第51話「不夜城を駆け上がれ」

「FuuuWooo!!」


 「百鬼夜行」の咆哮がエルドレイクの街並みを駆け抜ける。都市中から上がる絶叫は止むことなく、阿鼻叫喚の人の波に拍車を掛けていた。


「何だ今の叫び声は!?」

「あれは「百鬼夜行」のものだね。もう前線に出てきたのか、想定より早いぞ……。急ごうミチチカ!」


 不夜城を目指していたセーネは加速した。純粋な脚力のみでさえ疾風を超える速度を出すセーネの走力に、道周も必死に脚を回転させて食い下がっていた。

 必死に後ろに着く道周を余裕の笑みで迎えると、セーネは白い歯を見せ囁く。


「中々に速いじゃないか。なら、もっとスピードを上げるよ!」


 逃げ惑うエルドレイクの住民を掻き分け、流れに逆らい、セーネはさらに加速する。


「ちょっと待って! これ以上はちょっと――――」

「おや、値を上げるかい?」

「何だと……、目に焼き付けろよ俺の雄姿!」


 セーネの安い挑発に乗せられ、道周はその健脚にさらに鞭を打った。

 脚の回転数とはよく言ったもので、道周の脚は風を切り裂いて渦を巻く。余りにも早すぎる疾走は、車輪のように道周を超速で前進させる。


「うおおおぉぉぉ――――!」

「凄いぞミチチカ! グルグル渦巻の脚なんて、一体どういう仕組みなんだい?」

「これは俺の世界に伝わる伝統の走法「MANGA走り」だ! 仕組みは分からないけど、気合でできた!」

「そ、そうかい。それは凄そうだ……」


 僕も今度やってみよう。セーネの不穏な呟きを道周は聞き逃さなかった。全力で否定したい衝動を抑え、道周は眼前に聳え立つ城門にぶつかり脚を止めた。

 不夜城を囲む城壁と朴訥な城門に行く手を阻まれ、2人は視線を上げた。


「乗り越えるのは時間がかかるな」

「僕が内側に侵入してかんぬきを外そう。守りの近衛兵たちが出てくるかもしれないから、戦える準備をしておいてくれ」

「おう」


 道周は右手首のブレスレッドから魔剣を展開する。青白い閃光とともに光は収束する。青い光に包まれた魔剣のシルエットを鷲掴みにして、道周は魔剣を掌に収めた。


「いつでも」


 道周は魔剣を中段に構え、セーネに行動を促した。

 道周から合図を受け取ったセーネは、呼吸をするように権能を起動する。刹那、道周の目の前にいたセーネは姿をくらまし、閂が破壊されたであろう鈍い音がする。

 ギィィィと軋む音を上げながら、不夜城へ誘うように城門が開かれた。

 準備万端の状態で臨んだにも関わらず、開門はあっさり遂行された。


「あ、開いたね」

「お、おう。あっさりだな」


 肩透かしを食らい、道周とセーネは目を丸くする。その後も近衛兵が出向くことはなく、2人はいとも簡単に城内へ侵入した。

 不夜城の城内も外装と同じく華美な宝石をガス灯の明かりで満ちていた。壁に嵌め込まれた宝玉の乱反射と、艶やかなカーペットの赤色が瞳孔を突き刺す。


「趣味悪いな……、まさかセーネの趣味だったりするのか?」

「まさか。僕が領主を務めていたときは、もっと質素で荘厳な城だったよ。宝石の採掘だって、商業用の採掘量も含めたら埒外の産出量だ。鉱山の人々から搾取している証拠だよ」


 セーネは渾身の恨み節で城内を見回した。いっそ悪趣味な装飾を薙ぎ払ってやろうなどと考えていたが、理性でブレーキを踏んだ。

 不夜城の外から轟く「百鬼夜行」の咆哮を受け、セーネは焦燥に駆られていた。

 衝動に任せてストレスを発散するのも悪くないが、それが圧倒的悪手であることは明らかである。何かセーネの予想を超えた事態が起こっている、そんな予感がセーネの頭に鳴り響いて止まない。

 不穏な衝動にセーネは押され、不夜城の天守へ続く階段に脚を置いた。


「急ぐよミチチカ」

「ぐへぇ。この階段を登るのかよ……」


 果てのない階段の先を見据え、道周はあからさまに嫌そうな顔をする。この期に及んでごねられるとは予想していなかったセーネは、優しく溜め息を吐いた。

 セーネは不意に右手を差し出し、優しい微笑で言葉をかけた。


「仕方ない。ミチチカ、僕の手を取ってくれないか?」

「?」


 絹のように透き通る白肌をまじまじと見詰め、道周は硬直した。一体何のお誘いなのか、美人局なのではないか? セーネの手を握ってしまうと最後、法外な金額を請求され


「行くよミチチカ!」


 固まった道周の手を、セーネが無理やりひったくった。有無を言わせぬ積極性に押され、道周はセーネの柔肌の感触を楽しむことにする。

 セーネの右手は傷一つなく、温かみのある淑女の肉感を醸し出していた。こちらが握ると、力強い握力が返ってくる、可愛げと愛おしさに包まれるようである。


(これは、アリだな!)


 道周は役得を堪能しながら、セーネの横顔を見詰める。凛々しい横顔と筋の通った鼻筋で天を仰ぐセーネは、長い睫毛の奥の瞳を光らせた。


「じゃあ、行くよ!」

「おーう」


 気の抜けた道周の返事も束の間、セーネは本気の片鱗を見せる。

 セーネは華奢な背中に大仰な翼を広げた。吸血鬼に似た翼は純白であり、透明感のある皮膜が空を仰ぐ。瞬間的に放たれた風圧はレッドカーペットを巻き上げ、壁に嵌め込まれた宝石を吹き飛ばした。

 夢着心地から引き戻された道周は、余りの急展開に焦りを隠せない。


「待って、何をするつもりなの!?」

「喋っていると、舌を噛むよ!」


 混血と言えどセーネは高貴な吸血鬼の末裔である。さらには天を統べる「戦乙女ヴァルキュリア」の血も引いている。そんなセーネの羽撃きが、生半可なものであるはずがないのである。

 城の床を踏み抜いて、2人は垂直に急上昇した。天井もシャンデリアも、阻むものの一切の間を縫うように飛翔するセーネは、みるみる高度を上げた。


「ブルルルルルルルル――――!」


 牽引される道周は壮絶な風圧を顔面で受け、言葉にならない声で猛抗議する。しかしセーネは道周の反駁をものともせず、意気揚々と不夜城を登る。


「さぁ、夜王の広間に着くぞ。覚悟はいいかいミチチカ?」

「ふごふごふごぶおおおお!

(特別訳:色々よくありません!)」


 2人の特攻部隊は、噛み合うことのないまま夜王の間に到達した。

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