第86話 そばにいてくれる幼馴染
教室に戻ると、瑠香が心配そうに駆け寄ってきてくれた。
「恭太……大丈夫?」
俺は瑠香を見つめて、涙を流しそうになっている目頭を隠すように俯いて素通りし、そのまま鞄を引っかけて教室を後にする。
「恭太!」
瑠香の制止の声が聞こえるが、この場にいることさえ、俺は心苦しかった。
俺は逃げるように、昇降口へと駆けていき、一人放浪とどこかへと消え去りたい気持ちに苛まれながら、学校を飛び出した。
◇
学校を出て、当てもなくただひたすらに足を動かす。
駅前の方へと向かってスタスタ歩いていると、後ろから追いかけてくる足音が聞こえてきた。
「恭太!」
瑠香は、俺に追いつくなり、肩を掴んで、強引に俺の足を止めた。
はぁ……はぁ……と息を切らしながらも、俺の前に立ちはだかる。
俺はちらと横目で瑠香を見た後、視線を落として瑠香の横を通り過ぎて、また無言で歩きだす。
瑠香は何も言わずに、息を整えながら隣に並んで歩いてついてきた。
俺に何か語りかけるわけでもなく、ただ隣でじぃっと黙っているだけだ。
俺は気持ちが高ぶっていたこともあり、この抑えきれない感情を独り言のように漏らした。
「穂波さんさ……俺には何一つ言ってくれなかった……」
「えっ?」
口にした途端、悔しさがこみ上げてきて、目頭が熱くなる。
俺は必死に声を震わせながらも言葉を続ける。
「今回の件、俺何一つ聞いてなかったんだ……勝手に穂波さんが決めて、俺に何も相談もせずに……一人で……」
「……」
瑠香は何も言わずに、ただじっと黙って俺の言葉を聞いてくれている。
ついに耐えられなくなった熱い滴が、頬を伝って流れ出る。
「俺はさ……半年間同居生活してきて、もっと穂波さんに寄り添ってたつもりだった。だから、穂波さんのためにと思って、クラスが変わっちゃうのも仕方ないと思ってた。それでも穂波さんは、俺のことを必死にかばおうとして自分のクビを引っ提げてまでしてくれたって、だからクラス賞を取って、せめて恩返しじゃないけど、最後に俺が出来ることをやろうと思ってたのに……なのにどうして……どうして……」
まさに、恩をあだで返された気分だった。
ぐっと握りこぶしを作り、すすり泣く俺の肩をそっと瑠香は叩く。
「そっか……恭太は頑張ってたんだね。えらいえらい。でも、穂波さんだって、恭太のためを思っての決断なんじゃないかな? だから、本当は二人でもっとちゃんと話し合って方向性を決めなきゃいけなかったんだと思う。でも、こうなっちゃったからには、結果は変わらない。だから、恭太はほなてぃーに、今心の内に秘めてるもの、全部直接ぶつけないとだめだと思うよ? このままだと、わだかまりが残ったまま、何もかもなくなっちゃう」
「でも……言ったところで結果が変えられないなら、何にも意味がない」
「意味ならあるよ、ちゃんとある」
瑠香は、きっぱりとそう言いきる。
何の意味があるんだよ!と、怒鳴りかける勢いで、瑠香の方を睨みつける。
だが、瑠香の表情は真剣そのもので、意思のこもった視線を感じて、俺は一瞬ひるんだ。
「……意味はあるよ」
冷静かつ鋭い声音で、瑠香はもう一度そう言い切った。
言い返す言葉をなくし、やっとの思いで一言だけ尋ねる。
「何の意味があるの?」
問うと、瑠香はぐっと唇を噛みしめながら、少し悔しそうな表情で俯いてしまう。しかし、ふっと息を吐くと、再び視線を上げて口を開いた。
「恭太とほなてぃーの本当の気持ち。悔しいけど、恭太がほなてぃーのこと、どう思ってるか、それを本人にぶつければ、今の現状は変えられなくても、未来は変えられるよ」
その言葉に、俺は度肝を抜かれた。
瑠香は、もう俺の本当の胸の内に気が付いているのだ。それでも尚、俺を追いかけて来てくれて、当たり前のように隣に寄り添ってくれている。
なんて世話好きで、どうしようもない幼馴染だ。
俺は捨て台詞のようにそっぽを向いて減らず口を叩いた。
「ホント、お前はどうしようもない幼馴染だよ」
俺が言うと、瑠香は意地の悪い笑みを浮かべて、にぃっと笑う。
「どういたしまして。小さい頃からずっと、恭太の事見てきた幼馴染ですから」
瑠香は、どこか愁いを帯びたような目で俺を見つめてきたかと思えば、視線を前に向けて、わざとらしく声を張り上げた。
「あーあ、恭太にこれだけ心配されてるほなてぃー羨ましいなぁー!」
それは、小さい頃からずっと見てきただけではなく、ずっと思い続けて来てくれていた幼馴染の、最後の嫉妬めいた反撃の言葉だった。
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