第410話 けあるてと

 落とし所を探す。

 そうと決めたら、まずは情報収集だ。

 情報収集と言っても、この場にいる人達に確認を取るしかない。

 まず向こうの目的の確認。


「ノアサリーナ様を、帝都へとお連れする。それも速やかにということですけれども、いつまでに帝都にたどり着けばよろしいのでしょうか?」


 まずは期限の確認。

 相手が急いでいるのは分かっているが、どこまでが許容範囲なのかを確認しておきたい。

 仕事の納期だってそうだ。

 相手は至急だとばかり言うが、細かく聞いていくと案外時間があるものだ。


「今すぐ出発することを私は望みます」


 ケアルテトが笑顔を貼り付けたまま囁くように答える。

 向こうの第1希望が、すぐに出発し可能な限り早く帝都へつくこと。

 分かりきった答えだ。

 オレが知りたいのは、もうちょっと先。


「ええ、速やかに出発するつもりではありますが、私も主に無理をさせたくありません。それに慌ただしく出て行くというのは、外聞が良くないのではないでしょうか?」

「どういうことでしょうか?」

「この町に立ち入った時、ノアサリーナ様は感嘆の声により迎えられました。故に出発する時にもそれなりの見送りがいるかと思います」

「えぇ」

「その時、ノアサリーナ様の元気なお姿が見えないまま町を出て行くということになると、いらぬ誤解を招くことになるのではないかと思うのです」

「つまりは、ノアサリーナの協力を得るために……説得する時間が欲しいと?」

「左様でございます。それにこの町にてお世話になった方にお礼も言った後で出発したいと考えております。何か目的があって呼ばれているのでしょう? いつまでに帝都にたどり着けば間に合いますか?」

「新年の祝賀に、あの方は最高の栄誉を手に入れられるでしょう。その栄誉への道を盤石にするために、それよりも二月は前に帝都にてノアサリーナを迎えることをお望みですの」

「私は帝国のことにあまり詳しくないのですが、新年の祝賀とはいつ行われるのでしょうか?」

「新年の祝賀は、緑の月……芽吹きの季節前に行われるのが常」

「違う時もあるのでしょうか?」

「それは、陛下が決められること」


 えっと。

 今は……ノアの誕生日が過ぎたばかりだから、元の世界でいうと、もうすぐ12月だ。

 緑の月っていうのが、えーと、3月だから……つまりあと4ヶ月余裕がある。

 だが、先方はその2ヶ月前には帝都にノアがたどり着くことを希望している……と。


「なるほど、急がなくてはならないという意味がわかりました」

「わかってくださいましたか」

「後もう一点、ここから帝都までどの程度の時間がかかるのでしょうか?」

「これからすぐに旅立ち、急げばひと月でしょう、年明けの頃には問題なく帝都へと入ることができるかと」


 意外と帝都まで近いのか。

 急げばという言葉が気になるが。


「一つ心配ごとがあります。雪が降ったらどうすればよろしいでしょうか? 今は先の天気が読めません。雪が降ってしまえば、私達は足止めを余儀なくされてしまいます」


 最悪の場合のことも考えておかなくちゃいけない。

 オレ達としてはそんなことどうでもいいのだが、形だけでも納期の事を真剣に考えていると受け取ってもらった方が、心証は良くなるだろう。

 保険はかけておいて損はない。


「そうならないために急ぐ必要があります。忌ま忌ましいことに今は飛空船が出せないのです」

「飛空船が出せない?」

「詮索するので?」

「いえいえ、とんでもございません」


 ささやきようなケアルテトの言葉だが、不気味な怒気が含まれていたので、慌てて引き下がる。

 なんだろう、このえたいの知れないやばさ。


「では一つお願いございます」


 不機嫌なまま話を進めたくないので、慌てて話題を変える。


「なんでしょうか?」

「ナセルディオ様という方のためにも、事前の情報をいただきたいと思います。帝都へと向かう間にも準備ができることがあれば、準備をしておきたいのです」

「それは……それは良い心がけですね」

「ですので、何を準備すればいいのか教えていただけないでしょうか?」

「ごめんなさい、貴方がこれほどに前向きになるとは思ってもなくて、考えていませんでしたの」

「そうでしたか。では、これから確認していただき、教えていただくことはできますか?」


 正直、何のためにそんなに急がされるのかよくわからない。

 薄々感づいていたが、すでにノアに会いたいという理由でないことは明らかだ。

 今までの話ぶりから、その新年の祝賀にノアに何かをやらせるつもりで、ノアを呼び寄せた。

 何をさせるのか。

 ヒントをもらえれば、対処のしようがある。

 オレの言葉に対し、ケアルテトは視線を外し、何かを考え始めた。


「私達は、ケアルテト様がいなくても帝都へ、向かうことができます。ですので、私達に必要な準備やお互いのためになる事に、時間を使って頂きたいのです」


 帝都への道なら、アサントホーエイの領主に聞けば教えてくれるだろう。

 ケアルテトの道案内は必要ない。

 というか、何とかしてこの人と一緒に行くのは避けたいところだ。

 急かされるだろうし、オレ達の自由がなくなる。

 勝手に呼びつけていて、何をやらされるかわからない状況。そんなのにいちいち協力していられるかといった感じだ。

 ノアを快く迎えようという気が無い手紙の差出人の態度に、気分がどんどん滅入ってくる。

 だが、ノアは最初から浮かれた様子ではなかった。

 決意をもって、手紙の差出人……父親を名乗る人物に会いに行こうとしている。

 そうであれば、オレ達は好きなルートを通って帝都に向かう。

 差出人に会うことができればいいのだ。

 相手の思惑など知ったことではない。

 オレ達は、ノアの都合を尊重するのだ。


「そうね、では私があの御方に尋ねてきましょう。その上で、助言の文を送りましょう」


 ケアルテトは呟くような言葉で、だが柔らかな笑顔でそう言った。

 いい流れになってきた。よし、そのままお前らは帰れ。

 オレは心の中でそう呟く。

 そして、自分の影の中から筒を取り出す。

 ノアの父親を名乗る人物からの手紙。

 念のための確認だ。


「では、この手紙を送られたナセルディオ様に、よろしくお伝えください。私達は必ず帝都へと向かうと伝えください」

「えぇ。ですが、ナセルディオ様の名は出さないように。あのお方の名はみだりに口に出すべきではないのです」


 手紙の差出人はナセルディオで間違いないか。

 とりあえず名前がわかれば、どういった人か調べることも可能だろう。


「かしこまりました」

「いいお話ができました。最後に、あなたに渡したいものがあります。こちらへ、近く」


 なんとなかったと、内心安堵し、彼女へと近づく。

 だが、それはうかつな判断だった。

 オレは、この女性が自らの部下を簡単に処罰していたことを忘れていた。

 それは一瞬のことだった。

 見えない何かに頭をガッとつかまれ、さらに首に冷たい感触があった。

 何かが首につけられた?

 とっさに手を動かして首のあたりを触る。

 首輪だ。

 一瞬の間にとげのついた首輪をつけられていた。


「これは?」

「わたくし、素直すぎる人を信用できませんの。その赤バラの輪は、あなたの魔力を得て成長し、すぐに全身を覆うでしょう。二月……三月程度でしょうか。急ぎ帝都へお来しいただければ枯らせてさしあげましてよ」

「ここまで、同意はしてなかった……いや、していません」

「そう。でも、本当に良い時間が過ごせました。わたくし、すぐに愛しいあの方の元へと戻れるのですもの。では、ごきげんよう」


 そう言ったかと思うと、消えていた馬車の側面が出現し、ケアルテトの姿を隠した。

 そして、呆然とするオレ達を残し、立ち去っていった。

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