第444話 こうしんのおわりに

「一言?」

「世界平和! それは世界平和にございます!」


 オレの言葉に、静まりかえっていた周りがざわめき出す。

 質問が漠然としていたのだ、答えも漠然としていても大丈夫だろう。

 もう誠実な答えなどくそ食らえだ。


「世界……平和だと?」

「はい」

「えぇ」


 うろたえたよう反応する頭上の男に、オレは自信満々に頷き、ノアも落ち着いて頷き同意する。

 オレの答えは世界平和。

 平和が一番ですよねって答えは、さすがに否定はできないはずだ。

 細かいところでは齟齬がでるだろうが、総論としては問題ないはず。

 総論賛成、各論反対ならぬ、各論反対かもしれないけれど、総論は賛成ってやつだ。

 ん?

 ゴーレムの頭上に立つ人影。

 声から男だとわかるが、彼とは別に、もうひとり誰かがいるようだ。

 オレの世界平和が目的という回答に、うろたえた男が後ろにいる誰かに相談しているのがわかった。

 あたりは、いつの間にか真っ暗で、夜空には満天の星、そしてゴーレムの後ろに満月が見えた。

 月に照らされ、後ろにいる人物は空に浮いていることがわかる。


「世界平和とはどういうことだ? 細かく申せ!」


 質問は漠然としていたくせに、返答は細かく言えとは。

 でも、問題ない。


「リーダ」


 ノアが小さく頷きオレを見る。


「はい。お嬢様。世界平和とは、世の中全ての人が、幸せに暮らせる世ということになります」


 世界平和を知らないのか。

 それとも時間稼ぎなのか。

 よく分からないが、勢いで押し切る予定なのだ。考える隙など与えるつもりなどない。

 即答。即答で、いく。


「では、世界平和と、この行進はどうつながる?」

「アンデッド。そして、魔物。両方とも、世の中にいる人々の生活を脅かす存在にございます。聖なる力でなぎ払い、世の中をよくする為、多くの人の協力が必要でした」


 これも即答。

 何があっても世界平和で押し切る。

 回答が漠然としているので、こじつけやすい。

 オレの言葉に、またもやゴーレムの頭上にいる人は後ろを向いて誰かと相談する。


「ノアサリーナ! お前の口から聞きたい、お前の望みは何だ!」


 しばらくして、考えがまとまったのか、ゴーレムの頭上から大きな声でさらに問いかけがあった。

 心なしか焦っているようにも感じる。


「私が、代わりに……」


 ノアとは打ち合わせをしていない、世界平和なんてただの思いつきだ。


「ダメだ! ノアサリーナから直接聞かせて頂きたい」


 しまった。

 こじつけがバレたのかもしれない。

 オレではなくノアから回答してほしいとの申し出。


「それは! 皆がうれしくなるようにすることです!」


 だが、ノアはうろたえることなく即答する。


「うれしく?」


 しかも、その答えはオレの計画に上手く繋がる答えだ。

 ナイス! ノア!


「ここにリストがあります。世界をよくするためには、お嬢様の力だけでは足りません! そこで、帝国の方にも、今以上の協力をお願いしたいのです!」


 せっかくのチャンスだ。

 イブーリサウトからの質問に答えるため用意したリストを掲げ、声を張り上げる。


「協力とは何だ?」

「アンデッドを蹴散らし、魔物の暴走を潰しました。ですが、まだまだ世の平和には力が不足しています。行進することで対応するには世の中は広すぎるのです」

「それで?」

「帝国の方、多くの人を救ってくれる方の協力が必要なのです。行進に協力してくれた方々の希望が記されたリストです。まずは、皆さんにお礼も込めて希望を約束として叶え、その後、世の中をよくするために協力をしていただきたいのです」


 つまり、丸投げ。

 ミズキがオレに丸投げしたように、世界平和という名目で、引き継ぎという名の丸投げをするのだ。

 協力してくれた人達の希望を叶える役目を。

 もっとも、リストにある人の希望は、どこまで行きたいのか、いつ行きたいのかくらいしか聞いていない。

 だから、対応するにしても、前回と同じように、諸侯が提供してくれた騎士達に護衛をお願いするくらいだ。

 負担にはならないだろう。

 神官は勝手にするだろうしな。


「わかった。では、その願い、受け入れよう!」


 オレの言葉に反応して、またもや後ろにいる人と相談して、回答があった。

 詳細を聞かれるかと思ったが、何も聞かずに満額回答。


「ありがとうございます。では、その前に、誰が、この約束を保証してくれるのでしょうか? 是非とも名前を教えていただきたい」


 あまりにもあっさり受けてくれるという回答だったので、不安になった。

 約束するからには、どこの誰か、名前は名乗って欲しい。

 責任者が特定できれば、この人数だ、破るわけにはいかないだろう。

 オレの言葉に、再びゴーレムの頭上にいる人影が振り向く。

 さきほどから繰り返されていた協議をするのだろう……と、思った。

 だが、今回は違った。

 二体のゴーレムの間から、スッと人がでてきた。

 空飛ぶ絨毯に乗って腕を組み仁王立ちした男だ。

 暗くて顔はよくわからないが、月明かりに照らされたシルエットから男だとわかる。


「帝国臣民の希望を叶え、帝国を導き、なおかつ世の平和を担う役目! それは、この第一皇子クシュハヤートの名において約束しよう! ここにいる全ての者が証人だ!」


 第1皇子?

 こんなゴーレムで待ち構えていて、唐突に質問をしてきたのは第1皇子だったのか。

 第2皇子みたいに、事前に手紙が欲しかった。

 いきなり来るのは心臓に悪い。

 そう思っていたのはオレだけではなかった。この場にいる全員が、ここに第1皇子がいるのは意外だったようだ。

 シン……と、静まりかえった。

 風の音、そして地下を流れる水音が妙に響く。


「おおぉぉ!」


 次に起こったのは歓声だった。

 手を叩く音、金属を打ち鳴らす音も聞こえる。

 歓声は次第に大きくなり、地響きが起こる。


「聖女様と、皇子が約束された!」

「聖女様が我々に約束したことを引き継いで頂けるそうだ」

「帝国を導くとおっしゃられた」

「ノアサリーナ様は、やはり帝国の味方であった」

「よりよくするために」


 いろいろな人の声が聞こえる。


「皆様、お聞きのとおりです。お嬢様の願いを聞いて集まっていただき始まった行進ですが、一旦、ここで終わりとします。これより皇子様と共に、自らの希望する土地に戻り、皆様自身が幸せになる道を探してください。よりよくするために!」


 良い雰囲気のうちに、行進の終了を宣言する。

 正直なところ、目的のない行進だ。

 どこかで終了を宣言したほうがいい。

 それなら、今だ。

 協力してくれる人もいる。

 そして、オレの言葉は、今の盛り上がりもあって行進のフィナーレとして受け入れられた。

 サートゥール大橋。

 この巨大な橋にて、第1皇子クシュハヤートと聖女ノアサリーナは、世界平和を約束する。

 こうして、行進は終わった。

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