第64話 運命の扉

 タクシーでやってきたのは、俺が以前住んでいた地区からさほど離れていない住宅街。そのとある一軒家の前に、俺と保奈美さんは立っていた。


 保奈美さんに付き合ってと言われた時点で、もっと早くこの可能性に気が付くべきだった。


 俺は何故、勝手に保奈美さんが一人暮らしをしていると決めつけていたのだろうか?


 妹である友香ちゃんが俺と同じ中学校に通っていたという事実を考えれば、保奈美さんが実家に暮らしていてもおかしくないという可能性にすぐに気が付いたはずだ。

 今から保奈美さんの家に向かうということはつまり、友香ちゃんが家の中にいるということになる。何と言う過ち、もっと早く気が付くべきだった。


「……何が目的なんですか本当に?」

「ん? 何が?」


 キョトンと首を傾げる保奈美さん。


「いやっ、何がって。言わなくてもわかるでしょ」

「ふふっ、まあそれは、家に入ってみてからのお楽しみということで」


 保奈美さんはからかうような口調で、家の前にある門扉を開けて、玄関へと向かっていく。

 ここで俺が逃げることも可能だが、そうすれば俺と保奈美さんの人生が破滅への道をたどるのは自明の理。ここは、大人しく保奈美さんの実家へ足を踏み入れるしかない。


「どうぞ」


 玄関の扉を開けて、保奈美さんが手招きする。


「お、お邪魔します……」


 恐る恐る玄関をくぐると、玄関周り以外の照明は既に落ちており、家の中は静寂な雰囲気に包まれていた。


「あの……」

「もう夜遅いしね。両親はたぶん寝室で寝てる」

「そ、そうですか……」


 ひとまず、保奈美さんの両親との鉢合わせが無いことに安どしていると、靴を脱いで家の中に上がった保奈美さんが手招きする。


「ほら、早く、こっちこっち」


 保奈美さんにせかされて、俺は靴を脱いで家の中へお邪魔する。


 なんか、こうして女性の家に忍び込むって、凄い背徳感がハンパじゃないんですけど……


 そんなことを知る由もなく、保奈美さんは玄関の先にある階段を登っていく。

 俺もそれに続いて、キョロキョロと辺りを見渡しながら階段をゆっくりと足音を出来るだけ立てずに登っていく。


 保奈美さんがわざわざ家まで連れてきたということは、穂波さんの妹で、俺の中学の同級生である栄友香の身に、俺と瑠香の事柄が発端となって、何か起こっているからそこここへ連れてきたのだろう。そのことを考えるだけで、先が思いやられる。

 だが、その原因を作ったのはここにいる俺と、幼馴染の瑠香だ。


 秘密を黙っている代わりとして、過去の罪を本人の前で懺悔して贖罪する。

 それが、彼女が求めている対価なのだろう。いや、もしかしたらそれだけでは飽き足らず、さらに未来永劫何か償い続けなければならないのかもしれない。

 それくらい、彼女が大切にしている妹という存在を、俺は傷つけてしまったのだろう。


 その保奈美さんの後姿からは想像できないほどの、苦労が感じられるような気がした。俺は、覚悟を決めることにした。保奈美さんのためにも、瑠香のためにも罪を一人で背負うことを……。


 階段を登り二階へと進み、廊下を左へと進んでいく。すると、突き当りに左右向かい合う形で二つの扉がある。保奈美さんはその二つの扉の前で立ち止まり、こちらへ振り返った。


「さぁ、ここで問題です。私の部屋はどちらでしょうか?」


 小声で突然クイズを出してくる保奈美さん。俺はその左右の両扉を見比べる。

 どちらも何の変哲もない普通の扉。ドアノブが付いているだけの質素な木目の扉で、よく扉などに掛けられている『○○の部屋』などの掛看板もない。


 どちらの部屋からも微かに明かりが、暗がりの廊下へと漏れ出ている。

 これでは、どちらが正解なのかまるで分らない。


「ヒントを下さい」


 俺がそう言うと、保奈美さんはニヤリとした悪い笑みで答える。


「それじゃあヒント、どちらかは妹の部屋です」

「なっ……」


 やはりか。

 まあ、大体予想はしてたけど、保奈美さんの口から事実を言われてしまうと、余計にプレッシャーがかかる。


 だが、余計に悩む種が増えただけで、直感で当てなければならないことに変わりはない。俺が困っていると、保奈美さんが急かしてくる。


「ほら、何も答えないから、両方空けちゃうからね? いいのかなぁ?」

「なっ……」

「5……4……3……2……1……」

「右! 右の部屋にします」

「富士見くんから見て右だから、こっちの部屋かな?」


 そう言って保奈美さんが指さす。


「そうです……」

「それじゃあ、ノックしないで一気に開けてみな?」

「えっ? 俺が空けるんですか!?」

「当たり前でしょ! これはクイズなんだから、正解は自分で確かめるものよ」

「……わかりました」


 俺は覚悟を決めて、ゆっくりと右側の扉の前に立つ。

 慎重にドアノブへ手を掛けて、ゆっくりと深呼吸をした。


 そして、意を決してドアノブを回してドアを開け放った。

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