第32話 こうりつ

 呼び出された7人のブラウニーは黒い目隠しをしていた。

 ジラランドルがそうであったように、首を右に曲げて無言で整列している。


「これってどういうことだ?」

「ブラウニー、変になっちゃった……」


 みんなが困惑していた。

 皆、いつもの感情豊かな彼らを知っているだけに、この光景はショックをうけているに違いない。もちろんオレもショックを受けている。


「確認したいことがある。ブラウニー共、オレについてこい」


 原因に心当たりがある。

 オレは、彼らの返答を確認することなく、ズカズカと大股で4階へと急いだ。思った通り、ブラウニーは一人残らず無言で付き従ってくる。


「ジラランドル、質問がある。オレの後ろにいるブラウニーなんだが、前に呼び出したときは目隠しをしていなかった。自由に会話もできた。でも、今は目隠しをして無言だ。これは『効率的な召喚』によるものか?」

「左様にございます。支配者様が効率的に作業できるように、精霊も万全を尽くす必要があるのでございグェッ」

「どういうことなん?」


 オレを追ってきていたサムソンが不思議そうに尋ねてくる。


「効率の意味だよ。オレ達はずっと、触媒……例えば1000円で5時間働いてもらうという元々の条件があったとして、800円で5時間という風に、投入するリソース、触媒であったり魔力が少なくなることを効率的と捉えてた」

「それは間違いってこと?」

「そうだ。実際は1000円で5時間という枠は変えずに、働く側が口も利かず逆らわず5時間黙々と働けば、投入したリソースのコストが効率的に回収できるという考えだったんだよ」

「自我がなければ、逆らわずロボットのように……使えるということか」

「そういうこと、その結果がこの不気味な光景だったら世話ないよ」

「私も、ちょっとこれはどうかと思うんです。こんなブラウニーさんたちは嫌です。そう思いません?」

「そうっスね。こんな『効率的な召喚』なんてやつ、すぐ解くに限るっスよ」


 プレインの言う通りだ、他人の自我を奪う機能なんてさっさと解除するに限る。

『効率的な召喚』を見つめて火が小さくなるよう、消えるように念じる。

 火は消えそうなほどに小さくはなったが、完全には消えない。


「できません。この屋敷が目をさました以上、完全に解除できないのでございまグッエェ」


 オレの考えを見透かしたようにジラランドルは宣言した。


「オレたちが、前に召喚したときは、目隠しはしていなかった」

「支配者様が、燭台を持ち上げたときに、この屋敷は目をさましたのでございまグ。以前は、支配者様がもどってきたばかりだったので、最低限の機能のみが起きていたのかと考えまグェッ」

「どうすればもう一回この屋敷を眠りにつかせられる?」

「マスターキーを持った支配者さまが、ここを遠く離れ、不在の時がすぎれば眠りにつきまググェ」

「私たちが出ていかなきゃ、元にもどせないってこと?」

「マスターキーを持った支配者様が、お出になる必要があるのでございまグェ」

「ロンロはどう思う?」


 ジラランドルとは違う回答を期待して話を振ってみる。ロンロは人差し指を下唇にあて、すこし考えてから答えてくれた。


「ジラランドルのぉ、言う通りねぇ。マスターキーがここから離れなきゃ元には戻らないと思うわぁ」

「マスターキーだけをどこかに投げ捨てるなりして、遠く離すのはアリなん?」

「それでも眠りにつくかもしれないけれどぉ、確実じゃないわぁ。それに、マスターキーが誰か別の人の物になったら、ノアは屋敷の持ち主ではなくなるから。それは許せない話よぉ」


 最後の手段として考えたマスターキーを投げ捨てる選択もダメみたいだ。

 もっとも、マスターキーはノアのものだし、それを捨てたりするのは無し。


「じゃ『効率的な召喚』のろうそくをぶっ壊しちゃえば? いらないでしょ、コレ」

「燭台は、この屋敷の権能を目に見えるようにするだけの幻にございまグェッ。壊せません」

「じゃ、機能を実装している本体がどこかにあるってことなん? それは何処にあるんだ?」

「知りません。私は、ここより離れませグェ」

「この屋敷の権能を作り上げている魔法陣なら、地下室にあるわよぉ。きっとね。この屋敷の本当の価値は地下室にしかないのぉ」


 地下室か。確かにあそこには床一面に大量の魔法陣が書かれていた。そのうちの一つが『効率的な召喚』を実装していると言われれば納得できる。

 そういえば、マスターキーの力で地下室への道は、呼び出せるんだっけ。

 試しに念じてみる。カタンと音がして、部屋の片隅に古い絵が出現した。

 その絵のほうへ歩いていくと、フッと景色がかわり石畳の通路にやってきた。見覚えのある地下室へ続く通路だ。

 そのまま進んでいき地下室へとたどり着く。

 振り返ると、ブラウニー達はついてきていない。ノアとロンロ、それに同僚の4人だけだ。


「こうやってみると沢山の魔法陣があるっスね」

「どれがどれなんだろ?」

「ロンロ、教えて?」

「ごめんなさいねぇ、ノア。私もしらないのぉ」


 ロンロは知らないらしい。そもそもこの地下室にある魔法陣のどれかが正解なんてものも確証がないそうだ。

 しかし、多分、この場所に目的とする魔法陣がある確信は持てる。


「どうやって探したものかな」

「この屋敷にある他の魔法陣を起動させてみて、変化を見るのはどうでしょう? 魔法陣って起動させると光るでしょう? その輝きで特定できると思うんです。そう思いません?」


 それはいい手だ。試す価値はある。


「ロンロ、この部屋にも燭台とかがあるって言ってたと思うけど、どこにあるんだ?」

「こっちよぉ」


 案内されたのは、以前に魔力を供給した階段状になった祭壇だった。

 シンプルな作りの3段ほどある階段のような形をした石と、その上に大きなガラス瓶がのっている。


「燭台も、操舵輪のようなテーブルもないが……」

「その瓶を片手で、手に取ってみてぇ」


 言われたとおりに片手で持ち上げる。結構重い、素の状態では辛かったので、身体強化を使い右手だけでなんとか持ち上げる。左手にも重さを感じた。

 左手をみると燭台が握られている。

 目の前にある階段状をした祭壇の2段目には、波打ったような付近の地図が、3段目には屋敷の模型が現れた。

「4階とちがって、片手でガラス瓶を持たなきゃいけないのが辛いね。手がつりそうだ」

「男の子でしょぉ、我慢しなさぁい」


 ロンロの叱咤激励はともかくとして、燭台をみつめ、バリヤーを強化する。


「バリヤーを少し……えっと強化結界をすこし強くしたけど、変化は?」

「どれがどれだかわかんないっス」


 最大まで強化してみる。


「フルパワーのバリヤーだ! どうだ?」

「ありました。あれだと思います!」


 カガミが指さした方をみると、ほんのりと光る魔法陣がみえた。フルパワーでこれか……『効率的な召喚』を強化すると頭痛がする。

 おそらく、オレたちも召喚された存在として効果の対象にあるからだろう。最高まで強化したとき、自我があるか不安になる。


「それじゃ、次は『効率的な召喚』だ。ノア、もしオレたちが自我をなくしたときは解除してね」

「うん。ちゃんとやるから。リーダも頑張ってね」

「了解。それじゃ、みんなで手分けして監視しといてくれ。いくぞ」


 みんなが頷くのを確認し、燭台を見つめ念じる。少しづつ強く。しばらくすると頭痛がしてきた。

 我慢してさらに念じる。ゆっくりと視界が暗くなる……。


「みつけた!」


 ミズキの声をきき、すぐに火が小さくなるように強く念じる。

 念じただけだったが、すごく疲れた。

 ゆっくりとガラス瓶を祭壇にもどし、ヘタリこんだ。


「リーダ、大丈夫?」


 ノアがひどく心配そうにオレを眺め、ポケっとからカロメーを差し出した。笑顔で受け取って口に放り込む。

 そうする間にも、ミズキは見つけた魔法陣のほうへ走っていき、その場で両手をあげピョンピョンと飛び跳ねた。

 魔法陣は石畳に書かれている。

 靴のかかとで削りとれないかとこすりつけてみたが、無理だった。

 結局、屋敷からもってきたスコップで石畳を割って砕くように魔法陣を削り取ることにする。身体強化を使ってから、スコップをたたきつけるようにして削っていくと、比較的簡単に床の一部が外れた。


「線が途切れたんで、魔法陣は破壊されたはずだ」


 サムソンが宣言し、カガミがすぐに地上へと上がった。オレたちもついていく。


「んー。なんじゃ、野郎か。ワシらはお嬢さんとお話があるんで、どっか行け。シッシ」


 ブラウニー共は、オレを見るなり、いきなり悪態をついた。

 いつものように。

 このコンパクトひげおやじ共は、やっぱりムカつく。

 それでも、その悪態の言葉は、黒い目隠しより気分よく感じた。

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