第2話 江戸井亜里

 JR中央線国立駅からほど遠くない閑静な場所の一画にある地上六階、地下一階建てのビル。もともとは大手生命保険会社の別館であったが、現在は持ち主が代わり、商業ビルとなって数年になる。

 築二十年以上経っていることもあり、新しいオーナーの江戸井えどい亜里ありは、ビルの耐震工事をする際に、外装も一変させ、かねてからの想いをこめて、ビルの名を「フェミンプラザ(女性の広場)」と名付けた。


 「女性の広場」とは言っても、ビルは全くの男子禁制というわけではない。地下一階のレストラン、喫茶店、バー、和食料理店には、多数の男性従業員が働いている。男性客たちも、たとえ多少の酒気を帯びようとハメを外すこともなく、この場の空気になじんだやり方で思い思いの時間を過ごしているようだ。


 一階から二階は自然派化粧品会社と下着メーカーが使用している。三階から五階はビューティーサロン、ブティック、アクセサリーショップ、美容歯科、女性専門の弁護士事務所などが占め、五階の一番奥の、やや照明を落とした部屋のエントランスには「メンタルヘルスケア」のサインプレートが見える。


 六階の管理事務所を除いた部分は、利用目的に応じて仕切れるユーティリティースペースとなっている。とはいえ、利用者はおおむね決まっていて、茶道、華道、日本舞踊、ママさんコーラス、カルチャー教室などのメンバーが、練習や講演会に利用する。


 亜里は、九年前に他界した父親から受け継いだ、自宅を含む遺産のほとんどを売却し、その資金でビルの購入を決めた。


 亜里の父、江戸井えどい修造しゅうぞうは、他人からは想像もできないほどの辛酸を舐め、その結果かなりの物質的成功を収めた男だった。しかし、波瀾と苦闘の末に実現した彼の夢は、結果的に娘に精神的苦痛をのこした。

 彼とその人生に対する人々の評価は様々だ。「辣腕らつわん」「人望」「冷淡」「慈愛」そして「好色こうしょく」。もちろんこれらの評判は、亜里が成人してから周りの人間から聞かされたものだが。


 亜里が幼い時分、一家の経済状況は決して安定したものではなかった。父は事業の失敗と成功を何度か繰り返し、とても家庭のことをかえりみる余裕などはなく、亜里と兄の誠一せいいちは父不在の幼少期を過ごした。

 母の里子さとこも家計を支えるために朝早くから家を出、遅い日は深夜に帰宅することもしばしばだった。それでもいつも母は気丈に振る舞っていた。


 そんな生活が十年近く続き、亜里が中学を卒業する頃、それまでは遅くとも深夜には必ず帰宅していた父が、週に一、二度家を空けるようになった。母自身も、以前に比べれば仕事に追われることはなくなったようで、休日は趣味の刺繍ししゅうなどをして過ごすようになっていた。


 亜里が高校に入学する二か月前に、一家は賃貸マンションから新しい住居へと引っ越した。新しい住まいは閑静な高級住宅街に建つ三階建ての一軒家で、世にいう豪邸そのものだった。

 父の表情に達成感とさらなる野心が浮かんでいるのを見た時、亜里は漠然ばくぜんとした不安と、理由のない罪悪感に襲われた。こんな短期間に裕福になるということが素直に受け入れられなかったのだ。


 父は前にもまして事業に没頭した。家庭との距離は遠のくばかりで、帰宅するのは週に二、三度になっていた。母がもの思いに沈んでいる姿が増えていったのはこの頃からだっただろうか。


 そんなある日、江戸井家に一通の差出人不明の手紙が届いた。そこには見も知らぬ一人の女性の氏名、住所、彼女と父とのただならぬ関係が詳しく書かれていた。だが母がもっとも衝撃を受けたのは、父とその女性の間に亜里と同年代の娘がいるという事実であった。


 母の中で何かが崩れ落ちた。

 ある真夜中に、亜里は自分の名を呼ぶかすかな声で目覚めた。常日頃から控えめで自分を抑えてきた母親が、こんな時間に自分を呼んでいる――亜里はただならぬ不安に襲われた。

「亜里ちゃん、悪いけどすぐお医者様を呼んで……。こんな遅い時間にごめんね」

 と母は申し訳なさそうに言った。

 兄の誠一が急いで手配した救急車が十五分後に到着した。


 病院ではすぐさま検査が行われ、永年の心身の疲労と極端な精神的衝撃が原因ではないかと医者は言った。そのまま入院することになり、その夜亜里は兄の誠一と交代で看病した。


 鎮静剤で眠っていた母が静かに目を覚ましたのは翌日の正午過ぎ、ようやく連絡が取れた父が病室に入ってきてから間もなくのことであった。

 父は何か言おうとしたが、言葉にはならなかった。

 母は兄妹に「お父さんと二人だけにして」と優しく言い、二人は頷いて廊下に出た。

 病室では両親の何かささやくような話し声が聞こえたが、内容までは分からなかった。


 二日後、母は亡くなった。葬儀は盛大に行われたが、母には似つかわしくない、と亜里は思った。

 父は、母の初七日の法要が執り行われるまで兄妹と実家で過ごしたが、それを済ませると、再び多忙な日々に戻っていった。

 後日、母の遺品を整理していた兄妹は、一通の差出人不明の手紙を見つけた。それを読んで、特に母と心の絆が強かった兄は怒りに震え、健気けなげだった母の姿を想い起こして悲嘆の涙を流した。


 兄の誠一は、母の死から一年後、後を追うように交通事故でこの世を去った。母と兄をほぼ同時期に失った悲しみのあと、亜里の胸に非情な呆気あっけなさが押し寄せてきた。

 兄の葬儀を済ませると、亜里は父に今後のことについて相談した。父の修造は彼女の要望に応じると、少しだけ肩の荷を下ろした様子だった。


 亜里はその後、とある私立大学の文学部に進学して一人暮らしをすることにした。

 父親名義の邸宅は、外国飲料メーカーの日本支社に貸すことになり、それは父の修造が亡くなるまで続いた。

 その約二十年の間に、亜里は二度の離婚を経験した。勤務先も三度変わり、それにともなう転居も七度を数えた。その現在の住まいが「フェミンプラザ」から徒歩五分のところにある2LDKのマンションである。

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