第510話 おとなりさん

 どうして?

 有名なグリフォンが襲ってくるのだ?

 理由が分からない。

 そのうえ、飛行島は勝手に動く。

 あいつが原因?


「ほれほれ。よそ見をしている暇はないぞ!」


 グリフォン……賢者と呼ばれるフィグトリカは、楽しげに言うと大きく金色の翼を広げ、羽ばたいた。


『ダン、ダダダダダ』


 直後、地面に羽が突き刺さる。

 羽を飛ばしてきた?

 次々と放たれる羽は、地面に突き刺さる。


「やだっ」


 まるで標準を定めるかのように、次々と突き刺さる羽を見たカガミは、自分に向かって飛んでくる羽を飛び避けた。


「カガミ!」


 さらに追撃を考えていたのだろう、カガミに後足を突き出し、フィグトリカは上空から襲いかかる。

 茶釜に乗ったミズキが、援護に入ろうと突進するが間に合いそうにない。

 まずい。


「ヌゥ」


 だが、フィグトリカは突如身を翻し上昇した。

 よく見ると、奴に向かって魔法の矢が何十本も飛んでいた。

 サッと振り返ると、両手を地面につけたノアと目が合う。


「さすが、姫様」


 そんな間も、フィグトリカは上昇する。追い縋る魔法の矢から逃れようと。

 だが、ノアの使う魔法の矢は、追尾性能が段違いだ。


『ドスッ』


 とうとう避けきれなくなり、フィグトリカに魔法の矢が突き刺さる。

 そして、耐えきれなくなった奴は、グルグルときりもみ飛行さながらに、回りながら落下した。


「ノアちゃん!」


 カガミが悲鳴のようにノアの名前を呼ぶ。

 違う。フィグトリカは落ちているわけではなかった。

 大きく体を回転させ、振り回す翼でさらに飛びかかる魔法の矢をはじきつつ、ノアへと突進していたのだ。


「姫様!」


 いち早く気付いたハロルドが駆け寄るが、間に合いそうにない。

 フィグトリカは、魔法の矢から逃げつつ術者であるノアを倒すつもりだ。

 ぶつかる。

 そう思った瞬間、ノアは大きく後にバク転して飛び避けた。さらに、体のバネを生かして、手に持った赤い剣で反撃する。


「ヌゥゥ……呪い子がぁ!」


 振り絞るようにフィグトリカは声をあげ、翼を大きく羽ばたかせ、後足も利用し急ブレーキをかける。


『ドス、ドスッ』


 だが、避けきれない。

 まだ、ノアの放った魔法の矢は残っていた。

 大きく後に逃れようとしたフィグトリカの背後から、魔法の矢は襲いかかり、音を立てグサリと突き刺さった。

 そして、奴は前のめりになる。

 加えて、カウンターとして振り抜かれたノアの一撃。

 鋭い一撃は、フィグトリカの突き出した前足の先、爪を切り飛ばした。

 だが、相手もやられるままではない。

 再び大きく羽ばたき、その風圧でノアを吹き飛ばし、さらなる追撃から逃れるべく、大きく上昇した。


「ナイス、ノアノア!」


 でも、オレ達の反撃は終わっていなかった。

 フィグトリカの逃れた先、そこには、待ち構えていたかのように大きく飛んだ茶釜の影があった。

 茶釜……あんな高さまで、どうやって飛んだのだ?


「エルフ馬、どういうことだ?」


 上空で待ち構えるように飛んでいた茶釜に、フィグトリカが驚きの声をあげる。

 さらに驚きはそれだけではない。

 茶釜の影から、矢をつがえたプレインが、ヌッと飛び出した。

 矢はフィグトリカに向かって放たれ、さらに茶釜からミズキが飛び降り、手に持った剣で斬りかかる。


『ブォン』


 風切り音が響く。

 ミズキの振り抜いた剣は、フィグトリカをすり抜けたのだ。

 プレインの放った矢も、奴の体に当たる事無くすり抜け、地面に突き刺さる。


「ヌワァハハハ。参った。参った」


 間の抜けた声がした。

 声がした方を見ると、飛行島の端からフィグトリカのよじ登る姿が見えた。

 飛行島の端にかかった前足、その右足の爪が欠けている。


「幻術でござるな」

「そこがハロルドの言う通りだ。爪を切られてしまった時、こりゃ敵わんとな。幻術を使って、飛行島の下に逃れたのだ」

「もうやめでござるか?」

「ヌハハハ。負けだ。負けだ。せっかくだから、ちょいと手合わせしたかっただけだ。それにしても、飛行島を操る者がいるとは。まだまだ知らぬことは多い。ヌハハハハハ」


 高笑いしながら、のっそりのっそりとフィグトリカは近づいてきた。

 勝手なものだ。一方的に喧嘩ふっかけておいて、勝手にやめる。

 もっとも、戦いが終わることについては願ったりなのだが。


「あの……爪」


 ノアが申し訳なさそうに、ゲラゲラと笑うフィグトリカへ声をかけた。


「ん。問題ない。それに、ワシが勝手に喧嘩を売り、勝手に怪我しただけだ。いやはや、ハロルドの指導によるものか? なかなかの手際に恐れ入ったわ」


 前足を少しあげて、フィグトリカはそう言うと、バサリと翼をはためかせ、地上へと飛び降りていった。


「まだ……上昇してるっスね」

「あぁ」


 フィグトリカが去った後も、飛行島は上昇を続けていた。

 どうしたものかな。

 次の問題は勝手に動く飛行島だ。あのグリフォン……フィグトリカは関係ないよな。

 あの言動から嘘を言っているようにも思えない。


「サムソンの所、いってみようよ」


 ミズキの提案で、2階の操縦席に行くことにした。


「操作が効かないぞ」


 お手上げとばかりにサムソンが両手を挙げて歓迎する。

 それは、そんなサムソンに、苦笑し応じていたときの事だった。

 2階の操縦席にある壁。

 プレインが、壁の一方を指さす。


「壁の色が違うっスね」

「前から?」

「いや、違うぞ。少なくとも、オレが席に座ったときは違った」

「ん……と?」


 色の違う部分を手で触れたミズキが首を傾げると、グッと手を伸ばした。


「ミズキお姉ちゃんの手が!」


 ノアが大声をあげる。

 ミズキが小さく声をあげ、首を前に突き出すと、さらに一歩踏み込んだ。

 空中でミズキの半身が消える。

 驚くオレ達に対し、一歩後に下がったミズキが、ヘラヘラと笑って振り向いた。


「なんか繋がってるっぽい」

「ぽいって……危ないだろ。触ったとたんドカンとかだったらどうするんだ?」

「へーきへーき」


 そう言って笑うミズキについて壁を通り抜けると、薄暗い場所に出た。

 足下に段差があって、一瞬焦ったが、少し進むと、そこは地下室だった。

 地面には沢山の魔法陣。

 特に、中央にある巨大な魔法陣には見覚えがある。

 ギリアの屋敷……地下室。


「ワープするんだ。へーへー」

「なるほど。あそこに飛行島をとめて、出入りはあの色の違う壁を使うのか」


 サムソンが地下室を一瞥し、オレ達が降りた階段を見て言う。

 いわゆる駐車場ならぬ、空にある駐飛行島場ってところか。


「王様に取られるとか考えると、空に置いた方が便利っスよね」

「でも、海亀は降ろさないといけないから、一旦は降りる必要があると思います。思いません?」


 確かにな。


「それじゃ、一旦戻るか……そうだ、ロンロ。隣に住んでいる人を一応確認してもらえないか」

「分かったわぁ」


 外の偵察をロンロに任せ飛行島に戻る。

 飛行島は、一旦停止したあとは、また簡単に動かせる事が分かった。

 止まるか、スピードを落とすと自動的に動く仕組みのようだ。

 そしてお隣さんも簡単に判明する。


「キンダッタ?」

「そうよぉ。他にもフェーリタ族が沢山」


 猫の獣人であり、南方で有名な戦士団である金獅子、その1人キンダッタ。

 あいつが、隣。

 ついでに同族が沢山。

 つまりは猫の群れ。

 隣に家を建てやがったのはキンダッタか。


「だったら危険じゃないっスね」

「堂々と戻るか」


 念の為、飛行島を降ろすのは後回しにして、屋敷に帰る。

 新しくできた屋敷の入り口前で、フィグトリカと何やら話をしているキンダッタを見つけた。


「キンダッタ様。お久しぶりでございます」

「これは、ノアサリーナ様」

「ギリアへ来られていたのですね?」

「まぁ……ワタクシはやめましょうと言いましたゾ。ですが……」


 何かを言いよどみ、キンダッタが、真新しい屋敷の方をちらりと見た。

 その先に、こちらに向かってくる一団があった。

 ドレス姿の猫に、メイド姿の猫がぞろぞろと続く。

 また増えた。


「これは、これは。ノアサリーナ様。初めまして、わたくし、レオパテラ獣王国公爵令嬢エスメラーニャと申します。金色彩る収穫の時はすぎ、冬の眠りを迎える頃、暖かい出会いは幸運の兆し、素敵な出会いに感謝いたしますわ」


 真っ白で、やや首の長めな猫の獣人が、スカートの端をつまみお辞儀する。


「初めまして。私も、暖炉に火を灯すより前に、暖かな出会いを得て、嬉しく感じます」


 ロンロの助言をうけて、ノアも静かにお辞儀で返した。


「先日、こちらに越して参りましたの。ふと見ると、景色が美しくて、是非ともこの地に別荘をと思いましたの。それに……ノアサリーナ様とも、お近づきになりたいと思っているのですのよ」


 そう言ってニコリと笑う。

 そして彼女は、言葉を続ける。


「ですので……今日は、旅の疲れもあるでしょうから、また日を改めてお茶会などをお誘いしてもよろしいかしら?」

「えぇ喜んで」


 そんなやり取りをして話を終わった。

 旅から戻ってきて、いきなりのお隣さんという出来事。

 最初はどうなるかと思ったが、ノアとも友好的な隣人だし、問題ないか。

 ともかく、久しぶりの屋敷だ。

 とりあえず、一休みしよう。


「そういえば上空から見たんだが……温泉への道、あいつら勝手に引いてるぞ。ロープウェイが2つに増えていた」


 そのそばから、サムソンからロクでもない報告を受ける。

 キンダッタの奴め。

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