第569話 えいぎょうすまいる

 苛つく様子を隠すでもない大教授がいる。

 もうちょっと、のんびりいこうよ……と、心の中で訴える。

 あくまで心の中で。声に出すと、絶対に怒られるしな。


「まぁまぁ、コウオル先生。そう急いでも良いことないじゃろて。では、リーダ君。どうしてあの場にいたのですか?」


 ビントルトンは、コウオルをなだめるようにして、オレに質問を投げてきた。

 さて、どうしたものか。

 ミランダの事を話題にしたら、話が悪化しそうだしなぁ。

 何処にいるんだって聞かれても、答えられないし。


「勉強していて、休憩に……ひ、氷室に行ったら、その先で襲われまして……」


 とりあえずミランダの事は置いておいて、話を進めることにした。

 勉強の合間に、うろついたのは嘘ではない。

 明らかな嘘は不味い感じがする。先ほどのビントルトンの言葉もそうだが、嘘発見の魔法とかあったら大変だ。


「襲われた?」

「はい。フレッシュゴーレムに……」

「んまっ。結界はどうされたのです? しっかりと返答を。さきほどから歯切れが悪うございますよ」


 結界?

 何のことだろ……オレはミランダの後をついて歩いただけだが、結界があったようには思えない。


「結界は目にしませんでした」

「嘘おっしゃい!」


 さっきから、このおばさん、何をキーキーと。

 まったく。

 いや、いけないいけない。オレまでカリカリしては足下をすくわれかねない。

 ポーカーフェイスだ。

 もしくは営業スマイル。


「あのっ。私からもよろしいですか?」


 今度は、ハゲ……いや、アットウト先生か。


「なんでしょう?」

「フレッシュゴーレムと言われましたが、襲われた後は?」

「なんとか倒すことができましたが、ちょっと暴れすぎたせいで、天井が壊れてしまいました。その後は、兵士の方もご存じかと」

「魔法が制限された中で……ですか? あっ、疑うわけでは無いですが、そのっ、疑問に……思いまして」

「暴れたのは、フレッシュゴーレムでして。飛んできた奴を、スライフ……いや、黄昏の者が蹴り上げたのです。それで天井が壊れてしまいまして……」

「まぁーっ。リーダ君。魔法が制限された中で、黄昏の者を召喚ですって? 出来るものならやってみなさい。さぁ、今すぐ!」


 オレの弁明に割り込むようにキンキン声がした。

 なんとかうやむやのまま、天井が壊れた状況まで持っていくつもりが、またもや邪魔される。

 コウオル先生だっけか……、なんでこの人、こんなに苛ついてるんだ。


「契約しているから、呼べるんですよ。こんな感じで……いでよスライフ!」


 売り言葉に買い言葉といった感じで、ついついスライフを呼び出してしまった。

 落ち着かねば。

 営業スマイルだ。面倒なお客を相手していた日々の事を思い出さなくては。


「なんだ?」


 気を落ち着かせようと深呼吸をしていると、呼びかけに応じてスライフがヌッと出てきた。

 急に出現したスライフに、大教授達の様子が変わる。

 アットウトは、メキメキと音をたて体が大きくなり、顔が虎のそれに変わっていく。

 コウオルは、音も無く立ち上がり、まるで剣の切っ先をこちらに向けるように、杖の柄を向けた。


「お二人とも、落ち着きなさい」


 ビントルトンが穏やかな声をあげる。彼だけはすまし顔だ。

 2人の大教授が、警戒するのはわかる。スライフは、見た目が怖いからな。


「ふむ。興味深い空間だ。周囲を結界によって遮断し、強力な幻術で認識を狂わせている」


 当のスライフはどこ吹く風だ。

 のんきに周囲の分析を始めていた。

 この風景は幻術なのか。


「お茶も幻術?」

「いや。違う。周囲の景色と、人物の配置だけだ」

「ほぅ。お気づきになられましたか」

「無論だ。我が輩は、目で見るのみではない。例えば、獣化魔法を使った男は、我が輩の後に座っているし、この空間に仕組まれた魔法の数々も把握できている」


 ビントルトンの言葉に、スライフは大きく頷いて答えた。

 アットウト先生って、背後にいるのか。

 見えている状況と実際の状況が違うというのは、予想すらしていなかった。


「空間に仕組まれた魔法ってのは?」

「テーブルに置いてある水晶を通じて、そこの男が空間を支配している。微弱な敵意も把握できるし、それを応用して言葉の真偽も把握可能だ」


 嘘発見機能付きか、警戒していて良かった。

 念の為、いままでの会話を思い出す。

 大丈夫だ。一応……嘘は言っていないはずだ。

 発言には気をつけなきゃな。


「これは、予想外に鋭い。それで、貴方はどうされますか?」


 使用した魔法の正体に言及されても、ビントルトンは穏やかな表情のままだ。

 そして、彼に質問されたスライフがオレを見た。

 ちょっとしたやりとりだ。小さく頷いて、ビントルトンへ答えることを了承する。


「我が輩は、リーダに呼ばれただけだ。命じられない限り何もしない。もっとも、我が輩が何かしたところで、無駄に終わるだろう」

「ご謙遜を」

「この空間。そして、お前達は皆が手練れだ。我が輩に勝利は無い。もっとも敵わないのは我が輩だけで、リーダは別だろう」


 スライフが負けるってのか。

 大教授って強いんだな。

 確かに、アットウトは強そうな姿に変身していたし……他の2人もまだまだ奥の手がありそうだ。


「左様ですか。貴方も、フレッシュゴーレムを倒す力量があるとか……リーダ君から聞きましたが?」

「違うな。始末したのは、リーダだ。我が輩は、死にかけのフレッシュゴーレムのとどめを刺しただけだ」

「ほぅ。死にかけ……ですか?」


 ヤバい。この件を掘り下げると、ミランダの話が出てくる。


「まぁ、そうです。うん。有り難うスライフ。帰っていいよ」

「了解した」


 ボロが出る前に、スライフには帰ってもらうことにした。

 このままでは埒があかない。話の落としどころを探らなきゃいけないだろう。


「まぁっ。どうして黄昏の者を、追い返してしまったのかしら。やましいところでもございまして?」


 落としどころを考えていた矢先、コウオルの金切り声が響く。

 ちっ。確かにやましいところはあるけれど、言うわけにいかない。


「いえ。そうではありません。スライフ……黄昏の者は謙遜していただけなのです。私と協力してフレッシュゴーレムを打ち倒した事は本当の事なのです」

「では、なぜ、あんなに急いで返したのかしら?」

「それは。そう。これからの話をしたいからなのです」


 困ったときの、理想論。

 過去より未来だ。


「あのっ。では……リーダ君の、そのっ、望みとは?」

「はい。私は、このスプリキト魔法大学で学び、卒業したいのです。進級試験の合格に向けた勉強中……このような事になって辛いのです。勉学に励み、魔法の究極へと至る道を進みたい。そう考えています」


 我ながら良いこと言った。

 学生だもんな。学生の本分は、やはり勉強なのだ。

 質問を投げてきたアットウトも、目をパチクリしていて感激していることがわかる。

 騒がせた罰などを受ける可能性がある。

 とりあえず、良いこと言って、退学は避けたい。

 口頭で怒られるか、停学が許容範囲だ。

 やる気をアピールすれば、なんとかなる……そう思いたい。

 ということで、営業スマイルは絶やさない。穏やかに事を進めたいのだ。

 そして、アットウトとオレが、未来に向けたやりとりをしていた時のことだ。


「リーダ君。少し、我々は席を外します。このまま、しばらく待っていて下さい」


 突如、ビントルトンが、スッと立ち上がって言った。

 その言葉の直後、3人の大教授がフッと消えた。

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