第11話 シノンさん

 静かにドアが開き、女性が姿を現した。

 写真通りの頭巾を被り、同色の法衣ほうえをまとっている。

 部屋にぼくらを招き入れると、

「どうぞ、おかけになってください」

 とソファーをすすめる。ファブリック張りで、肌ざわりがとても心地よい。

 室内は全体的にペールトーンでまとめられていて、樹木系のルームフレグランスが気分をやわらげる。


 あらためて名刺交換をしたあと、出された紅茶を飲みながら、気にかかっていたことを聞いてみた。

「こちらのサロンのお名前は『メンタルヘルスケア』だと伺いましたが……、まことに失礼な質問かも知れませんが、それは仏教と何か関係があるんですか?」

 シノンさんは江戸井社長と思わず顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。

「いいえ、関係ございません。ただわたくしが気に入っているだけですわ」

 と言いながら頭巾に手をやった。

「確かずいぶん前にやっていた、テレビドラマのお坊さんの衣装ですよね?」

 すると江戸井社長が、

「ええ、『西遊記』の三蔵法師のコスチュームね。かわいくて、品がありましたね」

「ぼくも昔再放送を見ました」


 しばらくの雑談で打ち解けたあと、

「さて、今日の本題に入りましょう。おおまかなことはシノンさんにお話ししてあります。愛月さんの方から、ご自身のなさっていることや、これから目指そうと思っておられることをご説明いただけますか?」

「当社は、とは言っても三人ばかりの小さな会社ですが、女性をターゲットにした情報サイトの運営をしております。

 現在は東京近辺の飲食店やショップ、カルチャー教室などの情報を提供をしながら、同時にサイトで読者の投書をつのり、毎月まとめて掲載しています。

 テーマとなるキーワードは当社で提示して、女性の意見のキャッチボールの場を提供するのが当サイトの狙いなのです」


 シノンさんは静かに、時々うなずきながら聞いていた。ぼくは江戸井社長の表情をうかがいながら、

「女性の自立のために、自分の頭で考えて自分の言葉で語る――、これがこのサイトの趣旨です。もちろん匿名ですし、明るく楽しい話題から、まじめなものまで、みなさんリラックスして飾らずに語っておられます」

 そこで江戸井社長が引き継いで、

「とてもいいことだと思うわ。愛月さんからシノンさんに何かご質問は?」

「『メンタルヘルスケア』というのは具体的にどのように……、すみません、例えば催眠術をかけるとか、霊気を与えるとか?」 


 彼女は微笑んで、

「わたくしにはそのような力はありません。

 わたくしも弱い人間です。ただ苦しまれている方のお話をお聞きして、その方の立場をできるだけ自分の身体の中に溶け込ませるだけなのです。そして感じた言葉を差し上げるのです。

 いただくお金に関してはその方にお任せしておりますわ」 

 彼女の口から「お金」という言葉が出たのでぼくは少し驚いた。心と金銭の関係は微妙だと、いつも感じていたからだ。


 ぼくはシノンさんを観察しつつ、どのようにコラボレーションできるかを考えながら、

「シノンさんには、うちのサイトに加わってご助力をお願いできたらと思っています。投稿の内容を見ていると、みなさん意識的、無意識的に関わらず、孤独という共通のキーワードが感じられます。その方たちとシノンさんのふれあいみたいなことができないだろうか、と先ほどから考えていました」

「実際の方法としてはどのように?」


「今ぼくが考えているのは、例えばシノンさんにサイトの新コーナーに参加していただくとして、最初にシノンさんのプロフィールとかお写真を掲載するのはどうかと――」

 ここまで説明すると、シノンさんの一瞬戸惑ったような表情が目に入った。

 彼女は江戸井社長の顔を見つめて、助けを求めているように感じられた。

「そういうのはちょっと、謎めかした方がいいんじゃないかしら? その方が魅力的だと思いますけど」


 少しの間、若干張り詰めた空気がその場を支配した。

 が、ふと隣に座っている嵐日君が次の提案に結びついた。

「では、写真のかわりに『イメージ画』でいかがでしょう?」

 ぼくは、それまで長身を沈黙の袋に閉じ込めていた大男を、あらためて二人の前に引っぱり出した。

「彼は女性の絵を描くのが趣味なんです。いや、趣味というよりライフワークといっても過言ではありません」

 彼女たちは「まあ」とほぼ同時に驚きと意外さの混じった声をあげ、もう一度彼を親愛のこもった目で見つめ直した。


「嵐日君の作品は単なる写生ではなく、女性の内面を見つめて描かれています。ですので、同じ人物でも毎回違った作品ができ上がるんですよ。

 写真よりも魅力的だと思います。毎月差し替えてもいいんじゃないでしょうか」

 この提案に二人は満足げな様子だった。

 しばらく世間話をし、そろそろ時間が迫ってきたので、ぼくと嵐日君は席を立ち、それぞれの高さでおじぎをして部屋をあとにした。


 彼女たちはエレベーターホールで別れ際に、

「イメージ画、完成したら見せてくださいな。楽しみだわ」

 江戸井社長のそばで、シノンさんもほほえんで小さくうなずいていた。

 のちにこのイメージ画が、奇妙な騒動の発端ほったんになるのだが、今はすべてが善意ぜんいのうちに動いていた。

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