笑った。


「すまんリーダ。急用ができた。後は頼む」


 そう言うと、素早くサムソンは、ゴンドラに駆け込む。

 そして、呼びに来た男と一緒に姿を消した。

 逃げやがった……。

 だが、オレもタダでは逃がさなかった。

 とりあえず、カガミの声で喋った白蛇をポイッと投げて、サムソンのローブにくっつけたのだ。白蛇は、彼のローブをするりと滑るように動き、襟元に隠れたのでバレていないだろう。

 まったく。

 溜め息をつき、カガミの到着を待つ。

 カガミが白蛇を追ってサムソンの方へ行くのか、それとも図書塔の方に来るのかわからない。しかし、どちらでも問題はない。

 サムソンが忘れていった鞄を片手に、のんびりと地上を見ながら時間を潰した。

 地上では演説が始まっていた。

 最初に小さなベルの音が鳴り。ステージ上で一人の女性が歌いながら踊っていた。

 その間に人が次々と集まり、人だかりの中で、歌い終わった後は、演説をしていた。

 スプリキト魔法大学内の設備の充実。お金のかからない学生生活を目指そうとしているようだ。


「リーダ!」


 カガミはサムソンではなく、オレの方に来たようだ。

 サムソンがコウオル教授に呼ばれたこと。

 白蛇を投げて、サムソンにくっつけたことを伝える。


「えぇ? ルピタンを、投げたんですか?」


 あの蛇、ルピタンって名前なのか。


「とっさのことだったからさ。でも、怖いよあれ」

「私の使い魔が、怖いとか言わないで欲しいです」


 あの蛇って使い魔だったのか。

 それから、サムソンが逃げられないようにコウオル教授のいる塔へ向かうことになった。

 向かう途中、カガミに白蛇の事を聞く。

 前から飼っていた白蛇に契約を施して、使い魔として使役していると言う。


「あっ」


 そしてサムソンがコウオル教授のいる部屋から出てきたところを待ち構えることができた。


「サムソン。この大学の状況、どうしてくれるんですか」


 早速、カガミが詰め寄る。

 触らぬ神に祟りなし。オレは古の故事に倣って距離を取ることにした。


「いや。それどころじゃないんだ。ちょっと相談がある」


 勢いよく近づくカガミから、後ずさり距離を取ったサムソンはそういった。


「つまり卒業を打診されたと?」


 ミズキのお迎えを待つべく、大学校門の入り口へ、トコトコと歩き向かいながら、サムソンの話を聞く。

 サムソンに卒業の提案があったという。

 成績優秀なので、卒業というわけではない。

 なんでも大学内に怪しい組織を作ったことが原因だと言う。

 それが理由で、条件付きの卒業とのこと。

 二度と大学内に足を踏み入れない、今回の件は他言無用。

 オレの時とほとんど同じ条件だ。

 ただ違う点もある。サムソンが卒業の条件を飲まなかった場合だ。

 ファンクラブ結成に携わった人間を、大学を混乱に陥れた罰として、退学や停学に処すると脅されたらしい。


「すまない。同じ推しを応援する……同志は裏切れないんだ」


 サムソンがボソリと言った。


「えっと。卒業すればいいと思います。思いません?」


 カガミの一言に、オレも大きく頷く。

 サムソンが申し訳なさそうに切り出したのが不思議なぐらいだ。


「だが一つ問題がある」

「問題?」

「選挙運動のことだ。俺の役目は誰かに、引き継がなくてはいけない」

「勝手にすればいいと思いますが……。ついでに、平和な大学に戻すように説明も」

「前も言ったように、オレの行動はリーダの提案を、ただ伝達してるだけということになっている」

「あぁ、そうだよな」

「だから、オレが卒業した後は、誰がリーダの言葉を伝えるのかというとなると、必然的にカガミ氏の役目になる」

「ちょっと待ってください。それはおかしいです。おかしすぎです。おかしいと思います」


 とんでもないことをサムソンがカガミに提案する。

 対するカガミは、提案を拒否しようと必死だ。


「それは、引き続きサムソンがやればいいんじゃないか。ほら、トーク鳥とかで」


 さすがにカガミが可哀想になったので援護することにした。

 あのアイドル応援団の対応はキツい。


「そうですよ」


 カガミが、オレの言葉に何度も頷く。


「そうか……そうだな。皆にはそう伝えておく」


 これで一件落着。

 わけの分からないアイドルグランプリもどきの生徒会選挙に、巻き込まれることなく、平和に過ごせると……思っていた。

 それは帰りの馬車での事だった。


「でも、カガミも大変だよね。生徒会選挙だっけ? あれが終わるまで一人で何が起こるかわからない大学生活なんて」


 馬車を引く茶釜に乗ったミズキの軽い一言。


「え?」


 カガミが言葉を失う。


「大丈夫だよ。後、少しだ」


 オレにはカガミを元気づけることしかできない。

 馬車は微妙な空気で飛行島までたどり着いた。明日のことは明日かんがえればいい。

 まぁ、カガミが頑張ることだ。

 ところが、そうは問屋が卸さない。

 何を思ったのか、馬車から降りて家に戻る途中、カガミがオレの腕を掴んだ。


「リーダ……助けて。一人にしないで」


 彼女は、オレに向かって泣きそうな声で言った。

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