第505話 閑話 誤算だらけ
「ただいま戻りました。兄上」
「あぁ。ラングゲレイグ、其方が領主だ。遠乗りばかりでなく、もう少し領主としてだな……」
いつものように、楽しげな笑顔で執務室に戻ったギリア領主ラングゲレイグに対し、領主補佐フェッカトールは、苦言を呈す。
「いや、まぁ。ハハハ。それはそうと、リーダめから手紙が届きましたぞ」
だが、ラングゲレイグはそれすら楽しそうにあしらい、手に持った巻物を軽く振った。
それは、ヨラン王国にある大手商会を経由して届いた物だった。封蝋がしっかりとしてあり、手紙を縛る紐も立派なことから、重要文書として丁寧に扱われていることが判断できる物だった。
顔を上げたフェッカトールは、目元を隠す鉄仮面の隙間からチラリとみたが、すぐに視線を手元の書類に戻す。
「見る必要はないな。どうせ、いつもと同じだ」
そして、書類から目を離すことなく、言葉を発した。
「確かに、どうせ当たり障りの無いことしか書いてないでしょうな」
ラングゲレイグも、頷き、側にいたヘイネルへと手紙を渡す。
受け取ったヘイネルは、ガサリと巻物を開くと、眺めるように目を通す。
「それにしても、かの者達の足取りが、まさか手紙より先に、吟遊詩人の歌により把握できるとは思いませんでした」
チラリと手紙に目を通したヘイネルの、溜め息交じりの言葉に、ラングゲレイグは苦笑し、フェッカトールは同意するように頷いた。
「最初は何が書いてあるのかと思いましたが……」
「おそらく、モルトールで酒か料理が美味しかったなど、その類いの内容だろう」
ヘイネルのぼやきに、フェッカトールが愚痴るように答える。
そして、手紙の内容は彼の推察通りだった。
「双子砦のモルトールという町で、立派な宿に泊まり、浴場からの景色が良かった……ただ、それだけです」
「やはり……か」
「貴族に対する手紙としては、キチンと整った文章だが、内容はひどく簡素なものです。フェッカトール様の言われるとおり、いつもの……なんとも言いづらくも当たり障りのない内容です」
「くだらない観光旅行記はともかく、吟遊詩人どものつながりは驚愕の一言だ」
ラングゲレイグは、ヘイネルから奪うように手紙を取ると目を通し、見飽きたとばかりに、棚に投げ入れた。それから、手紙など無かったかのように、吟遊詩人の話を口にした。
「どうにもノアサリーナの活躍は人気があるらしく、あっと言う間に広がるそうです」
ヘイネルも、ラングゲレイグに頷き、補足するように言う。
「最初は、誇張がすぎると思ったのだが」
そう言ったフェッカトールは、席を立つと、壁に貼られた地図を見上げた。
そして、その地図に赤い墨で線を書き加えた。
「帝国で……大軍勢を率い、行進ですからな。常識で考えれば馬鹿馬鹿しい、あり得ぬの一言ですよ」
「だが、ラングゲレイグ、其方は言っていたではないか。彼女らは、帝国を振り回すと」
フェッカトールは、ラングゲレイグにニヤリと笑いかける。
対するラングゲレイグは、頭をかきつつ奥にある自分の席に腰掛けると、背もたれに体をあずけ言葉を発した。
「いや、言いはしましたが、まさか地の果てまで続く大軍勢を率いて、歌い踊りながら行進すると、考えたわけではありません」
「確かに」
その場にいた3人が頷く。
「吟遊詩人の歌は誇張がすぎるところが問題だ。だが、地の果てまで続く大軍勢を従え、大激戦の末、地中深くに潜んでいた強力なアンデッドの王を廃したのは事実だろう」
「複数の歌で、その部分だけは一致している……だが、どうしてそうなる? 私には想像つきませんよ。兄上」
「私にも、わからぬ」
ハァと溜め息交じりに答えるフェッカトールに、ヘイネルは何度も頷いた。
ヘイネルは立場上、いろいろな貴族との折衝をしている。
その中で、なんども、なぜノアサリーナは帝国で大軍勢を率いることになったのかを尋ねられていた。
最近は、ギリアの貴族だけではなく、遠方に住む親戚縁者からの問い合わせも殺到し、ヘイネルはその度に胃が痛くなる思いをしていた。なにせ、彼らはヘイネルがいくら正直に知らないと答えても、何か隠していると詮索してくるのだ。
「分かるわけないだろぅ」
だから、最近はしつこさに辟易としながら、問われる度、そう聞こえないようにヘイネルは悪態をつくばかりだった。
いま、まさにラングゲレイグとフェッカトールのやり取りのように。
「まったく誤算だらけですよ」
「確かに、ノアサリーナ達が不在なら、仕事は順調だと思ったが……帝国であれほど名をあげるとはな」
「加えて公爵令嬢の件も……」
ラングゲレイグが公爵令嬢という言葉を口にしたのを聞いて、フェッカトールがハッと顔をあげる。
「そうだった。ヘイネル。南方からの客人、どうなったのだ?」
「はい。フェッカトール様の言いつけ通り対応しています。あと、追加の要望……温泉にかかる件は、例の商人に一任しております」
「そうか。うっかりしていた」
「いえ、滅相もありません」
「商人……確かバルカンとかいう商人だな。お茶の件といい、奴もノアサリーナ達にいい加減振り回されすぎて気の毒だな」
「だが、商人としての儲けも莫大だ。多少の苦労は、しょうがないだろう」
「そうですな、兄上。さて、公爵令嬢の件が解決すれば、奴らがらみの騒動は全て片付きます。貴族達の問い合わせは、知らぬ存ぜぬで通せばいい。やっと落ち着けそうだ」
「あぁ、ようやく、全てが落ち着く」
コンコンと3人のいる執務室の扉が叩かれたのは、ラングゲレイグが一際明るく言葉を発し、フェッカトールが頷いたと同時だった。
それは、王都よりの使者が来訪したとの知らせだった。
「さして緊急でもなく、重要案件でもない、ちょっとした連絡のようだな。ヘイネル、客間の手配を、私は使者を出迎える」
ラングゲレイグは、訪れた使者の立場を聞き、緊張を解く。
事務的なやり取りを専門とする者だったことに、部屋にいる全員が安堵した。
ラングゲレイグとヘイネルが、すぐに部屋を出て行く。
「ヘイネル。物資複製官を、ついでに呼んでくれ。少し確認したいことがある」
「ハッ」
ヘイネルが部屋を出る直前、用事を伝え、フェッカトールは、手元の書類に目線を落とし、仕事を再開する。
「兄上」
だが、文官よりも先に、執務室へと入ってきたのは領主であるラングゲレイグだった。
「使者はどうしたのだ?」
「待たせています……といいますか」
「どうした」
「王が……ノアサリーナを連れてこいと」
「なんだと?」
「王が、ノアサリーナに金を……褒美を出すことにしたそうです」
ラングゲレイグの投げやりな言葉に、フェッカトールは無言になる。
「帝国にいるはずの……ノアサリーナに褒美? 何が……。いや、彼女らは何をしたのだ?」
そして、絞り出すように、フェッカトールは天を仰ぎ声をあげた。
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