第20話 作戦会議

 江戸井社長と例の個室喫茶で落ち合ったのは、翌日の午後四時過ぎだった。

 昨夜のシークレット・マムとの話し合いで提案された、おおまかな作戦について、ぼくは記憶している限り江戸井社長に説明した。

 シークレット・マムが経営するクラブは会員制なので、この作戦に利用することは、会員にも内密であると強調した。


「当然ですとも。今回のことはすべてを極秘に進めなければなりません。相手方も地位や名誉がある立場、ことが公になるのは望んでいませんでしょう。

 ただ――、あの人たちは病人です。異常者です。そのことを徹底的に理解させてあげなければ。そのママさんにご協力をお願いしましょう」

 江戸井社長の決断はいつものように素早く、そのままテキパキと次の段階に進めていった。

「シノンさんと風林さんの共同作戦は面白いと思いますよ。わたくしがお二人にお会いして、三人で綿密に計画を練ります」


 事務所に戻った江戸井社長はすぐさま風林さんに直接電話をした。「フェミンプラザ」に来てくれるようお願いをするためだ。

「信子さん。いつもわたくしどもを陰で支えていただいて、ありがとうございます」

 本心からそう言ったものの、社長には、風林さんにその役割を依頼することにまだ迷いがあった。

 というのも、社長は彼女とはこれまで二度ほど面識があったが、彼女の無口で内向的な性格を尊重して、あまり立ち入った話をしたことがなかったのだ。


 シノンさんにしてもそうだ。

 彼女はおそらくシノンさんより四、五歳年下だが、彼女たちもまた、サイトの業務連絡以外に関わりはないように思える。

 そんな二人に、江戸井社長は今回の作戦をどう説明するのか?


 (でも、時間がない)

 彼女は思い直し、自らの迷いを吹き飛ばした。

「信子さん。あなたを女と見込んでお願いがあります」

 そう言ってしまうと後はいつもの社長のペースだった。

 すぐさま風林さんと約束を交わし、その後シノンさんにも詳しくいきさつを説明した。


 さっそく三人で集まるとシノンさんは、自分の忌まわしく恥ずかしい過去について包み隠さずに話した。

 風林さんは黙って、そして時々うなずきながら聞いていた。

 頭の中では、これから起こり得るストーリーを想像しているようにも見える。

 シノンさんが話し終えると、江戸井社長は改めて風林さんの方を向いて、

「……分かっていただけました?」

 と少し不安げな表情で聞いた。

 それほど風林さんは冷静で淡々とした様子だった。


 彼女は終始無言だったが、思い直したように急に顔を上げ、

「ええ、お引き受けいたします。その前に私のこともお話ししたいのですが、聞いていただけますか?」

 その話し方は普段とはまるっきり違っていた。

 彼女は話し始めた。


 中学、高校時代に独特の性格が原因で、同級生や教師からもいじめを受け、高校二年の途中で退学したこと。

 その後、PTSDを患い入院したこと。

 そしてそんなつらい日々を癒やしてくれた数々の文学、中でもロシアの文豪ドストエフスキーの「五大ロマン」には圧倒され、深い人間愛と、残酷なまでの心理描写に魅せられたこと。

 また、それらの作品の中では、奇妙で普通じゃない人たちが主役として登場し、逆に地位のあるまともな人たちはみんな、つまらない脇役でしかなかったこと――彼女はそれらの本の中にたくさんの仲間を見つけたのだ、と語った。

 

 ふだんの彼女からは想像できないしっかりとした口調とその話の内容は、まるで、自分の心の闇をすべて打ち明けてくれたシノンさんに共感し、慰めるかのようだった。

「こんな変な私でも、お役に立てるのでしたら」

 彼女は話し終えるといつもの風林さんに戻った。

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