第528話 おじいちゃん
オレの沈黙をどう受け取ったのかわからないが、彼女の話は続く。
「それが、皆様の活躍……そしてノアサリーナ様のお話を聞き、カロンロダニア様は気力を取り戻されました」
「ノアサリーナ様のお話とは?」
「吟遊詩人の歌です。遠い遠いギリアの地にて、病に苦しむ獣人へ、希少な薬を分け与えた話です。悪辣な奴隷商人を打ち負かし、薬を分け与えた話です」
あぁ、チッキーにエリクサーをあげた件か。
そういえば、吟遊詩人の歌になっていたな。
「そして、気力を取り戻されたカロンロダニア様は、レイネアンナ様と一緒にいた者を迎えに行くと言い出されたのです」
「迎えに、それで、ヨラン王国に来られたですね」
「そうです。そして、王の許しを得るために、貴族の若者に異国の状況を見せるという名目でこちらに参りました」
「では、セルベテ様も、そのうちの一人ということでしょうか?」
「左様です。皆様には少しご迷惑をかけました。遠く見慣れぬ異国の地にて、やや浮かれていたようでございます」
彼女はちらりとこちらを見て苦笑した。
「なるほど、浮かれて……」
修学旅行中に羽目を外しすぎたってところか。
そう聞くと、彼に対しての印象も変わるな。
見た目は全然違うが、観光名所ではしゃぐ学生と、セルベテの姿が被って笑えてくる。
ミズキに対しては……あれかな、バスガイドのお姉さんにちょっかいをかけるとか、そんな感じだったのかな。
「さて、あちらの突き当たりの部屋が、カロンロダニア様のお部屋でございます」
そして、ややあって、扉の前に立った彼女は、扉に手を軽く触れた。
『チリリン』
すると、小さく澄んだ鐘の音が響く。
「誰だ?」
「キターニアです。カロンロダニア様、ノアサリーナ様の筆頭従者リーダ様をお連れしました」
扉からカロンロダニアの声が聞こえ、キターニアが扉に向かって答えた。
まるでインターホンだ。
キタニーアが答えた直後、ガチャリと扉が開いた。
誰かが開けたわけではない。勝手に開いたのだ。おそらく魔法だろう。
部屋には、カロンロダニアが一人待っていた。
テーブルには、話にあったとおり闘技箱といわれる魔導具が置いてある。
それは、オレ達が先ほど使った物とは比べものにならないほど立派な物だった。木枠に細やかに彫り込まれた彫刻は、美術品といっても過言ではなく、深い茶色に鈍く光るたたずまいは年期を感じた。
「わざわざ、すまないな」
「いえ。とんでもございません」
オレが部屋に入ると、カロンロダニアは立ち上がり出迎えてくれた。
「最初に……いろいろと済まなかった。立場上、皆の前で、頭を下げるわけにはいかなかったが、大変迷惑をかけたと思っている」
そして、そう言ったカロンロダニアは深く頭を下げた。
「いえ、やはり立場がおありでしょうし……気にしてはいません」
この人が迷惑かけたわけじゃないからな。
どちらかというと、周りの人が起こす騒動に、巻き込まれて大変だなという印象だ。
「ところで、一人で来られたのかね?」
「はい」
「そうか。ところで……」
「なにか?」
「あぁ、いや……そうだな、一人では大変だろう。誰かつけようか?」
そう言って、カロンロダニアは、テーブルに置いてある魔導具をチラリと見た。
なるほど。あの闘技箱は案外大きい。一人で持つのは大変だと心配してくれたのか。
だが、問題ない。
「大丈夫です。一人でも」
そう言って自分の影に闘技箱を投げ込む。影収納の魔法はかさばる物の運搬にこそ力を発揮するのだ。
「初めて見る魔法だ」
そんな影収納の魔法を、カロンロダニアは興味深そうにジッと見ながら呟いた。
そりゃそうだろう。オレのオリジナル魔法だからな。
「そうですね。珍しいと言われます」
「リーダ殿の……他、ノアサリーナ様の従者は皆が使用できるのかね」
「いえ。私だけです」
他の奴らは、せっかく魔法陣を提供しても、難しいの一言で放置しているからな。
「そうか。さすがだな。ノアサリーナ様が信頼するだけはある」
「信頼ですか?」
「ノアサリーナ様は、リーダ殿が一番凄くて強いと褒めていたのでな」
「そんな風に、お嬢様から評価していただけて、嬉しい限りです」
しみじみと言ったカロンロダニアの言葉に、愛想笑いで答える。
一番凄くて、強いか。
「あぁ。本当にノアサリーナ様が頼りにしているのが、少し話をしただけでわかったよ。ところで……」
「はい」
「いや……そうだな。この闘技箱なのだが……」
それから、闘技箱の使い方について、簡単な説明書きを受け取った。なんでも、カロンロダニアの先祖が考案した代物らしい。
あわせて聞いた説明から、目をつぶると、あの人形から見た視点で動かすことができるという。というか、それが本来の使い方のようだ。
「魔力の操作は、イメージする力が必要だ。あの闘技箱はその力を育てる」
そして、闘技箱が、なぜ彼らの国であるグラムバウム魔法王国で盛んなのかも教えて貰った。
「それでは、失礼します」
「あぁ……あぁ、引き留めてしまったな」
魔導具の説明をうけ、少しばかり世間話をした後、帰ることにした。
話をしている途中、何か言いたげだったカロンロダニアの態度が気になった。
だが、オレが闘技箱を持ち帰るのを、サムソンは期待していたし、カガミもピッキー達を含めて一緒に皆で遊ぼうと盛り上がっていた。
結局、少しだけ考えて、すぐに戻ることにした。
「君……勇気があれば……」
別れを告げ、ドアノブにオレが手をかけたとき、カロンロダニアの絞り出すようなかすれた声が、背後から聞こえた。
「え?」
「私は、弱く、酷い人間だ……娘を、自分の娘であるレイネアンナを、予言により定まっている運命を知りながら、差し出してしまった。助けを求める手紙を暖炉にくべて……」
それが自分に向けられた声なのかわからず、オレは振り返り、カロンロダニアを見た。
椅子に座るカロンロダニアは、俯いていた頭をふと上げて自嘲気味に笑った。
「いや。独り言だ……忘れてくれ、すまない」
そして、静かに手を振った。
帰り際の小さな出来事……なんだか辛そうだったな。
静かに帰りの道を歩きながら、カロンロダニアの様子を思い出す。
あの人は、レイネアンナさんの父親なのか。
そっか、ノアの母親の……って、あれ?
ということは、ノアのおじいちゃんじゃないか。
すぐに気がつくべきだった事に、オレが気付いたのは、宿泊している宿に戻った後だった。
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