第52話「攻勢と攻勢 1」
他とは一線を画す荘厳な扉を踏み砕いて、セーネは夜王の間に挑む。広大な広間は特別豪華に装飾されており、四方八方から降り注ぐ光輝で目が痛い。
眩い瞬きの最奥には玉座が聳え、座した夜王が蒼白の面を上げた。漆黒の外套から覗かせる青白い四肢を器用に組み、紅玉の如き双眸で侵入者を睨み付ける。
「姦しい奴らが来おったわ。オレの謁見と知ってのことであろうに、不快だぞ愚妹」
「貴方こそ、高慢な口調は結構ですが、もう少し危機感を持ってはいかがですか。城内には兵士の1人っどころか、使用人も見当たりませんでしたが」
「使えない者を置いておく意味がなかろう。奴らには都市に沸いた虫の駆除が精々だとは思わんか?」
「そうやって胡坐をかいたところを刺されるんだろ。知ってるぞ」
セーネの特効に目を回していた道周も気を取り直し、夜王と白夜王の舌戦に割って入る。
今にも衝突が起こりそうな琴線をなぞりながら、緊迫した雰囲気が充満する。
「貴様はいつの日かの侵入者だな。やはり義妹が匿っていたのか。隣にいた蜥蜴はどうした、死んだか?」
「お前の敵じゃないからな、置いてきてやったぜ」
「……で、貴様はもう一度オレに敗北しに来たのか? それともその剣を献上しに来たのか?」
「どっちでもないよ。強いて言うなら、俺の魔剣の切れ味を教えてやろうと思ってな、その身をもって」
「オレに届けばの話であろう? 使い手が悪かったな、不可能だ」
「なら試してみるか。斬られてから「やっぱりナシ」は通用しないぞ」
「ふっ。……自己暗示か?」
売り言葉に買い言葉の応酬は止まらない。
道周のボルテージはすでに最高潮にまで達している。つい先ほどまでセーネにセクハラ紛いの邪欲を起こし、風圧に気圧されて伸び上がっていた姿はどこにもない。
道周がヒートアップする横で、さすがのセーネも襟を正していた。仲間に託された戦いを控え、決意を固めて武装を展開する。
白夜王の権能「星の運行」は「
俗に「ランス」と呼ばれる銀の穂先を夜王に向け、セーネが口火を切る。
「200年間溜め込んだ恩讐を晴らすときだ。夜王「アドバン・ドラキュリア」よ、たとえ我が義兄であっても容赦はしない。覚悟!」
「かかってくるがいい、夜王の矜持を以ってして、あらゆる手段で貴様らを蹴散らそう」
夜王は白夜王の宣戦布告を正面から受け止めた。ただの挑発であった舌戦は、命のやり取りの「殺し合い」へと変貌する。
開戦はまばたきより早く、セーネの突貫から幕を開ける。
「はっ!」
セーネは純白の皮膜を羽撃かせ、石床を踏み抜いて発破をかけた。音速に匹敵する初速を乗せ、銀のランスは空気を切り裂いて直進した。
「ふん」
夜王は鼻を鳴らして力むと、棒のような細指でスピアの切っ先を鷲掴みにする。
だが夜王に油断はない。正面のセーネの特効に紛れ姿を消した道周が、魔剣を振り上げて後方に接近している。
「喰らえ!」
背後を取った道周が覇気満々と叫びを上げた。淀みなく振り下ろされる魔剣が夜王の右肩を狙い撃つ。
「単調だぞ小僧!」
雄叫びを上げた夜王は拳骨を固め、振り向きながら身体を振り抜く。しかし夜王の迎撃が2秒遅れた。
「させない、相手は2人いることを忘れたか!?」
「っ、小癪な……」
夜王に掴まれたスピアに更なる怪力が作用した。セーネの一突きは先手を取ると同時に、2人での挟撃を確実に決めるための布石であった。
苦虫を嚙み潰したように夜王が呻く。夜王の回避は間に合わず、道周が振り下ろした魔剣が肩に刃を立てた。
魔剣の凶刃は夜王の肩に食い込むも、ほんの数ミリしか肉を絶てない。もちろん魔剣が鈍らということではなく、夜王の肉体が権能によって硬質化しているのだ。
「分かってはいたが、これほど硬いか……」
「ぐぅ……」
夜王は苦悶の声を上げながらも痛みを堪える。肩に食い込んだ魔剣を身震いで振りほどくと、病的な細腕から放たれる怪力を発揮する。
夜王は鷲掴みにしたスピアごと剛力で持ち上げ、セーネを独楽のように振り回して道周にぶつけた。
「うわっ!?」
「なに!?」
ぶつけられた2人は悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。夜王の間の壁に激突し、燦然と輝く宝石を散りばめて床に落ちる。
しかし夜王は2人に休む間を与えない。身を包む黒い外套から不規則に伸びた影が蠢き、生物のように自立して2人へ迫る。影は蛇のように地を這いずり、地表を飛び出した影が蛇の容姿と化して牙を剥く。
「ミチチカ、避け」
「反撃の用意をして下がって! カウントは「3」で行くぞ!」
「え――――!?」
「3!」
道周は咄嗟にセーネを庇って前面に出る。魔剣を正面に構え腰を落とし、助走をつけて影の蛇へと立ち向かった。
セーネは道周の行動に疑問を抱えながらも、転がった戦況に身を任せることにした。
「2!」
進行する道周のカウントに合わせ、愛用にスピアで攻勢に転じる。
「1!」
すでに最前線に出張っていた道周は蛇型の影を魔剣の射程に捉えている。衝突のときは目前だ。
「0!」
道周の放ったカウントと同時に魔剣が振るわれた。迫る蛇の長首を狙った魔剣は空を切り裂く。
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