第555話 あしきり
スプリキト魔法大学は、赤茶色の塔と緑の芝生が特徴的な学校だった。
まばらに木々の生える台地に、学校はある。
敷地をぐるりと取り囲むレンガの壁。入り口には衛兵はおらず、代わりに奇妙な石像があるだけだ。
「あれ……ゴーレムか」
入り口を通る時、サムソンが壁の端を見て言った。
その視線の先にあるのは、奇妙な形をした兵士の石像だ。
石像は高く、オレの身長の3倍は超える高さ。体の大部分を占める長い胴、オレの足より短い足。頭は円錐形で、手には柄の長い槍。
鎖帷子を彷彿とさせる細やかな彫刻が像にしてある。
ピクリとも動かないので、ゴーレムかどうかはわからない。だが、入り口を見張るようなポーズで、見下ろしている様子から、ゴーレムと推察するサムソンの言葉に同意する。
「素敵です。来て良かったと思います。思いません?」
入り口の先に広がるスプリキト魔法大学を見て、カガミが感嘆の声をあげる。
そこは刈り揃った芝生が広がり、所々に巨大な木が生えた綺麗な場所だった。
赤茶色の……いわゆるレンガ色の道が、緑の土地に映えていた。そこに建つのは円筒形をした大小様々のレンガ造りの塔。
芝生には寝転がって談笑する学生や、放し飼いの羊や馬。それから、小さな子供達。歳はノアよりも年下ばかりだ。子供達は、楽しそうに遊んだり走り回っていてる。それを追いかけている保母さんっぽい人達は大変そうだった。
広々とした敷地に広がる、レンガ色と緑色が特徴的な、平和な雰囲気で満ちた場所。
スプリキト魔法大学はそんなところだった。
美しく立派な大学。そこで始まる楽しげな大学生活。
そんな素晴らしい日々の始まりは……いきなりつまづいた。
「リーダ、お前……」
白く巨大な石版を前に、サムソンが声をあげる。
この白い石版は、大学が生徒に対し連絡したい事項を見せる魔法の石版だ。いわゆる掲示板。
リーダを3級と認定するという文言が、石版には表示されていた。
「足きりがあるなんて思わなかったんだよ」
「いや、お前、資料に目を通しておけば簡単だったろ?」
「見てない」
「え? 見なかったんですか?」
大学生活初日、諸々の事務手続きの後で、テストを受けた。
スプリキト魔法大学は5つの等級がある。
最高等級は第1級。最低は5級。
年4回ある進級試験の結果によって等級が上がる。第1級に在籍する生徒は、年に2回の卒業試験を受けることが出来る。合格したら晴れて卒業……そういう仕組みだ。
結果によって、どの等級になるのかが決まるテストだ。
試験科目は3つ。魔法知識、魔法技術、教養。
魔法知識は、魔法陣を見て何の魔法かを当てる試験。これは、魔法陣が読めるオレ達にとっては楽勝だ。
それから、魔法技術。これも、いくつかの魔法を詠唱するだけで楽勝。
教養は、歴史や地理、加えて紋章の意味など。スターリオから資料を貰っていたので、読めばなんとかなる。
一科目の満点は50点。合計150点、90点以上とれば第1級。
楽勝じゃ無いかと思った。
こりゃ、卒業も簡単だなと同僚達と盛り上がった。
事務手続きをして、テストを受けて、それから豪華な食堂での美味しい食事。
自信満々で、明るい気分で見た石版の結果がコレだった。
「お前ら……勉強してないって言っていたじゃないか」
「言いましたけど、本当に何もしていないと思いませんでした」
「そりゃ、最低限の勉強はするだろ?」
原因は、オレの油断。
具体的には、足きり。
大学生活初日に軽い気持ちでうけたテストには、足きりという制度があったのだ。
いずれかの科目で15点を下回ったら合計が良くても第3級からスタートだったのだ。
石版の表示からオレの教養は8点だったらしい。つまりは、教養の出来が悪く3級スタートが確定したわけだ。
「騙したのか? オレを?」
全科目満点という結果をたたき出した、2人の同僚を、オレはじろりと見る。
「いや、まぁ……そうかも」
「ピュアで仲間を疑わないオレを騙すなんて」
「まぁ、次は頑張れ」
冷酷非道な同僚2人と別れて、教室へと急ぐ。
1級と3級では教室が違うのだ。
「あれ、どっちだ?」
「おぉぅぃ、新入生ぃぃ。そーちーらは倉庫だ。3級なら、ああーちぃだぁ」
地図を片手に教室を探していると、頭上から、とてもスローな声が聞こえた。
見上げると、顔のある巨大な木がこちらをギョロリとした目で見ていた。
しゃべる大木……トレントだ。
スプリキト魔法大学には沢山のトレントがいた。
そいつらは、なぜか沢山いる小さな子供をあやしたり、道案内をしていた。
「助かりました。ありがとうございます」
親切なトレントに礼を言って、駆け足。
「この塔か。地図、分かりにくいな」
背は低いが横幅の広い塔へとたどり着いた。ここで共通授業という大人数が受ける講義があるそうだ。科目は、複製魔法概論か。普通に難しそうだな。
間に合うのかな……時計がないのが面倒だ。
スプリキト魔法大学も、鐘が鳴る。日中6回鳴って時間を教えてくれる。
時間は看破の魔法で日時計を見るとわかるが、面倒くさい。
日時計のサイズが小さいと時間がわからない。それなりに大きな日時計を延々と見るのは負担なのだ。
焦り急いで向かった教室。だけど、入り口を見て安堵する。
入り口ドアには絵が描いてあって、それを見ると間に合ったことがわかった。
「いそげやいそげ水瓶の水がこぼれる前に……か」
おそらく魔法の力なのだろう。
絵と文字が、教室の扉に描かれていた。
そして、それはユラユラと動いていた。描いてある水瓶にはまだ3分の1も水は入っていなかった。
教室にいくと、心配と裏腹に巨大な一室はガラガラだった。
広々とした教室には、一方には巨大な黒板。それが見やすいように、階段上になった長机。
たどりついた教室は、もとの世界でみる大教室そのままの空間だった。
どうやら、遅刻どころか、早く来すぎたようだ。
数人の集まりが、いくつかあるだけだった。多分、貴族と従者だろう。
日の当たりがいいのが救いだ。始まるまで教室の隅っこで寝ておこう。
「お前は?」
そう思っていたら、席に座った直後、いきなり話しかけられた。
どこかで見たことのある人。くすんだ金髪の……あれだ、ノアのお爺ちゃんの。
「セルベテ様?」
つい最近……といっても何ヶ月か前に、王都に行く途中の宿で揉めたセルベテがいた。
「お前は何級だね」
この人は、よその国の人だ。この場所にいる理由を聞こうと思ったら、追加の質問が来る。
「3級です。ここは3級の人だけが来るのでは?」
「今日の講義は3級以下だ。フン……3級か、なかなかやるな。一応、ノアサリーナ……様の配下ということか」
そうなんだ。この大学の仕組みをまだちゃんと理解できていないようだ。卒業のため、最低限のルールは調べておいた方がよさそうだな。
カガミあたりに聞けば教えてくれるかな。
「えっ。リーダ様って、あのリーダ様なのですか?」
そしてセルベテと話をしていると、また別の人に声をかけられる。
淡い青髪の女性だ。オレと同じか年上っぽい。
「あの……と言われますと?」
「ノアサリーナ様の、従者の……リーダ様ですよね? 私、ファンなんです。あの、吟遊詩人の歌で」
綺麗なお姉さんに、ファンと言われて悪い気はしない。
「吟遊詩人の歌は、誇張もされているので、話し半分にしておいてください」
だが、ヘタに期待されると面倒くさいので、釘を刺しておく。
吟遊詩人の歌では、オレも知らない妙な魔法を使って、敵を次から次へと倒しているのだ。用心に越したことはない。
「そうですね。でも、実物も素敵です。あっ……申し遅れました。わたくし、ヘレンニアと申します。以後よろしくしていただければと存じます」
ヘレンニアと名乗った彼女は、潤んだ赤い目でオレを見て、スカートを軽く摘まみお辞儀した。
そんなヘレンニアの自己紹介に続き、次々と人が近寄ってきた。
「ふむ。ヘレンニア様が気になる男か。あぁ、私はクロムカートンだ。ジルシット家の者だ」
「あっ、貴方は、ノアサリーナ様の……貴方もここに来たのね。スプリキト魔法大学へようこそ。分からないことがあったら、この私、ピサリテリアに聞くといいわ」
「私、ニフレインでございます。あの、ピサリテリア様が……を……助けていただきありがとうございました」
「はん。呪い子の従者か、あまりスプリキトの名を汚してくれるな。名前? 名前は、トートリオンだ」
次々と自己紹介は続くが、憶えていられない。
そうこうしているうちに、巨大な教室に人が集まってくる。
よく見ると、貴族である学生の従者が大半らしい。
多い人だと、一人の学生に10人以上の従者がいる。
つまりは学生はそんなにいない。あんなに従者を連れてどうするのだろう。
まぁいいか。
オレの目的はさっさと卒業することだ。
さて、授業に集中しようか。
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