この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden― 【ゴーストサーガ】

至堂文斗

Prologue...8/2

赤い月

 赤い月を、見上げていた。

 それは不思議と、とても美しく思えた。

 真っ赤に染まった満月。

 藍色の空に、その満月は大きく輝いていた。


 進まなくちゃ。

 萎えかけた足を、それでも懸命に動かして。

 僕は夏の夜闇の中を、歩き続ける。


 足に感覚はなく。

 いつの間にか靴もなく。

 そして、辿り着く場所もなく。

 それでも……歩き続けていく。



 ふと、頬を冷たいものが流れていった。

 それを冷たい指で拭った。

 指の上に残った一粒の雫は、

 あの赤い月と同じように、赤く滲んでいた。



 何度も何度も、繰り返し耳にしてきた伝承。

 狂い始めた世界でもがくうち、教えられた昔話。

 赤い満月が昇る夜には、

 全てが狂い、鬼が嗤う。


 そして今――世界は確かに、狂いの中にあって。



 赤く染まった、満月。

 赤く染まった、世界。

 赤く染まった、視界。

 赤く染まった――両手。


 ねえ……。

 狂ってしまったのは、世界が先なのかな。

 それとも、僕が先なのかな。

 今になってもまだ、その答えは分からない。


 でも……皆。

 これだけは、言えるんだ。

 例えこの小さな世界が滅茶苦茶に欠け落ちてしまった後でも、

 これだけは、決して変わらないと。


 この、ちっぽけな箱庭で、

 僕たちが過ごしたささやかな時間は、

 どうしようもなく愛おしく、

 そして、満ち足りたものだったんだよ、と――





The world is one miniature garden. Or the dream someone saw.


Without changing, waxing and waning is regularly repeated.


When the world ends, are we satisfied?


 ―この満ち足りた匣庭の中で―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る