第111話 おうまでエレクさんがやってきた

 遅く起きた朝、部屋から出ると目の前にカエルがいた。


『ゲェコ』


 正確には、カエルではなく水の精霊ウンディーネだ。

 水の精霊ウンディーネが寂しそうにしていた。


「ひょっとして、カガミは温泉に行っているのか?」

『ゲェコ』


 目をぱちくりとさせウンディーネが再び鳴く。あいつ朝から温泉に行っているのか。本当に好きだな。

 寒くて震える。これからさらに寒くなるそうだ。

 屋敷で一番暖かい広間へと向かう。


「おはようリーダ」

「ノアもおはよう。お勉強?」

「うん。算数のお勉強。リーダは本を読むの?」


 頷き、椅子に座る。ここ最近は、ゆらゆらと揺れる椅子に座って読書を楽しむ日々だ。

 パチパチと暖炉で薪の燃える音がBGMとして読書によく合う。

 読んでいるのは魔導具に関する本だ。荷物をいくら積んでも重さの変わらない馬車の作り方や、果物を入れるとジュースになるコップなど、面白そうな道具が書いてある。

 ちなみに今座っているこのゆらゆら揺れる椅子、ロッキングチェアというらしい。プレインから教えてもらった。

 ピッキーが全員分作ってくれた。何度も失敗して、微調整を繰り返した。苦心しただけあって、とても具合がいい。

 静かな時間がすぎる。本を読んでいると、ほどなくして温泉からカガミが戻ってくる。

 本当に、朝っぱら温泉に行っていたのか。

 湯冷めしたり、眠くなったりしないのかな。妙な事が気になる。


「明日だっけ?」


 特に何事も起きない時間。

 そんな中、暖炉の中で寝っ転がっているサラマンダーへ餌代わりに薪をあげながらミズキが言う。


「なにかあったっけ?」

「エレク君が来るんでしょ。勉強しにさ」

「そうだった。数学習いにくるんだったな」


 トーク鳥で連絡があったのを思い出す。

 とりあえずサムソンが教えることになっている。

 すでに教材も準備済みだ。簡単なテストをして、学力を見た後で微調整するそうだ。本当にマメだなと感心する。


「わたしも教えてあげようかなぁ。いろいろと。ゲッヘッヘ」

「ふざけたことやると殴り飛ばしますからね」


 ミズキの軽口に、カガミが容赦のない一言をぶつける。

 あれは本気だ。

 先日のことだ。オレとサムソンが、バルカンとデッティリアさんに対してリア充爆発しろとささやいたことがあった。

 それを聞いたデッティリアさんは恐怖に怯え、バルカンに相談し、バルカンはカガミに相談して、オレとサムソンがカガミに怒られた。


「魔法使いが爆発しろというのは何事ですか。洒落にならないと思います。思いません?」


 言われて気がつく。確かに、そうだな。魔法を使えば本当に爆破できそうだ。いうなれば、爆弾抱えてリア充爆発しろなどと言いながら近づいてきたようなものか。

 うん、怖いな。


「盾を作る魔法でガードすればいいと思うんです」


 カガミはオレが、理解したことに気がついたようだ。ガードすれば良いと言ったかと思うと鉄の輪っかをメリケンサックのようにして殴りかかってきた。


「え? ちょっとまって」


 とっさに、反射的に、防御の魔法を唱える。


「私は、自分がどれだけ戦えるのか、攻撃力を知りたいと思うんです」


 オレが魔法を唱えたところを見届けて、笑顔で攻撃を再開する。

 飛竜に襲われた一件は、オレを含め皆に戦うことについての自覚を促した。その一環だと思う。

 思うが……いきなり殴りかかるなと。

 そういえば電撃の魔法について破壊力を知りたいと、オレに向けて撃とうしていたヤツだ。実験のためなら犠牲やむなしという危険人物だったことを思い出す。

 結果、楽しそうなカガミに殴り飛ばされた。サムソンも同様の目に遭った。

 そのサムソンは殴られた後で「仕方が無い防御力に全振だな」とわけのわからないことを言っていた。

 もっとも上手いことを言って、取りなしてくれたのはカガミなので反論できない。


「怖い怖い」


 オレはそんなことを思い出し、あの時殴られたお腹を撫でながら呟く。

 ミズキもそれを思い出したようだ。


「とりあえずはサムソンにまかせるよ」


 大きめの薪をポイと暖炉に投げやり、ミズキが振り返り言った。楽しげな顔だ。

 そして翌日の早朝。


「よろしくお願いします」


 予定通りエレク少年がやってきた。

 いつもよりもずっと質素な服装だ。背中にリュックサックを背負って、腰には短剣を差している。対して乗ってきた馬は立派だった。

 すぐに簡単なテストをして、授業に入る。


「エレク氏はすごいな」


 しばらくして広間に戻ってきたサムソンがしみじみと言う。


「凄い?」

「とにかく記憶力がすごい。一度言ったことを、一言一句憶えてしまうんだ」

「そりゃすごいな」


 褒めたところ、記憶奴隷ですからの一言でかたづけられたそうだが、普通できないと思う。

 授業は順調にすすんだが、問題が起きた。


「吹雪いてきたでち」

「ホントだ、さっきまで晴れてたのに」


 ミズキが窓から空を見上げて驚きの声を上げる。


「とりあえず、強化結界を動かしてきたっス」


 ノアへ、マスターキーを返しながらプレインが言う。

 山の天気は変わりやすい。

 雪が激しくなり、あっというまに猛吹雪になった。

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