第554話 にゅうがくじゅんび
王様の謁見から数日後、オレ達は王都にある星読みスターリオの屋敷に出向いた。
何百人もの使用人が、あちらこちらで仕事をしている巨大な屋敷だ。
これを見ると、スターリオは身分の高い人なのだと実感する。
ただ、案内された部屋で、暖炉前に座って手をかざしていた彼女を見て安心した。ギリアの屋敷で話をした時のように、親しみやすいお婆さんのまま変わりが無かったからだ。
「じゃぁ、あんた達の3人が入学するんだね」
「はい。お願いします」
オレと、サムソンにカガミが、大学へと入学したい旨を伝える。
目的は、魔法の究極だ。
つまり願いを叶える魔法……その神髄が記載されているという黒本エニエルの閲覧。他にも、スプリキト魔法大学にある資料を可能な限り読む。
星読みスターリオには伝えていないが、一人が卒業できた後、他にめぼしい資料がなければ、残る二人の休学または退学も計画している。
スターリオへのお願いが終われば、今度はスプリキト魔法大学へと向かう。
久しぶりに王都を出たせいか、海亀はご機嫌だった。
軽快な足取りで、綺麗に整備してある街道を進んでいく。
まだ冬の季節だが、ここ数日は天気もよく暑いくらい。
「風が気持ちいいと思います。思いません?」
「そうっスね」
いつも誰かが、小屋を取り囲む柵に体を寄りかかり、流れる景色を楽しんでいる。
遠くに、3つの塔を見つけたのは、そんな快適な日の事だった。
「あれがスプリキト魔法大学?」
「そうだと思います」
茶釜に乗ったミズキが声をあげ、海亀の御者をしているピッキーが答える。
スプリキト魔法大学は、王都から西へ、街道を5日ほど進んだ先にあった。
3つの巨大な塔が象徴の学校だ。
王都にある士官学校と並ぶ、ヨラン王国を代表する学問の府であり、魔法知識の探求にあっては、世界でも先端をいく施設らしい。
ちなみに大学といっても元の世界にあった大学とは意味が違う。高校、大学の区分けというわけではなくて、単に大きな学校という意味だ。
「もう少し近づく?」
小屋を囲む柵によりかかって外を見やるオレに、ミズキが聞いてくる。
ミズキの視線の先、遙か遠くに見える森の中から、ニョキっとのぞかせる3本の塔がみえた。
「そうだな。近づいてくれ。でも、目的地は町だ」
「イスケット?」
「そうそう。先に、生活拠点をなんとかしよう」
「賛成です。それが良いと思います。入学は先ですし」
大学内にある寄宿舎には住まず、大学に通うことにした。
皆がバラバラになるのは避けたい。ノアも別れて暮らすのは嫌がっていたしな。
だから、魔法大学の近くにある町のはずれで暮らすことにした。
ということで、大学に近づきはしたが途中で方向を変えて、イスケットの町へと向かう。
たどり着いた石壁に囲まれた町は、なんだか懐かしい感じがする町だった。
イスケットの町はギリアに雰囲気が似ていた。
壁に囲まれた土地が広いわりに建物が少ない、スカスカなところが特にギリアそっくりだ。のんびりとした雰囲気が心地いい。
町から少しだけ離れた場所に、トゥンヘルに飛行島を運んできてもらい、そこで暮らすことにした。
飛行島を森の中にある窪地へ着地させ、なおかつ周りを背の低い木々で覆い、普通の一軒家に偽装する。海亀の小屋もあるので、部屋を広々と使えて快適だ。
大学まで馬車で片道1時間の距離。オレ達にとっては好条件の立地だ。
イスケットの町の側で暮らす事にしたのは、スプリキト魔法大学に通いやすいこと、そしてピッキー達の修行の為だ。レーハフさんにギリアへ戻れ無くなった事を、トゥンヘルを通じて伝えたところ、知人を紹介してくれた。
その人の本拠地がイスケットの町にあったのだ。
古い木造の職人ギルド会館で、その人と落ち合う。
「ワシは、レーハフなんぞよりも立派な職人だからな。ビシバシ行くぞ」
「はい」
クントッコという名の職人は、細身のおじいさんだった。
すでに隠居して長く、レーハフさんと話をしたときにピッキー達の自慢をされて悔しかったらしい。
言っている事は厳しいが、頬が緩みっぱなしだったので、心配なさそうだ。
ギリアの屋敷にいる家畜の世話はキンダッタにお願いすることにした。報酬の代わりとしてラーメンのレシピを教えた。
「せっかくだから、王都でしばらく過ごすことにするよ。何かあったら気軽に呼んでくれ」
飛行島を持ってきたトゥンヘルは、寝ぼけ眼のアロンフェルと一緒に王都へと遊びにいった。トゥンヘルには、王都でオレ達が過ごした館を使ってもらう。
ラングゲレイグから、オレ達が好きに使ってもいいと言われているから、大丈夫だろう。
こうして、生活拠点は順調に整備できた。
生活拠点の次は、入学に備えて身の回りの準備を進める。
「いいじゃん。カガミ、似合ってる」
飛行島の家、その広間の一室で、真新しい服を着たカガミとミズキがはしゃいでいる。これも、その一環。
ノアやチッキーも楽しげな雰囲気だ。
広間は、ちょっとしたファッションショー気分で盛り上がった。
そして、すぐに飽きてしまったオレやサムソンは、亀の背に追い払われて、解せない気持ちで一杯になった。
カガミ達が着替えて遊んでいるのは制服。
スプリキト魔法大学は、制服が決まっている。深い青を基調とした制服。これは一から仕立てなくてはいけなかった。
女性は、スカートかローブ。
男性は、半ズボンか、長ズボンか、ローブ。さらに、その上からコートを羽織るので、服が重い。
「なんだか、やる事が沢山あるぞ」
もちろん、スプリキト魔法大学への入学準備と平行して、魔法や魔導具の研究も欠かさない。
飛行島にある家の広間は、研究結果や新しい試みの報告で話題が事欠かない。
例えば、魔法によって食べ物の味が変わった報告。
「この野菜、甘いな」
「えぇ。黒本ウレンテの中身を参考に、野菜を虫から守る魔法を書き換えてみました」
黒本ウレンテには、農作物の味を、魔法によって調整する方法が書いてあった。
野菜を虫から守る魔法の一部を書き換えて使用すると、育った野菜の味が変わる。
どうやって魔法陣を訂正すると、どういう風に味が変わるのかについて記載した本だった。
面白い内容の本だが、超巨大魔法陣の解析にはあまり貢献してはくれなかった。残念だ。
本と言えば、工房に依頼していた写本が1つ完成したという話もある。
「中身が、バラバラっスね」
ところが完成した本は中身がバラバラ。
戦争の事が記載してある次のページが、建築の事であったりして、脈絡が無い。オレ達以外は、古い時代の文字が読めないのだから当然こうなるのだろう。
「このリスト……カガミ氏がつくったん?」
「えぇ。司書になりたいと思ったことがあって、分類表を参考にしました」
対策として、図書分類表なるものをカガミが作り、編綴をし直すことにした。
追加料金でお金がかかるがしょうが無い。
図書分類表に基づき、ページにメモをして、そのメモごとに本を作り直す。
残りの写本が終わった後に、まとめて取りかかる予定だ。
さらに資料集めは続く。
「これ、全部、黒本とかがありそうな場所っスか? さすがっスね」
「見込みありそうだ」
「スライフに聞いたんだよ。フェズルードの時みたいに」
皆が、オレの用意した資料を見て驚く。
黄昏の者スライフに頼み遺跡の場所を探し当ててもらったのだ。
判明した場所に、懸賞金をかける。
黒本などがあると当たりをつけた迷宮や洞窟の調査を、冒険者ギルドに依頼する。報酬はトータルで金貨1000枚だ。スライフにお願いして探して貰った場所だ、そのうち見つかるだろう。ダメだったらオレ達で探しに行く。
「お金が必要だね」
「王都で、マヨネーズがじゃんじゃん売れればいいんスけど」
「プレインの営業に期待するよ」
黒本などの写本にかかるお金などを考えると、王様から貰った褒美の賞金だけでは心許ない。
追加の収入のあては、プレインのマヨネーズ。
一応ノアサリーナ商会は、マヨネーズを売る商会なのだ。
もっとも、実際に動くのはオレ達ではない。
王都でマヨネーズを売るにあたり、バルカンに相談したところ、彼が手がけてくれることになった。彼の奥さんであるデッティリアにギリアを任せて、単身赴任で頑張るそうだ。
加えて、上手い具合にピッキー達がマヨネーズの営業をしてくれる。
相手は、謁見室でのピッキーの態度に感銘を受けた貴族の人達。
オレはマヨネーズに関してはノータッチだが、報告は聞く。
「ピッキー達が大活躍っスよ」
皆、ピッキー達が気に入っているようだ。
ラングゲレイグが言うには、礼儀正しい子供の獣人であるピッキー達3人は、王都の貴族女性にちょっとした人気らしい。
特に第4騎士団長ディングフレは、娘からピッキーを家に呼んで欲しいと、突き上げをくらっていて、困っているそうだ。
そんなわけで、ピッキー達を連れてきて欲しいと、ラングゲレイグを通じて頼まれている。これにはミズキが3人を引き連れて、褒美のお礼を言いに行くという名目で対応することになっている。
やる事が盛りだくさんだが、順調に日々はすぎる。
お金の問題はあるが、大きな問題は無い。
そして、オレ達はスプリキト魔法大学への準備を無事終えた。
明日から大学生活が始まる。
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