第258話 エルフうま
オレ達に用意された巨大なテントで一夜を過ごす。
内装については望む通りに用意してくれるということになった。
酔っ払った頭だったが、なんとか過ごしやすいレイアウトにできたと思う。
といってもオレ達は指示をしただけで、実際に手を動かしたのは遊牧民の家族とその奴隷達だ。
「大切なお客様です」
なんだか申し訳なくなって手伝おうとすると、こんな事を言われてしまった。
もっとも、見たこともない作りのテントだ。オレ達では、遊牧民のテントをうまくレイアウトすることができなかったので任せる他なかったわけだが。
テキパキと動く彼らをぼんやり眺めていると、気を遣ってくれたのか、働く奴隷達の方からいろいろと話をしてくれた。
大平原の遊牧民が所有する奴隷は、水汲みをしたりゴミを掃除したりと雑務をこなすのが主な仕事らしい。
そうやって、遊牧民の狩りをバックアップするのだそうだ。
「ここの皆さんはみんな優しいですので、働き甲斐もあるもんですよ」
テントの仕切りを取り付けながら、奴隷の一人は笑って言った。
なんでも酷いところになると、殴られたり蹴られたりというのが日常茶飯事だそうだ。
そういえばギリアの町でも、奴隷に暴力を振るう主人がいて、町の衛兵に連行されていたな。ギリアの町では、領主が奴隷への暴力を禁止していたはずだ。どこにでも、暴力振るうヤツはいるということか。
巨大なテントはオレ達全員が寝泊まりするに十分な大きさだ。テント内に張られた仕切りによって、個室のようなスペースが設けられている。
オレ達の要望に合わせて、お風呂用のスペースとトイレのスペース、ついでに簡単な台所まで設置してくれた。
この世界は、汚物に魔物は惹かれるということで、衛生管理ができているところが多い。遊牧民達もその例にもれず清潔だった。
移動式の台所やトイレまであって、手慣れた様子で、しかも短時間で設置してもらった。
もっとも食事に関しては、遊牧民と一緒にすることになっている。
台所そばの箱に置かれたものは、いわゆるおやつだ。すなわち、この台所はおやつ用台所。
そう考えると、すごい贅沢だ。
「こんな立派なテントを、私達だけで使ってもよろしいのですか?」
あまりにも広々としたテントなので、これをオレ達だけで独占していいのか不安になる。
「お気になさらずに、これは客人用ですので。それにテントを張る大地は、この大平原には限りなくあります。見ての通りです」
そんなオレの不安から来る質問に、ラッレノーをはじめ、遊牧民も遊牧民の奴隷もたいした事ではないといった調子で返してくれた。
続く説明で、こういったテントを一つの家族がいくつも所有していると教えてもらう。大平原の遊牧民というのはすごいものだ。しかも、このテントは一匹の巨獣から材料を得ているという。驚きの連続だ。
そんな凄いテントでしばらく過ごすことになる。
巨獣を狩るにも、許可や準備が必要だということで、それまで遊牧民の家族と一緒に暮らすのだ。
「狩りすぎると、大平原が許さないと言われてるのです」
「許さないんスか?」
「肉食の巨獣が、香の匂いすら乗り越えて私達を襲うようになるそうです。ずいぶん昔、そのようなことがあって、それで大王様が1年に一頭と取り決めたと聞いています」
夕食時、美味しい美味しいと肉を食っているオレの側で、プレインが遊牧民の一人とそんな話をしていた。
ちなみに、肉食の巨獣は美味しくないそうだ。
そして、遊牧民の人達がいう大王様というのは、大平原の遊牧民を取りまとめる存在で、南にある港町に大邸宅を構えているらしい。
「無事に許しが出て欲しいっスね」
「しっかりとした理由があれば許しはすぐに出るはずですので、それまで好きにしてください」
遊牧民達の好意に甘えてダラダラと過ごすことにする。
巨大なテントの一室で、ふかふかの毛皮に包まれて夜を過ごした。
朝は、巨獣の肉で作ったスープだった。あっさりしたスープに具だくさんの美味しい朝食だ。遊牧民は朝と夜に皆で集まって食事、昼は2回。好きなときに食べるそうだ。
「メェメェ」
朝早くから羊の鳴き声がする。
遊牧民と言うだけあって、巨獣をはじめとした獣を狩るだけではないらしい。ヤギや羊を育てたり、後はエルフ馬と言われる巨大ウサギの世話をして過ごすことが年の大半を占めるそうだ。
ミズキ、それにカガミはエルフ馬に釘付けだ。
「リーダ! この子、美味しそうに食べてる。可愛いと思います。思いません?」
キャーキャーうるさい声が聞こえたので、近くによってみると、ちょうどカガミがエルフ馬に餌を与えるところだった。近くには、同じくらいハイテンションなミズキと、嬉しそうに眺めているノアとチッキーがいた。
「エルフ馬は、世界樹の葉っぱを食べるんだってさ」
「へぇ。これ、世界樹の葉っぱだったのか」
円筒形で緑色のスティックを食べていたので、何かの茎かなと思ったけれど、世界樹の葉っぱを丸めた物のようだ。言われてみると、中が空洞だ。
ミズキが身の丈ほどもある、そのスティックを、エルフ馬の口元に持って行くとコリコリと食べ出した。
「リーダ! この子、美味しそうに食べてる。可愛いと思います。思いません?」
さっきも聞いた。
「うんうん。可愛い可愛い」
「相変わらずリーダは適当なんだから」
そんなこと言われても、こいつらのテンションについて行けない。
ほら、見ろ。遊牧民の方々がドン引きしているじゃないか。
「あの、お客人に、仕事していただくわけには……」
「同僚が、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。この人達、好きでやっているんだから、ほっといていいですよ。あの、もし、やり過ぎて迷惑だったりしたら呼んでください」
困惑する飼育係っぽい人に詫びを入れて、テントに戻ることにした。ついていけない。
「さすがに……ないよな」
一瞬だけ頭をよぎった「この子達を連れていきましょう」という提案がされる未来を、頭をふってかき消し、テントへと戻った。
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