第21話 秘密のクラブ

 今回のゴーストライター作戦が面倒なのは、暗号のように数字が介在しているためだ。

 シノンさんが受け取ったメールを普通の文字に置き換えて風林さんに送り、風林さんがそれに対する返信を考えてシノンさんに送り返し、シノンさんがそれをまた数字に変換して相手に送信する、という二重の手間がかかるからである。

 風林さんは、仕事の合間に文章を考えなければならないので大変だったが、だんだん慣れてくると、相手をたぶらかすことに興味が湧いてきたようだった。


 何も知らない男に対し、「暴力的に支配されようとしている女」の揺れ動く心を分析して文章を作る作業はなかなか面白く、風林さんはだんだんと夢中になっていった。

 それを受け取ったシノンさんは、せっせと数字に変換して送信する。

 それを受け取った下須は、その度にほくそ笑んだりあせったりしながら返信した。

 このような三者三様の状況が一か月あまり続いた。


 東京の都心から車で二時間も走れば、雑音と排気ガスから逃れた別天地が開ける。

 圏央道の青梅おうめインターから車で三、四十分、丘陵のかなり奥まった一画に、さまざまな広葉樹に囲まれた一棟の施設がある。

 地上二階、地下一階の鉄筋造りで、地味ではあるが品格を感じさせる建物だ。

 地下のガレージに駐車されている二十数台の高級車は、この施設の利用者のものだ。


 女性専用の会員制保養施設「ウイメン」のオーナー時雨しぐれ理依紗りいさは、姉の羅依紗らいさ、妹の留依紗るいさ、そして末妹の麗紗れいさの四姉妹でこの施設を共同運営している。

 その他のスタッフは、有名レストランのシェフをしていた従兄弟の時雨しぐれ雷天らいでんが料理を、彼の長男の雷人らいと夫婦が、ベッドメイキングなどのアシスタント業務を担当している。


 会員は三十代から四十代の独身女性が多く、現在は百二十名くらいで、当面は大幅に増やす予定はない。

 彼女たちは全員、精神的にも経済的にも自立していて、それぞれ様々な社会的ポジションについている。企業オーナー、文筆家、服飾デザイナー、証券アナリスト――中にはテレビで有名な女医の名前もある。


 この施設は彼女たちにとって、日常のストレスにさらされた心身をリフレッシュするための、もっとも気の休まる場所なのである。

 彼女たちのほとんどは、一度ならず男性によって苦くて辛い経験をし、いまだ男性に幻滅しているのだった。

 また、メンバー間のプライバシーの保護も徹底されていて、それは会員規則の最重要項目にも記載されていた。


 用意される食事も申し分なく、えりすぐりの和洋酒は心地よく身体にしみわたる。

 それにもまして彼女たちに好評なのが、食事、入浴の後に別世界にいざなう、あるリラクゼーションサービスである。

 ただしそのサービスは、宿泊する場合にのみ無料で提供される。利用時間は健康状態を考えて、最長一時間としている。


 このサービスのシステムは、人間の四つの感覚――「サウンド(音響)」、「パフューム(香り)」、「ライティング(照明)」、「ラブ(愛撫)」――に対応している。これらの四つを用いて、女性の官能に対して癒やし、慰め、時には強烈な刺激が、優れたAIロボットたちによって提供されるのだ。

 サービスは四つの感覚の組み合わせの中から、三十近い数のメニューが提供可能だが、その内容は会員の需要とAIの学習データに基づいて、三か月ごとに更新されているようだ。

 そうして彼女たちは、メニューを選んでボタンを押すだけで、夢幻の境地をさまようことができるのだ。


 女性の官能は、多種多様なうえ、きわめて気まぐれである。

 例えばこのシステムの「サウンド(音響)」についていえば、『マドンナの宝石』をいつも好んでいた女性が何かの拍子で、『ティゴイネルワイゼン』を選択した結果、そちらの方がより多くの癒やしを得られることもある。

 第四の感覚「ラブ(愛撫)」においては、どんな女性にも好奇心をくすぐるメニューが用意されていて、今までかたくなに拒んでいたタブーを、快楽とともに乗り越えるケースも多いようだ。


 また、あらゆる種類のマスクが利用できるのも重要なポイントだ。

 アイマスクやフェイスマスクなど、それぞれの女性の好みに応じて様々なものが用意されているが、これが、彼女たちが「孤高を守り」つつも「羞恥心を捨てる」ために重要な役割を果たしている。

 また、女性たちから集められた多種多様な「快楽データ」は集計・分析され、新しいメニューの作成に利用される。もちろん、人体に危険を及ぼす可能性のあるメニューは排除されている。


 人間の男性には到底まねのできないAIロボットの秘技に身をゆだねた彼女たちは、しばしの快楽をむさぼり、あらゆるしがらみから解放される。

 AIロボットたちは、女性たちの支配者であると同時にしもべなのである。

(彼女たちが人間の男のもとに戻っていくのは、どういう時なのだろう?)

 シークレット・マムは自分の苦い過去を振り返る。

 彼女もまた、刻々と変化する今しか信じることのできない、一人の女性なのである。


 八月になると大学が夏季休暇に入ったせいか、下須からのメールは日を追うごとに増え、その内容はきわどいものになってきた。

 シノンさんは淡々と風林さんの書いた返信を送っていたが、ついにその内容が、ある条件を飲めば、シノンさんが不本意ながらも彼らの要求を受け入れる、ということを匂わせた時、さすがに彼女は不安にかられた。

 だが次の瞬間、シノンさんは思い切って送信ボタンを押した。


 その内容は風林さんが、彼らの微妙な心理状態を読み取って出した答えだった。

 しかしこの頃になると風林さんは、

(相手の次の出方しだいでは、もう一度くらい、じらしてもいいかな?)

 などと、想像と創作の飛行を楽しんでいたにちがいない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もぬけのから 田村ろご @tamurarogo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ