第38話 マッサージマスターに俺はなる!

 夜、穂波さんと夕食を共にしている時にふと呟いた。


「そう言えば、もうすぐ中間試験ですね」

「そうね」

「試験やだなぁ~」

「恭太なら、しっかりしてるし問題ないでしょ」


 そう言って、お茶碗のご飯を頬張る穂波さん。


「穂波さんって、中間試験も問題はもう作成しました?」


 穂波さんはみそ汁をずずずっと啜ってから答える。


「えぇ……大体8割くらいは出来たかしらね」


 やはり学校で試験問題を作成しているようだ。家では仕事してるのこの人?っていうレベルで怠けてるからなぁ……

 俺は一つ咳ばらいをして、折りいるように話す。


「そのぉ……よければ少し範囲などを教えて頂けたりは……」

「そうねぇ……」

 俺が恐る恐る尋ねると、穂波さんは顎に手を当てて思索する。そして、突然何かを思い立ったように顎に当てていた手を自分の肩に置いて首を回し始めた。


「はぁ……痛いわ」

「どうしたんですか穂波さん突然?」

「痛いのよ」

「心がですか?」

「違うわよ。肩よ肩!」


 穂波さんは肩を指さして、首を捻りコキコキと関節を鳴らしている。


「なんで肩が凝ってるんですか?」

「女性は凝りやすいのよ、重いものを抱えてるからね」

「重いもの??」

「これよ!」


 そういって、穂波さんは自分の胸をボインっと持ち上げる。

 服越しにもピタっとその胸の弾力と大きさが強調される。


「あぁ、なるほど」


 俺はようやく理解したうえで、興味深くそのたわわな胸をここぞとばかりに拝む。

 ふむふむ、なるほど……これだけのダイナマイトを所持していれば、こりゃ肩も凝るかもしれないな。大きな胸を持つごとに、肩が凝りやすいって聞いたことあるし。まさに、おっぱい保存の法則だな。


「じとぉ~」


 すると、まさに穂波さんが言葉通り、ジト目でこちらをにらつけていた。

 俺は一つ咳払いして視線を逸らす。


「まあ、穂波さんが肩が良く凝りやすいということは分かりました」

「そう、分かってくれるなら、お願い」


 そう言って、穂波さんは自分の肩をトントンと手で叩く。


「お願いって何がです?」


 俺が尋ねると、穂波さんはわざとらしく演技をしてくる。


「私、肩凝ってるのよね~。あ~あ、誰か揉みほぐしてくれないかなぁ~。そしたら試験問題教えてあげてもいいんだけどなぁ~」


 あぁ……そういうこと。

 どうやら穂波さんは、俺にマッサージをご要望らしい。


「仕方ないですね」


 試験勉強を少しでも楽するためだ。俺は立ち上がって、穂波さんの背後へと移動する。

 立膝になって穂波さんの背後へ近づくと、穂波さんの香水の香りだろうか? いい匂いが漂ってきた。


「それで? どうすればいいですか?」

「肩と肩甲骨あたりを重点的にお願い」

「わかりました。それじゃあ、失礼します」


 そう言って、俺はマッサージを開始したのだが……


「違うそこじゃない! こっち!」

「え? どこですか??」

「あぁ、もう! 全然違う! こうもっと親指でこのあたりの肩甲骨の辺りを指圧する感じで」


 穂波さんが自分の手で実演してくれる。


「へ? こう?」


 俺はその実演した通りに、腕をわきの辺りから回して、ガシっとホールドする形にして手を逆手にして肩を掴む。


「って、違う!! 恭太マッサージ下手くそすぎポンコツ!! 今までやったことないの!?」

「なっ……穂波さんにポンコツとは言われたくないです! まあ、確かにマッサージとかほとんどやったことないですけど!」

「ご両親とかおばあちゃんとかに頼まれて子供の頃に一回は通る道でしょ? 普通やるでしょ? 誕生日とかに肩たたき件とか作ってプレゼントしたりしなかったわけ?」

「母の誕生日はいつも花でした。好きだったんで」

「夫か!」

「まあ、父親蒸発したんで一応夫代わり?」


 俺が顎に手を当ててそんなことを思っていると、穂波さんは盛大にため息を吐いた。


「もういいわ。あなたが今までどれだけマッサージをしてこなかったのかがよくわかったわ。これじゃあ申し訳ないけど試験範囲を教えるわけにはいかないわね」


 穂波さんは額に指を当てて、呆れた表情を浮かべていた。


「そんなぁぁぁ!!!」


 がっくりと項垂れる俺。

 こんなところで家族との触れ合いの部分で経験値の差が出るとは……一生の不覚。


「これは教師として、マッサージも教育する必要がありそうね……」

「いや、俺が上達するよりも、マッサージチェア買ったり、て○みん行ったほうがいい気が……」

「違うのよ。そういうことじゃないの、マッサージを身近にいる人にやってもらうからそこ効果があるんじゃない」

「え? そういうものですか?」

「そういうものよ、愛情が入ってるからね」


 ……はい?

 頭狂ったかこのポンコツ?

 愛情の『あ』の字も入れてないわ!


 俺が呆れた表情で見つけていると、穂波さんが眉間にしわを寄せて尋ねてくる。


「な、なによ?」

「いやぁ、穂波さんが意味不明なこと言いだしたので、病院に連れて行った方がいいかと思いまして」

「そんなの必要ないわ! いい? これは愛情三大鉄則。料理、SEX、マッサージよ!」

「なんだよそれ……」


 生きてて一番無駄な知識が増えたよ。

 ってかなんだよその三大鉄則、間にH入ってる時点で可笑しいだろ。


「これは、菅沢家に代々伝わる三大鉄則よ」

「あんたの家の鉄則かよ! ってか菅沢家頭大丈夫ですか?」


 本当に……いや、真面目に菅沢家の家庭事情が心配になってきた。

 そんなことをよそに、穂波さんはズビシっと俺を指さす。


「いい? マッサージで私から80点以上取れたら、試験範囲を80点分教えてあげるわ」

「は、80点分?! 本当ですか?」

「えぇ……女に二言はないわ」


 かっこよくドヤ顔で言って見せる穂波さん。だけど、今回に関してはドヤっていいレベル。だって80点分だよ80点分! ほぼ答えを丸暗記すればいいだけじゃん! かなり勉強が楽になる。


「ち、ちなみに、今のマッサージは何点なんですか?」

「0点よ」

「へっ……?」

「0点」


 無情にも通告される現実。これは、諦めて試験勉強した方がいいかもしれない。だが、それをこのポンコツは、簡単に許してくれるような人ではない。


「とにかく、居候している身なら、恭太にも菅沢家の規律に則って、マッサージマスターになってもらう義務があるわ」

「えぇ……」


 マッサージマスターってなんだよ。ポケモン全種類集めに冒険に出るわけじゃないんだからさ。


 ちょぉぉぉー面倒くさそうな表情で見ると、穂波さんはにたっと意味深な笑みを浮かべる。


「マッサージがうまくなったら、スマホ買ってあげてもいいんだけどなぁ……」

「な、なんだと!?」


 スマートフォン。それは、学生にとって所持必須ともいえるアイテム。

 俺も前までは所持していたのだが、家を出る時に契約料とか月額料金とか払ってまで生活するのは無駄だと判断して解約してしまったのだ。


 こうして、穂波さんの家に居候させてもらう身になり、ある程度時間が確保できる状況になった今、スマートフォンさえあれば、ゲームやSMSなどの娯楽を楽しむことが出来る。何としてでも手に入れたいアイテムの一つ。


「それでも恭太は諦めるのかなぁ~」


 挑発的な目で尋ねてくる穂波さん。そんな表情で言われたら、宣言するしか無かろう。


「わかりました! 絶対に穂波さんをトロトロに蕩けさせるようなマッサージマスターになって見せます! 覚悟してくださいね!」


 こうして、試験範囲とスマートフォン獲得をかけた、富士見恭太のマッサージ特訓が今幕を開けたのだった。

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