第574話 まどうぐだいく

「イオタイト様が、使いの方……なんでしょうか?」

「そういうこと。おれっちが今回の案内役だ」


 ゆらりと近づくイオタイトに確認をしたところ、彼は認めた。

 黒本エニエル、その写本を持っている人間の使いか……。


「ところで、あの木片には特に条件などは書いてませんでした。何も条件がないんでしょうか?」

「条件というほどの事ではないけど、ノアサリーナ様とその従者5人。それからハロルド、あと……そうそう、カーバンクル。以上に同行していただき、主様の元まで来ていただきたい」

「主様?」

「そう。おれっちのご主人様だ。主様が写本を持っている。あの馬車に乗ってもらえれば案内するよ」


 イオタイトは軽い感じで言った。


「どこまで、伺えばいいのでしょうか?」


 別にイオタイトが悪人とは思わないが、得体の知れない相手だ。自分の足で向かいたい。

 相手の馬車のお世話になるのは避けたいのだ。


「それは内緒。ただし、身の安全は保証する」


 だが、場所を教える気はないらしい。

 向こうは、向こうで警戒しているようだ。


「では、その旨、皆に伝えてきます」


 しょうがない。

 こちらは本をもらう立場だしな。


「了解した。おれっちは、馬車で待ってるから」


 軽い調子で手を振り去って行くイオタイトを見て、皆の所へと戻る。


「イオタイト様だったんスね」

「それで、主様……か。俺は条件をのむしか無いと思うぞ」


 皆に説明したところ、サムソンがほぼ即答で条件に従うべきと主張した。


「チッキー達はどうする?」


 その言葉に、ミズキが口を挟む。

 確かに、オレ達がいない状況だ。3人だけを残すのは少し心配だ。


「そうっスね。ボク達が全員居なくなるわけだし……」

「王都のトゥンヘルさんを呼ぶなりしておけばよかったよね」


 先方の条件をのむことはいいが、留守番をどうするかだ。

 3人も連れていく事を考えたが、何があるかわからない。それに、茶釜や海亀もいる。


「ピッキー達にはお留守番を頑張ってもらう。何かあれば空に逃げ、トゥンヘルさんに救援を送るよう約束する。ウィルオーウィスプに偽装を頼む」

「えぇ。それでいいと思います」


 しばらく話し合った結果、そう方針が決まった。

 他の同僚達からも反論は無い。


「おいらたち、しっかりお留守番します」

「うんうん。無理しないでね。危ないと思ったらすぐに逃げてね」

「はい」

「そうだな。それじゃ行くか」


 ハロルドは子犬のままノアから離れないように動き、ミズキは魔剣を腰に下げ、最低限の警戒はして全員で馬車に近づく。

 遠目からは黒いマントを着たゴリラしか見えなかったが、馬車の上にもう1人ローブ姿の人影があった。加えてゴリラは、片目に傷跡があって強そうだ。

 馬車には窓が無かった。馬車の屋根……ちょうど御者台の真上に2つのランタンが下げてあって、側面には細やかな模様が彫り込まれた真っ黒い馬車だった。


「お待ちしておりました。では、どうぞこちらへ」


 オレ達が近づいたのを認め、イオタイトがサッと馬車の扉を開けて、中から階段を引き出す。


『ドォン、ドンドン』


 ニコリと微笑むイオタイトへと近づく途中、いきなりゴリラが胸を叩いた。よく見ると、馬車の屋根にも、もう一匹、小さな猿が居て、同じように屋根を両手で叩いている。


「驚かせてしまいましたか。そいつらは、ノアサリーナ様を歓迎しているのです」


 ビクッとしたノアを見て、イオタイトが微笑み弁解の言葉をノアに伝える。


「そうだったのですね。有り難う」


 イオタイトの言葉を聞いたノアがゴリラに微笑みかけた。

 ゴリラもニカリと笑って両手を挙げる。

 そして、カガミが先に馬車へと乗り込み、ノアの手を取って、引き入れた。

 次はハロルド、それからオレと、順番に馬車へと乗り込む。

 馬車の中は、円形をした豪華な一室だった。壁面には、色とりどりの立派な刺繍がされた布が飾られていた。部屋の中央に楕円形をした木製のテーブル、それを取り囲むように、置かれた椅子。どれも、使うのがもったいなく思うほどの繊細な装飾がしてあった。

 それにしても、馬車が長方形なのに、中が円形だと違和感が凄い。


「好きな場所におかけください。あ、テーブルの上にあるリテレテも、遠慮せずにどうぞ」


 階段を引き入れ、扉を閉めたイオタイトは椅子に腰掛け言った。


「中が広くて驚きました」


 促されたノアが椅子に座り、感想を述べる。


「確かに、これほどの大きさは、小部屋の中の大部屋として見ても珍しいです」

「これが、小部屋の中の大部屋? 魔導具の……ですか?」

「サムソン様の言われるとおりの魔導具のですよ。なかなかのもんでしょ? このあたりは、魔導具大工の腕による物なので、私には詳細分からないのですがね」


 へぇ。これは、海亀の背にある小屋と同じ魔導具の仕組みなのか。

 あれは、大きさを変えるだけでなくて、形もいじれるのか。


「魔導具大工……というのは?」


 ノアが、首を傾げてイオタイトに質問を加える。

 そういえば、なんだろ、魔導具大工って……聞いたことないな。


「それは、私よりもリーダ様や、サムソン様の方が詳しいかと」


 答えるのかと思ったら、イオタイトがオレを見てそんな事を言いだし焦る。

 ノアも興味津々といった感じでオレを見ているので、焦りもなおさらだ。


「魔導具大工というのは、魔導具を作るときに使う特別な細工……そのような知識を持った大工の事です」


 焦るオレに助け船を出したのはサムソンだった。

 ありがとう、サムソン。


「初めて聞きました」

「そうですね。スプリキト魔法大学では、魔導具大工の講義もあります。従者として大工を連れて行き、一緒に講義を受けたりすることもあるのです」


 そうなのか。同じ学校に行っていたとは思えない知識の差だな。

 従者として大工を同行か……ピッキー達の修行がてらサムソンに同行してもらうのもいいかもしれない。


「ところで、その……今回、私達を招いている主様……というのは、どのような方なのですか?」


 そして、場が和やかに進む中、カガミがそう切り出した。

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