第257話 きょじゅうのしおづけにく
最初に出会った遊牧民の男が、オレ達の方へ迎えに出てきた。
「ようこそおいでくださいました。もう少しだけ皆さんのテントを組み上げるのに時間がかかりそうです。ですので、先に家長の居るテントへご案内しますね」
オレ達に併走するようにウサギを走らせながら、男は言う。
この厚遇っぷりが怖い。
「あのー、ひとつ質問が」
「なんでしょうか?」
「先程からとても親切にしていただいているのですが、何か理由があるのでしょうか? サムソンの事を知っていたようですし」
男はその言葉を聞いてハッとした顔になり、笑った。
「そうです。確かにおっしゃる通りです。こう言えばわかるでしょうか? ラノーラとマリーベル、あの2人は年の離れた姉の子供なんですよ」
ラノーラとマリーベル。踊り子の姉妹か。
「そうなのですか。それで、サムソンの事も知っていたんですね」
「マリーベルから父のところにお金を無心する手紙が来たのです。それで家の者が話し合ってなんとかお金を工面しようとしていた時に、また手紙が来たのですよ」
「その手紙に、サムソンの事が書いてあったと」
「サムソン様のことだけではなく、ノアサリーナ様の事も書いてありました。とても辛い状況にあった2人を助けていただいたそうで」
ストリギの領主の策謀にはまり、彼に自由を奪われそうになった2人の踊り子、ラノーラとマリーベル。
偶然の手助けもあって、オレ達はなんとか領主から2人を助けることができた。
加えて、公爵の褒美を利用することで、2人を自由の身にすることもできた。
そんな2人との繋がりが今ここで生きてきたというのは、ある意味幸運だ。
確かに遊牧民の男が驚くのも無理はない。
こんなところで出会うとは思わなかったのだろう。
そのまま彼に連れられ一際大きいテントへと向かう。
家長のテントに行く道すがら色々なことを教えてもらう。ちなみに彼の名前はラッレノーというそうだ。
遊牧民は家族ごとに行動し、放牧に適した場所や、獲物となる巨獣のいる場所を転々とするらしい。
例外として、大きな獲物を捕らえる時は複数の家族が一つの塊となって獲物に挑むそうだ。
今年はそういう年で、三つの家族がこの柵の中で暮らしている。
彼の父親が家長であって、これから向かう大きなテントで待っているらしい。
案内された先にあったテントにはいくつもの仕切りがあって、大きなテントがさながら一軒の屋敷のようだった。
そのうち一室、通された部屋には、巨大な絨毯が敷いてあった。その上に車座になって数人の男女が座っている。
「どうぞどうぞ」
促されるまま、皆が座る。
「お父さま、そいつらは奴隷」
ラッレノーの後ろについてトコトコと歩いていた女の子が、小声で彼に話しかけているのが聞こえた。
「そうだけどね。この方達は特別だよ。そうだね、大王様の奴隷みたいなものだよ」
「かっこいい」
そう言って、女の子はそそくさと何処かへいってしまった。
みなが座ったあと、あぐらをかいたまま大柄の男が深々と礼をした。
「遠方の2人。ラノーラとマリーベルを助けていただいたということで、いつか恩を返せればと思っていた。この時を得られたのは僥倖である。家長として礼を言う。ありがとう」
続いて、その隣に座っていた老婆が口を開く。
「ラッレノーから聞いた。我らが民の食事を所望されているとか?」
「ええ、そうです」
「狩りの季節は終わってしまい、冬のための準備も終わりが見えた頃だ。誠、申し訳ないが肉は保存用に調理しているものしかない。だが、それでも今日はそれを振る舞いたい」
そっか、焼き肉は食えないのか。少し残念。
そんなオレ達に再び家長が言う。
「故に、本来、年に一頭だけと決められている巨獣狩りだが、大王様に願い出て、もう1匹追加で狩りをさせてほしいとお願いをしておいた。もちろん回答が来るまでに数日かかるが、それまでゆるりと過ごして頂きたい」
やった、もしかしたら焼き肉が食べられるかもという期待に思わず顔がほころぶ。
「アッハハ。夫の言葉に喜んでいただけると私たちも料理のしがいがあります」
家長の奥さんだろうか、隣に座っていた女性が立ち上がりニコリと笑い、パンパンと手をたたいた。
それから続いて、オレ達の前に料理が運ばれる。ついでに白い液体が入ったジョッキもだ。
真っ白いジョッキに、真っ白い液体。
「では、まずは乾杯といきましょうか」
家長がジョッキを掲げて何やら言う。
乾杯の音頭なのだろう。オレ達を除く全員がジョッキを掲げて言葉を復唱した後、ゴクリと飲む。
お酒だ。そんなに強くないお酒。
ノア達子供はどうなのだろうと思うと、牛乳のようだ。口の周りが牛乳で真っ白になっていた。
目の前に出されたのは、多分肉。真四角で食パンサイズの何かだ。
色合いからハムのように見える。
「これは、お肉でしょうか?」
カガミがそばにいた女性に声をかける。
「はい。巨獣で作った塩漬け肉です。こうやって……食べるんですよ」
そう言って、手で目の前の肉をくるりと巻いて円筒形にしてから、かぶりついた。
彼女の真似をして食べる。
「生ハムっぽいな。うまい!」
思わず旨いという言葉が飛び出る。
やや塩味がきついが、さっぱりとした肉。口いっぱいに肉のうま味が広がる。
お酒と合う。見た目と違って生臭さがないのがとてもいい。
「こちらに巻いて食べるとさらに美味しいですよ」
一心不乱に食べるオレを見て、斜め前に座っていた女性がオレの前へ、野菜が盛られた皿を置いた。
パッと見、セロリやキュウリをスティック状に切ったものだ。
周りの人と同じように、オレもその野菜スティックに肉を巻いて食べる。
先程やや強めに感じた塩味が中和されて、ちょうどいい味になる。
いくらでも食べられるんじゃないか、これ。
話すのも忘れパクパクと食べる。
「塩漬け肉がお口に合ったようで何よりです」
ラッレノーも嬉しそうに笑う。
その日はラノーラとマリーベルにかかる出来事の話をしながら食事を進めた。
強くないと言ってもお酒はお酒。酔いが回ってきたので、お酒以外の飲み物をもらう。
ヤギのミルクを使ったお茶だそうだ。
ミルクで沸かしたお茶というのは、少し違和感があった。だが、郷に入っては郷に従うということで飲んでみる。普通に美味しかった。
ややミルクの香りがするお茶といった感じだ。
肉も、お茶も、異国情緒あふれる不思議な物ばかり。
旨くて異質な料理に心が躍った。
こうして遊牧民のテントで、ついに大平原のお肉にありつくことができたのだった。
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