第55話 子供たちのわがまま
翌日、改めて俺、
香織さんはその重そうな爆乳を机の上に乗せて、間を少し取ってから口を開いた。
「それじゃあ、話し合った結論を聞きましょうか」
「はい」
俺と母は頷き合って、いきなり椅子から降りて、地べたに正座で座り込み、そのまま頭を下げて、渾身の土下座をした。
「申し訳ありません!」
「申し訳ありません!」
開口一番で二人同時に謝罪した後、母さんの方から口を開いた。
「香織さんに対して、息子の恭太が寮に入る準備が整ったと嘘の供述をしていたことは、決して許されることではありません」
その後の言葉を、俺がくみ取る。
「ですが、僕としては、母さんにも幸せになって欲しいという気持ちがあり、再婚を認めたんです。なので、せめて母さんと拓雄さんの婚約だけは破棄しないでください!」
俺と母さんが迫真の土下座をして述べたので、穂波さんと拓雄さんは椅子に座りながら俺たちを見下ろして、驚いたような表情を浮かべている。
「顔を上げて二人とも」
香織さんに促されて、俺達は顔を上げて香織さんへと視線を向ける。
香織さんは、一つ息を吐いてから、冷静な口調で言葉を紡ぐ。
「恭太君の気持ちはよくわかったわ。でもね……恭太君はまだ成人していないの。そんな大人たちが身勝手に決めた結婚なんて、許さなくてもいいのよ?」
「いえ、僕はもう覚悟してるので大丈夫です。それに、母にも自由な権利はありますから」
俺は香織さんへ鋭い眼差しを向けて言い放った。だが、香織さんの冷静な詰問は止まらない。
「だとしても、恭太君をこれからどうするつもり? まさか、一人暮らしさせるなんて言わないでしょうね?」
「そ、それは……」
母さんは、顔を背けて言い淀む。
だが、その言葉の先を汲み取って、俺はきっぱりと言い切った。
「僕はこのまま、穂波さんの家で暮らします。母と拓雄さんもそのままで!」
「へぇっ!?」
「はい?」
何を言っているのと言わんばかりの表情を浮かべる香織さん。一方の穂波さんは、驚いたような声を出した。そんなあり得ないような現状維持という結論に至るとは、夢にも思っていなかったのだろう。
だが、この結論に至った理由はちゃんとあるのだ。
母さんが幸せかつ、俺の気持ちを汲み取って現状維持を続けられる方法が……。
訝しむ表情を向けている香織さんに向き直り、息を大きく吸ってから、意を決して言い放つ。
「僕はもう、穂波さんの事が好きなんです。だから、もう一緒に住むことが出来ないなんて、考えられないんです!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」
仰天の声を上げる穂波さん。だが、俺はさらにたたみかける。
「もう穂波さんのちょっとドジなところも、大人らしくて美しいとことか、時々見せる子供らしい一面とか、もう全部含めて大好きなんです。愛してるんです!」
「ちょ、恭太! 恥ずかしいからもうやめてぇ!」
穂波さんが顔を真っ赤にして、悶絶するような声で訴えてくる。
「だから、僕と穂波さんの同棲を認めてください!」
俺は、最後に深々ともう一度頭を下げた。
「うちの息子が言ったわがままなんです。どうか、私からもお願いします」
母さんも続いて、頭を下げる。
そう、これは俺が昨日考え付いた一つの案。
◇
俺が穂波さんと今度どうしていきたいのか……
「俺は……穂波さんとこのまま一緒に住みたい」
「……どうして?」
「それは……」
母親の前で言うのは恥ずかしくて穴に首を突っ込みたいくらいだが、ここで言わなきゃ男の恥というものだ。
「多分……好きなんだと思う……」
確証はない。ただ、俺の胸の中にわだかまっている気持ちが本物であるならば、そういうことなのだろう。
「……そっか。恭太にも、やっと大切な人が出来たのね」
母さんは、ニコっと笑いながら嬉しそうな表情を向けている。
「なら、母さんはその恭太のわがままを尊重するわ。明日ちゃんと香織さんに話して、認めてもらいましょ?」
「うん!」
◇
そんなカオスな状況の中で、香織さんは大きなため息を吐いた。
「ホント、仕方ない人たちだよ全く……穂波。あなたはどうなの?」
「へっ!?」
頭を穂波さんの方へと向けると、穂波さんは身をよじりながら困った様子で目線を右往左往している。だが、その視線がふと俺のところで止まり、目が合った。
潤んだ瞳で、助けを求めるようにせがんでくる穂波さんに、俺はにこっと微笑んだ。
その表情を見て何かを感じ取ったのか。頬を真っ赤に染めたが、一つ咳ばらいをして、きりっとした視線で香織さんに言い放った。
「私も、恭太と一緒に暮らしたい。今の私にとって、恭太がいない生活なんていうのは考えられない!! だから、私からもお願いします。恭太とこのまま同棲を続けさせてください。娘のわがままを聞いてください」
穂波さんが俺を必要としてくれている事実に、胸が熱くなるのを感じた。
あぁ……そうか。穂波さんは俺のことをそれだけ信頼してくれている。
三人とも、香織さんに対して頭を下げる状況に、流石の拓雄も困惑していいる。
「お、おい……お前ら……」
「拓雄!」
すると、香織さんが厳しい口調で拓雄を呼ぶ。
「な、なんだよ……?」
「もとはと言えば原因はあんたにあるんだから、あんたからも何か言うことは?」
「お、俺は別に何も……」
すると、三人全員が、射すくめるような鋭い冷酷な視線を向ける。
拓雄さんは、これには身を引いて怯えていた。
特に母さんなんて、『今すぐ離婚してやろうか、あぁ!?』って暗に含めているくらいメンチ切ってるし。
三人に睨まれて、流石に思う所があったのか。
視線をうろちょろさせながらも、香織さんに向き直る。
「その……俺からもおなしゃす」
「お願いしますでしょぉおぉぉ!!!!!!?」
「ヒィ!!! おっ、お願いします」
母さんにぶちぎれられて、悲鳴を上げながらも頭を下げてお願いした。
「はぁ……全く、困った子たちだよ」
香織さんは、呆れ半分でため息を吐いた後、言葉を続けた。
「分かりました。今回は、子供たちのわがままに免じて許してあげます」
俺たちは顔を見合わせて、歓喜の表情を浮かべる。
「た・だ・し! 真知子さんは、穂波に迷惑かけないよう。金銭面とかの問題はしっかりすること!」
「はいっ!」
はきはきした返事を返す母さん。
「それと穂波。菅沢家三大鉄則を忘れたわけじゃないでしょうね? 今後も抜き打ちでチェックしに行きますからね?」
「えぇ!? お母さん、家まで来るつもり!?」
「当たり前です。それくらいの覚悟があるから、同棲したいと言っているのでしょ? 違う?」
挑発的な視線に、穂波さんは少し戸惑っていたが、そこへ俺が割り込んで口を挟む。
「もちろんです。香織さんが赤面するくらいラブラブなところ見せてあげますよ」
「ちょっと、恭太!?」
穂波さんが恥ずかしそうに赤面している。
「ふふ……楽しみにしているわよ?」
香織さんとにやりとした笑みでしばしいがみ合い。ふと香織さんの方から視線を逸らした。
「はい! この話もう終わり! 広間へ行きますよ。昨日、みんなでお盆の集まりが出来なかったからね」
この話はもう終わりと言わんばかりの勢いで、香織さんは大広間の方へと戻って行った。
取り残された俺たちは、各々がにこやかな表情を浮かべて、喜びを分かち合う。
こうして、母さんと拓雄、そして俺と穂波さんは、現状維持のまま生活することを認めてもらうことになった。
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