第85話「獣の洗礼 2」
「ミチチカはその場に! 私が向かいます!」
刹那、突風に吹かれた燃える矢がモルグの鼻先を掠めた。モルグは出鼻を挫かれ、慌てて飛び退いた。
その矢を放った張本人、ソフィは次の矢を準備していた。拾い上げた枝先に魔法で火を灯し、投擲の構えでモルグを牽制する。
「こちらは私が守ります。ミチチカはマリーのサポートを!」
「了解した。助かる!」
ギュウシの警護をソフィに託し、道周は踵を返した。
道周は新しい持ち場に戻り、マリーを背に庇って魔剣を構える。
「その魔法を、獣の群れのど真ん中に撃てるか?」
「もちろんだよ。派手な音と光が出るやつで驚かせばいいんだよね?」
「そうだ。相手は所詮獣、力量の差を見せれば逃げていく」
「任せて!」
マリーは調子よく敬礼で返す。朗らかに金眼で余裕を見せると一転、険しい表情で魔法に集中する。
「よし……、かかってこいや獣!」
「「「ヴゥ……、ウォォーン!!」」」
マリーが魔法の体勢に入ったことを確認し、道周は猛々しく吼えた。
道地の咆哮を受け、モルグたちも負けじと遠吠えをした。
そして発破をかけたモルグが次々と飛び掛かる。
道周は弾丸のようなモルグの疾走に怖気づくことなく、冷静に魔剣を振りかざした。
「おらっ!」
飛び掛かるモルグを剣の側面で叩き落とすと、駆ける個体とまとめて眼を切り裂く。鮮血をぶち上げ、片眼の光を失った獣は錯乱してその場に倒れ込む。
道周は迎撃の手を止めることなく、切り裂いた魔剣の軌道を変えて敵を薙ぎ払う。
鼻先を掠めた魔剣に獣は怖気づき、剣に染み込んだ血の香に腰が引ける。
魔剣に染み込んだ血は、モルグのもののみならず。先の戦いで切り伏せた吸血鬼に「百鬼夜行」、ましてや夜王の香りすら漂わせる。
歴戦を潜り抜けた剣を相手に、獣たちは直感で攻勢を止めた。
力の差を見せつけた道周は、警戒して攻めあぐねるモルグを見渡すと確信した。
「よし、今だマリー。魔法を」
「ガアァァ!」
道周は油断していた。
相手はたかが獣だと高を括り、悠然と背中を向けたのが失敗であった。
鼻息荒く、吼えたモルグの一頭が眼前に迫る。その口が張り裂けんばかりに開かれ、研ぎ澄まされた牙が剥き出しにされている。
「――――くっ!」
道周は咄嗟に魔剣を挟み込んで防御をするが、モルグは魔剣を加えこんで道周を抑え込んだ。
モルグの体重を支え切れずに、道周は堪らず膝を着く。優勢を覆された道周は、気を引き締めて空いた拳を固めた。
「喰らえ!」
道周が振り上げた拳がモルグの頬を打ち抜いた。魔剣を加えたモルグは堪らずに口を離すが、負けじと爪を掻き立てる。
モルグの爪は奇妙なほどに湾曲していた。鉤爪のような爪が道周の首を狙って振り下ろされる。
「やっべ!?」
血の気が引いた道周は、後方に転がって反撃を避けた。間一髪で難を逃れたはいいものの、モルグの爪を受けて入れば肉を抉られていたに違いない。その事実を認識し、額に脂汗を流す。
体勢を整えた道周は立ち上がる。今度は油断なく魔剣を構え、逃れた窮地に愚痴を溢した。
「なんだよあの爪は。オオカミみたいな見た目なのに、変形しすぎだろ」
「モルグは樹上での活動に特化している種だ。あの爪は木を登るために発達したもので、可動域がとてつもなく広い」
「だがら、そういうのは先に言えよ。ほんと使いないなリュージーンは!」
後方から襲い情報を出すリュージーンに当たる。もとい、今のはリュージーンが悪い。
しかしリュージーンは悪びれる様子もなく、それどころか図々しくも助けを請うた。
「悪い報せだミチチカ。ギュウシが大ピンチ」
「はぁっ!?」
リュージーンの発言を冗談だと聞き逃しかったが、状況がそうさせない。
道周は咄嗟にソフィに振り返り、状況報告を要請する。
「ソフィ、そっちはどうなっている?」
「モルグは無事食い止めています。特にピンチと言うことは……」
「違う、
「河ぁ?」
一同は半信半疑でリュージーンが指を指す方向に視線を送った。
するとそこには、深緑の体表を水面から露わにした獣がいた。河から現れた獣は大口を開き、丁度今、ギュウシの脚に喰らい付く。
「ブヒーン!」
脚に牙を突き付けられ、獰猛な顎の力に晒されてギュウシが戦慄く。
「何あれ。河から出てきて牙を持って、トカゲみたいな鱗……。まるでワニのような肉食獣は!?」
「あれは……ワニですね!」
後方に現れた伏兵に、マリーとソフィが驚嘆した。この際ワニだろうが、ワニに似た異世界猛獣であろうが関係ない。そこに現れたことが問題である。
そして、突如の危機もあるが、モルグたちも諦めてはくれていない。
状況の切迫を理解した道周は、マリーに頼り振り向いた。
「魔法は!?」
「まだ時間かかりそう。火力の調整が難しい……」
問われたマリーは、苦虫を噛み潰したような表情で返す。
道周は報告を受け、高速で思考を回した。周りを囲まれ、すでにギュウシに攻撃を受けた。これ以上の劣勢は何とも避けるべき事態である。
(マリーの魔法が完成するまで耐えるか? いや、そうするとギュウシの脚を持っていかれる。
ソフィにワニを対処してもらうか? そうすると前方の守りが手薄になる。
この場をリュージーンに託して、俺がワニを対処するか? いや、リュージーンじゃモルグを抑え込めない。あいつ雑魚だし)
一瞬の間に、道周はいくつもの策を立てては却下する。どの策を用いても、決め手に欠けるのだ。
(意外と窮地なのでは!?)
現状を認識して、道周は強く奥歯を噛み締めた。
こうなれば、マリーの怒りを買うことを承知してモルグを殺戮するしかない。
道周とソフィでモルグの脅威を迅速に、確実に取り除く。ならばまだ間に合うかもしれない。
「済まないマリー」
「え? ミッチー、何か言った?」
唐突な道周の呟きを、マリーは聞き逃した。それを聞き返すのは当然のことであるが、道周が答えることはなかった。
道周は腰を落とし、重心を低くする。それは突貫の体勢であり、横目で確認したソフィは道周の真意を悟った。
(やるのですね、ミチチカ……!?)
道周の覚悟を受け、ソフィも反撃の姿勢をとる。死なば諸共、道連れの突撃だ。マリーからの叱責を2人で受ける覚悟を決め、地を蹴った。
その瞬間である。
「ギャフッ!」
「ゴッ」
「バッ――――!」
モルグたちが悲鳴を上げて、次々と引っくり返った。森を巡る風が靡くたびに、倒れるモルグは増えていった。
「何が……?」
出鼻を挫かれた道周は、訳が分からずモルグたちを眺める。
倒れたモルグの額には、正真正銘の「矢」が突き刺さっている。
「おいお前ら! 死にたくなけりゃ殺せ!」
すると、深い森の闇から声が降り注ぐ。刺々しくも芯の通った声音は、疾風と共にモルグに死を運んできた。
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