第88話 普段と違う態度

 運命の文化祭当日。

 HRの時間より一時間も早く登校した俺と瑠香は、各場所の装飾や配置の最終チェック、各クラスのメンバーたちとシフトの最終チェック。近くの店舗で頼んでおいた、お茶菓子の発注班にお店へ出向いてもらっている間に、お客さんへの提供の仕方などを皆に説明して、後は各々シフト時間にコスプレ衣装に着替えてお客さんの入りを待つだけとなった。


 初日は、文化祭開始前にオープニングイベントが体育館で行われる。

 教室に代表者二名を残し、皆体育館へと向かって行く。


「恭太。じゃ、留守番よろしく」

「はいよ」


 大和たちに留守番を任され、俺は瑠香と二人で教室に残った。

 瑠香は、教壇の上で何か書き作業を続けている。

 教室内は静謐せいひつな空気に包まれていた。


 ぼおっと頭の中で考え事をしていると、俺はとあることに気が付いてしまい、そわそわし始める。

 すると、書き作業を続けながら瑠香が声を掛けてきた。


「恭太、今日ほなてぃーと会った?」

「えっ? いやっ……まだ会ってないけど」

「そっか……ちょっと確認してもらいたいことあるんだよね……職員室にいるかな?」


 言いながら、おもむろにペンと紙を持ち、教壇の椅子から立ち上がって職員室へと向かおうとする瑠香を俺は呼び止めた。


「あのな! 瑠香……」

「何?」


 俺は申し訳ない気持ちで言葉を紡ぐ。


「俺のコスプレ衣装が穂波さんの家に置きっぱなしだったの忘れてて、もし穂波さんが持ってきてくれたら、受け取ってくれない?」

「はぁ? それくらい自分でしてよ……」

「わ、悪い……」


 瑠香がじとっとした目を向けてきて、俺がしょんぼりと顔を俯かせる。

 呆れ気味な口調で、瑠香は尋ねてくる。


「まだ面と向かって話す気になれないわけ?」

「うん、ごめん……」


 俺が謝ると、瑠香は小さなため息を吐いた。


「仕方ないなぁ、聞いてきてあげる。ってか、もしそれでほなてぃーが持ってきてくれてなかったら、恭太コスプレどうすんの?」

「そしたら、文化祭始まってすぐに一回家に帰って取りに行くよ。俺のシフト午後からだし、気づかれなきゃ問題ないだろ」

「恭太……あんたね……」


 すると、ガラガラっと教室の扉が開かれて、用事のあった当の穂波さんが、教室内へと入って来た。


「あっ、ほなてぃー丁度良かった。ちょっと確認しておきたい事があって」

「えぇ……その前にちょっと」


 穂波さんは京町さんの言葉を制止て、首を俺の方へと向ける。

 

「は、はい……なんですか?」


 俺がおどおどと声を掛けると、穂波さんは片手に持っていた紙袋を持ち上げた。


「これ、あなたのコスプレ衣装持ってきたわ」

「あっ、ありがとうございます……」


 俺が慌てて穂波さんの元へ行き、そのコスプレ衣装の入った紙袋を受け取ると、穂波さんは用件は終わりだと言わんばかりに、すぐ瑠香の方へ視線を向けてしまう。


「それで京町さん。確認事項って何かしら?」

「あっ……えっと……ここなんですけど……」


 穂波さんは瑠香と話している間も、明らかに普段と違う違和感を感じ取っていた。


 今の穂波さんは、完全に『氷の穂波』モード全開で、俺と瑠香に対してもどこか他人行儀めいた態度で接している。


 その冷酷めいた態度に、瑠香も戸惑った様子で受け答えしていた。


「それじゃ、後はよろしくね。私はこの後、会場入り口のテントでパンフレット配りの手伝いをしなければならないから、クラス企画、上手く行くことを願ってるわ」

「はい……」


 瑠香の要件をさっさと済ませて、穂波さんは凛とした立ち振る舞いのまま、踵を返して教室のドアを閉めて出て行ってしまう。


 穂波さんの様子に、俺と瑠香はどちらからとでもなく顔を見合わせる。


「……」

「……」


 この文化祭中、俺は意を決して穂波さんと腹を割って話さなければならないにもかかわらず、穂波さんの方からああいった素っ気ない態度を取られてしまうと、さらに距離感が掴めずに、タイミングを逃してしまいそうだ。


 文化祭中にしっかりと話し合うというミッション。

 俺側ではなく、穂波さん側に難ありかもしれない。

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