第93話「自称参謀(笑)」

 正式な交渉のために、第一に場所を改めるために、道周たちは一番近い街に向かっていた。

 一時は曇天が頭上一杯に敷き詰められていたが、その影はもうない。一転して雲一つない蒼天と変わり、うららかな日光が容赦なく照り付ける。

 バルバボッサが大股で先導し、道周たち一行を先導する。一向に後ろを振り返ることはなく、ドンドン前へ進む。

 バルバボッサの強引な主導で、荷車とギュウシをウービーに押し付け……、もとい任せて、道地たちは額に汗を滲ませながら街に入った。

 村とも、街とも取れる、丁度その中間のような規模の集落には、種々多様な獣人たちが営みを築いていた。木々と石と、藁葺きの屋根で組み上げられた住居が疎らに点在し、小さな窓から住人たちが次々と顔を出す。

 街の獣人たちは、外から大声を上げながら闊歩するバルバボッサに気が付いたようだ。汗に輝く表情を一層明るくさせ、張りのある声で次々と言葉を投げ掛ける。


「親方! 今日も仕事をサボって散歩か?」

「人聞き悪いぞアンソー。おれは仕事をサボったことは一度もねえ。これも大事な、「視察」ってやつだ」

「いつもそう言ってタダ飯タダ酒喰らっているだけじゃないの。モニカ嬢にまた叱られるよ」

「大丈夫大丈夫。いつものことだ。たはは!

 おう、ニュイじゃないか。先日孫が生まれたそうだな。母子ともに息災か? そうか、それはよかった。

 何? 最近日照り続き? そんなもの、おれが何とでもしてやるわ。後で公式に話を通せ。

 その代わりと言っては何だが、奥の講堂を使うぞ。使用中? 知らん、何とかせい! たはは!」


 一歩進む度に、住人がバルバボッサに声をかける。バルバボッサは一つ一つの言葉に和やかに応え、豪快に笑い飛ばす。多少強引で我が儘を通しているが、その姿は同じ領主である「夜王」とは全く違っていた。

 夜王の領主としての振る舞いは、「唯我独尊天上天下」、独裁の形式であった。近寄り難い雰囲気を常に放ち、私語の一つも許さない刺々しさがあった。

 獣帝の領主としての振る舞いは、それとは対照的である。全ての住民から慕われ、多少の不貞ならば笑って許す。それどころか、この身近さに何の違和感もなく、「主」ではなく「友」という言葉の方が似つかわしいまである。


「凄いね。何と言うか、温かい領域だね」

「ですです。夜王は排他的すぎた、と言うのもありますが、グランツアイクは一段と豊かで平穏であると、私は思います!」

「しかし、こんな適当な領主でまとまっているのか?」

「そこは心配いらないさ客人」


 後ろを追従していたリュージーンの疑問を、バルバボッサの地獄耳が捉えた。朗らかな表情を崩すことなく、巨体を捩じって振り向いた。


「グランツアイクは言ってしまえばおれの縄張りだ。この耳と鼻が利いている内は、1つたりとも不和は逃さない。

 それに、広大なグランツアイクの大地をおれ1人で維持するのは無理だからな。おれが外からの防波堤になり、住人が内側を耕す。そういう「共生関係」がグランツアイクだ」

「ピラミッド型じゃなく、横並びの共生か。それで平和が保っていられるんだ。中々の手腕だ」


 道周が腕を組んで、大袈裟に頷いて納得した。

 バルバボッサは内容を肯定するでも同意するでもなく、道周の口から飛び出した未知のフレーズに興味を示した。

 だが、間が悪いのかどうなのか、荷車を押していたウービーが後方から顔を覗かせる。


「親方、講堂に到着したぞ。オレ帰っていいか?」

「む、そうか。ならばウービー、客人を案内しろ。帰る? たはは、冗談だろ」

「……うっす」


 バルバボッサの圧力に負けたウービーは、目に見えて項垂れた。ウサ耳をペタンと萎ませ、渋々と身の丈を超える扉を押して開いた。

 道周たちはウービーに心ばかりの同情をしながら、促されるままに中に立ち入る。一歩足を踏み入れると、木組みの講堂の中は異なる世界が広がっていた。

 頬を撫でる風には、木から放出される水分が含まれている。瑞々しい風は決して群れているわけではなく、火照った身体の熱を丁寧に沈めてくれる。

 木造の講堂内には、同じく木造の椅子が所狭いと整列している。天井から吊るされたロウソクが明かりを放ち、壁の隙間を吹き抜ける風に揺れる情緒を醸し出している。

 ウービーが道周たちに適当な椅子を勧める。特に何も考えていないであろ位置取りだが、まぁバルバボッサの声の大きさなら問題なく会話が成立するだろう。


「で、改めて話を聞こうじゃないか!」


 かぁ! かぁ! かぁかぁかぁ……――――。


 講堂の舞台に登壇し、バルバボッサが声を張り上げた。講堂内でバルバボッサの声が反響する。本人は張り上げたつもりはないだろうが、これが彼の素の声量である。

 喧しいことこの上ない。

 これほどに喧しいバルバボッサを相手取るのはリュージーンだ。本人は至極嫌そうな顔をしているが、その背中を押して道周たちは激励の押し付けをする。


「いい結果を期待していますよ、参謀」

「さ、出番だぞ、「自称参謀」」

「頼んだよ、参謀(笑)」

「うへぇー。

 いや、まぁ、任せろとは言ったが。圧が、ねぇ……」

「おい聞こえているぞ」


 仕方ねえ、と、リュージーンが重たそうな腰を持ち上げた。そして、ずっと片手に下げている鞄から、「秘密兵器」を取り出した。


「まずは、これを……」

「こ……、これは――――!?」


 思わぬ「秘密兵器」の登場に、バルバボッサは顔の色を大きく変えた。

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